第31話「鉄格子の中の姉御」
ガン、ガン、ガン!
牢屋の中にいる人物が、不機嫌そうに鉄格子を蹴り続ける。その度に、ぐわんぐわんと鋼鉄の鉄格子が捻じ曲がっていく。
「ほらっ! とっとと動く! なんだったら、直接アタシが教えてあげようか! あん?」
ひえ〜っ、と看守達の悲鳴が上がった。
「それだけは勘弁してくれ!」
「そうだよ、『ミク』の姉御! あんたが牢獄から出たら、看守長がストレスでトイレから出てこなくなっちまう!」
「他の囚人だっているんだ! あいつらだって恐怖で死んでしまうぞ!」
「ミクの姉御! 俺達の一生の願いだ! もう少しだけ待ってくれ! 」
ずらぁ、と看守達が一同そろって、牢屋に向かって深々と頭を下げる。その中には、土下座までしているものもいた。
「ふん! まぁ、いいわ」
看守たちの姿を見た牢獄の中の住人は、不機嫌そうにため息をついた。牢屋の中には不釣合いなほどの立派なイス。手すりには『看守長専用』という文字が、むなしく書かれている。
「ほら、すぐに動く。今日中に、この施設のトイレを全てピカピカに磨きなさい。さもないと、一人ずつ便器に頭を突っ込んで、無理やりにでも掃除されてやるから」
ぎゃ〜、それだけは勘弁を〜っ!
と、阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら、看守達は牢獄の前から走り出していった。
その場に残されたのは、牢獄の中にいる一人の女の子。そして、こっそりと覗き見をしているボクたちだけだった
「ふぅ、まったく…」
牢獄の住人は面倒そうに前髪をかき分けると、どかっとイスに座った
燃えるような赤い髪。
膝の破れたジーンズに白のTシャツ。その上から、和風の振袖を肩に羽織っている。大きな桜の艶やかな柄で、ヴィクトリアの世界観に全く溶け込もうとしない格好だった。
「…ねぇ、ユキ?」
「…なに?」
「…あの人なの?」
「…うん。…たぶんね」
だけど、こんな光景を見せられたら、さすがに自信がなくなってくる。
というか、今すぐ帰りたい。
そんな思いを胸に秘めつつ、意を決して足を前に出す。
ボクが牢獄に近づくと、中にいた主もボクに気がついたのか、不機嫌そうな目で睨みつけてきた。
「あら、随分と可愛い看守さんね」
「…ははは、どうも」
とりあえず、礼を言っておこう。
「でも、残念ね。私、ここから出られないの。まぁ、本当は出られるんだけど、出ないでくれってお願いされていてさ」
それは見ていたからわかる。
ボコボコにへこんだ鉄格子が、全てを語っていた。
「アンタもさぁ。こんなことろで働いていないで、塀の外で生活したら? 可愛い顔をしてるんだから、もっとお洒落してさ」
彼女はそれだけ言うと、再びため息をついた。そして、退屈そうに自分の毛先をいじりだす。
「…ねぇ」
ボクは意を決して、鉄格子の向こうにいる人物に声をかける。
「何? まだ、何か用があるの?」
じろっと白い目をボクに向ける。というか、ボクはまだ何も話していないんだけど。
ボクは彼女の目を真っ直ぐに見る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「…本当にボクのことがわからないの、御櫛笥さん?」
ボクは彼女の名前を呼ぶ。
すると、牢獄の中の少女は目をおもいっきり見開いた。
「…え?」
信じられないという表情を浮かべて、じっとボクのことを見つめてくる。
ボクも彼女の視線から目をそらさない。
「ボクだよ、御櫛笥青葉さん。中学から同じ学校だったし、帰り道によくゲームセンターに行ったよね?」
彼女の目が、わずかに揺れた。
そして、ふらふらと立ち上がって、ボクのいる鉄格子まで歩いてくる。
「…嘘でしょ。…どうして」
目の前のことが信じられないというのに、何度も目を擦る。そんな彼女の疑問に、ボクはそっと答えた。
「…ユキ、…なの?」
「久しぶり、御櫛笥さん。…いや、ミク。元気みたいでよかったよ」
ぽろり。
鉄格子の向こうにいる彼女から、涙が溢れていた。
「…どうしてユキがここに?」
「どうしてって、君を迎えにきたんだ。会いたかったよ、ミク」
ボクは鉄格子越しに、ミクに笑顔を向けた。
「…アタシも」
ぽろぽろ涙を流しながら、鉄格子にもたれかかった。
鋼鉄の柵に、額をつけながら。
「…アタシも、あんたに会いたかったよ。ユキ」
ボクの大切の仲間の一人。
『十人委員会のメンバー』。人形使いのミクが、静かに泣き崩れていた。




