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第32話「郷田源次郎と小泉清士郎は、最強へと立ち向かう。…いざ尋常に、勝負」


「こいつは強敵だな」


 ゲンジ先輩が呟く。

 そして、肩口に手を伸ばし、背負った鈍色の大剣に触れる。

 狂戦士の剣『ベルセルク』。その外見は、ただの金属の塊だ。刃渡りだけでボクの身長ほどあり、鍔はなく、わずかな装飾もない。刃を入れる鞘すらないので、抜き身のまま持ち運んでいる。


 その見た目から。

 斬るのではなく、叩き潰すためにあるようだった。


「さて、ユキ。どうするつもりだ?」


「……この黒い影との戦闘は避けられません。それに戦力も分散させたくない。メンバー全員で総攻撃をしましょう」


 ボクは銀色の銃を構えながら、横目にゲンジ先輩を見る。

 すると、その隣にいた誠士郎先輩は静かに眼鏡を上げた。そして『黒いカサノヴァ』に向かって、音もなく歩き出したのだ。


「それではダメですね。愚策です」


 穏やかな口調だった。


「この黒い影には、恐らく物量の差は関係ありません。こちらが大勢で畳みかけても、結局は足止めを食らうことになります」


「ですが、他に方法がありません」


 ボクははっきりとした口調で反論する。

 それを見てか、ゲンジ先輩も穏やかに言った。


「わかっていないな、ユキ」


 音もなくゆっくりと前に出る。

 そして、誠士郎先輩と肩を並べた。その手には、背中から抜かれたベルセルクが握られている。


「……『破壊不可』。絶対に倒せない敵に、真っ向から勝負をしかける必要なんてないだろう」


「えぇ、源次郎の言う通りです。この奥にいるアーニャさんの目的は、……足止め。だったら、ここで皆が立ち止まっている必要なんてないのですよ」


 誠士郎先輩は、隣に立つゲンジ先輩のことを見ることなく、淡々と言葉を並べる。


「残るのは、僕たちだけで十分です」


「うむ。ユキたちは隙を見て、先へと進め」


 2人の先輩が、背中越しに言い放つ。


「なっ、何を言っているんですか!?」


 ボクは慌てて先輩たちの背中に叫んだ。


「この黒い影は、ジンや快司君を倒した存在なんですよ! いくら先輩たちが強いからって、絶対に勝てる保証なんて―」


「勝つ必要などないのだ」


 ゲンジ先輩のベルセルクが鈍く輝く。


「我らがここで、こいつを戦っている限り、お前たちの歩みを邪魔することはない。地上では、天羽会長が頑張っている。ならば、今度は我らがお前たちの道を開いてやらねばなるまい」


「えぇ、その通りです。だから皆さんは、先へと進んでください」


 誠士郎先輩が抜刀する。

 二振りの細い剣が、部屋の明かりに反射する。

 太陽が刻まれた長剣『アポロン』、月が刻まれた細剣『アルテミス』。守護騎士であり、防御の要を担ってきた誠士郎先輩の愛剣たちだった。


「ここは僕たちが引き受けます。それに、……どうせ、アーニャさんにはユキ君の言葉しか届かないでしょう」


 わずかにこちらを向いて、ふわりと笑みを浮かべる。

 ボクは何とか反論しようと口を開く。

 だけど、何を言えばいいのかわからず、そのまま口を閉じてしまった。


「それでいいんです」


 そう言って、誠士郎先輩は『黒い影カサノヴァ』へと視線を移す。

 そして、2人の先輩はゆっくりと歩き出す。

 一歩、一歩。

 小さな足音を立てながら、黒い影へと向かっていく。

 やがて、この真っ白の部屋の真ん中を越えた、その瞬間―

 黒い影が、急に動きを見せた。


「……ッ」


 その影はわずかに身震いをさせると、体の一部を変化させた。

 右腕のように突き出たものが、一瞬にして巨大な鎌へと姿を変える。この部屋にいる人間を、全て刈り取るほどの大きさだった。


 そして、わずかな躊躇もなく。

 黒い影は、その巨大な影を振りかざしてきた。


「誠士郎っ!」

「はいっ!」


 だが、彼らの動きも早かった。

 巨大な黒い鎌が、仲間たちに届くよりも速く、誠士郎先輩が駆け出していた。その両手には、あの2本の剣が握られている。アポロンとアルテミス。ふたつの細い剣を交差させるように構えて、器用に影の鎌を根元から防ぐ。


「……ぐっ!」


 先輩の眼鏡の奥の目つきが険しくなる。

 それほどの衝撃なのだろう。

 2振りの剣と、巨大な黒い鎌が擦れて、耳障りな不協和音が響く。

 だが、それも長くは続かない。


「ふんっ!」


 黒い影のすぐ脇に、鈍色の大剣を構えたゲンジ先輩が立っていた。

 狂戦士の剣『ベルセルク』。それを大振りに構えて、力一杯に振りぬいたのだ。


「……ッッ!」


 一瞬、悲鳴のような音が聞こえた。

 その一撃に、黒い影は醜く形を歪めて、この部屋の隅へと吹き飛ばされていく。そして、刹那の時を挟んで。

 光り輝く壁に、その体を叩きつけられるのだった。

 空気がわずかに振動して、壁の一点に黒い染みができた。


「今だ、ユキ!」


「この隙に、先へと進んでください!」


 2人の先輩は、わずかな緩みも見せない。

『破壊不可』の怪物が、この程度で倒せるわけがない。それを理解しているから、この2人は油断をしない。

 躊躇したのは、ほんの数秒だった。

 ボクは2人の先輩の決意を胸に、真っ直ぐと扉に向かって歩き出す。仲間たちも、黙って後をついていく。


「……負けないで、ください」


「ははっ、何をいう」


「僕らを誰だと思っているのですか?『十人委員会』で最強の『矛』と『盾』ですよ」


 すれ違う時に、わずかな会話を交わす。

 それだけだった。

 別れも、再会の約束もしない。

 きっとこの2人の先輩なら、不死身の化け物が相手でも勝てるかもしれない。

 そう、思ったんだ。




「……やれやれ、源次郎も嘘が下手ですね」


「む? なんのことだ?」


 この輝く部屋からユキたちが出ていったのを見て、誠士郎が口を開いた。


「勝つ必要がない、ですって? 何を馬鹿なことを。あなたがそんなことを言っても、誰も信じてはくれませんよ」


「嘘ではない。戦略的に見ても、我らがこいつを押さえておくことが一番だろう」


「……で、その本音は?」


「無論。こいつを叩き潰したいだけだ」


 ニヤッ、とゲンジが笑う。

 後輩たちの前では、年長者として冷静に振る舞っていたが、ゲンジの目的はただひとつ。仲間を2人も屠ってきた、この影を自分の手で倒すことだった。

 それが分かっていたから、誠士郎もこの場所に残ったのだ。


「……まったく。僕が賛同しなかったら、どうするつもりだったのですか?」


「そんなことは考えておらん。それに誠士郎とて、同じ気持ちのはずだ。こんな奴に、仲間を2人もやられておるのだ。黙っていられるものか」


「それは同感です」


 誠士郎がアポロンとアルテミスを構え直す。

 それを見て、ゲンジも自分の大剣を静かに構えた。

 2人の視線の先には、黒い影が何事もなかったように佇んでいる。


「さて」

「やるか」


 ふぅ、と軽く息をはく。


「……我が名はゲンジ。十人委員会の『No.3』。不撓不屈の狂戦士なり」

「……僕の名前は小泉誠士郎。十人委員会の『No.9』。盾無しの守護騎士―」


 じりっ、と間合いを詰めていき、それに合わせて黒い影が身じろぎを見せる。


「いざ、尋常に―」

「勝負―」


 瞬間、2人の戦士は駆け出して。

 無数の斬撃へと飛び込んでいった―

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― 新着の感想 ―
[一言] 盾と矛が揃えば最強だね
[一言] 先輩3人が地上の魔物と仲間の敵の前に立ち先へ。
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