第16話「世界の支配者(ゲームマスター)の本音」
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「…うしっ、片付いたか」
俺は広場の惨状を見渡していた。
焦げた異臭が鼻につく。
広場の中心は、火災でもあったかのように黒焦げになっている。石畳がめくれ、わずかに陥没しているのが見てわかる。
そして、その周囲には。
気絶した住民たちが山のようになっていた。皆、笑顔のまま表情が固まっていて、痙攣しているように指先がピクピクと震えている。
「さすがに、あの一撃には耐えられないだろうよ。目の前に落雷があったのと同じようなものだからな」
俺は呟きながら、先ほどのことを思い出す。
銀狼族の固有スキル『銀狼モード』。そこから派生する、広範囲制圧の一撃。全身に銀狼モードで発生する電流を蓄えて、空中から落下したときに一気に放出させる。自分自身が稲妻となるのだ。
この技を、俺は『雷』と呼んでいる。
「さぁ、そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」
俺は誰もいない公園に問いかけた。
黒い人影や、狂った住民。
こんな奴らを操れる人物など、1人しかいない。
「出て来いよ、世界の支配者。…いや、アーニャ姫さんよ」
夜の闇に、その名前が木霊のように響いた。
冷たい風が吹き、地面の落ち葉をさらう。
カサカサと音を立てて、どこかへと飛ばされていく。
無言の静寂が、広場を包んでいた。
…だが、それも長くは続かなかった。
「こんばんわ」
少女の声が、広場にいる俺へと届く。
その慣れ親しんだ声のするほうへ、視線を向けた。
「よう、姫さん。久しぶりだな」
にやり、と笑みを浮かべる。
「最近は忙しそうだったじゃねぇか。王女のご公務ってやつか? それとも世界の支配者として、やることがあったのかな?」
「…そうね。その両方よ」
少女は不機嫌そうに答えてから、薄暗い路地から姿を見せた。
頭から黒いローブを羽織っていて、ここからだと顔は見えない。だが、その人物が彼女であることは疑いようがなかった。
彼女自身も似たようなことを思ったのか、おもむろに顔を隠しているフードを開けた。
蜂蜜色の髪が、夜風に揺れている。
黒いローブの少女、…アーニャは穏やかな口調で問いかけた。
「…私が世界の支配者って、誰かに聞いたの?」
「ははっ、姫さんだって分かっているだろう。快司から教えてもらったんだよ」
「そう。でも、あの日記は私が完全に消去した。あの男と一緒にね。それなのに、なんであなたは彼の言うことを信じられるの?」
「ふっ、詰めが甘いな。快司は日記の最後のページを破って、俺に託したんだ。姫さんが世界の支配者だというメッセージを書いてな」
「…そっか。やっぱり、ちゃんと中身を確認しておくんだったなぁ」
アーニャは落胆するように溜息をつく。
「そうすれば、あなたのことも消さずに済んだのに」
ぞくり、と背筋が凍るような口調だった。
まるで人を殺すことなど、なんとも思っていないように感じた。
だが俺は、あえて明るい口調で声をかける。
「なるほど。ってことは、快司をやったのは姫さんか」
「そうよ。あの男はこの世界の真実を暴こうとした。…ううん、それだけじゃない。あの男は危険過ぎた。この世界にいてもいいような人間じゃない。正体もわからなかった。ねぇ、ジン。あの男はいったい何者だったの?」
「あ? 何のことを言っているんだ?」
俺は意味がわからず、アーニャの問いに首を傾げる。
「…そう。あなたも知らないのね。きっと、皆も知らないんだ。あんな嘘つきの男が、仲間だなんて―」
アーニャは寂しそうに呟いた。
そして、わずかに後ろを振り向くと、誰かを呼ぶように声をかけた。しばらくすると、1人の宮殿騎士が彼女の後ろに立った。その表情は死人のように無表情であった。
「…誰だ、そいつは?」
「私の護衛よ。彼の名前はカサノヴァ。ヴィクトリア王家の仇を討ち滅ぼす騎士よ」
「王家だぁ? はっ、笑わせる! 見せかけだけのハリボテの国に、王家も王女もあったもんじゃねぇだろう?」
俺は呆れ果てて、彼女のことを鼻で笑ってやる。
「おい、姫さん。あんたは本当はどう思っているんだ? こんな嘘っぱちな世界で王女様を気取って、何にも感じねぇのかよ。…俺たちは知っている。この世界が今も少しずつ崩壊していることを。それなのにあんたは何にも言わず、目の前のことだけしか考えていない。邪魔者の快司を殺して、今度は俺を襲って。…次は誰だ? 天羽会長か? 会長のことも殺すのか?」
「っう!」
俺の言葉に、アーニャの表情が険しくなる。怒りや苛立ちを必死に押し込めているのが、見てわかった。
「…わ、私だって。できれば皆と仲良く暮らしたいんだよ!」
彼女は両手を強く握りしめながら、こちらを睨みつける。
「でも! でもね! あの男が全てをぶち壊した。私のことを騙して、誰も入れないはずの宮殿の隠し部屋に入って、最後には私の正体に気がついた。全部、あの男が悪いんじゃない!」




