第5話「…ジンの、…甲斐性なし」
「それで、あたしたちはどうする?」
ミクが、その場に残ったメンバーに問いかける。
会議室にいるのは、5人。
ミク、ジン、コトリ。そして、有栖と碓氷涼太だった。
「…」
「涼太は、会長が何と言おうと今は静観する、と言っているので。私もそれに同意しますわ」
有栖が、まったく喋らない碓氷の言葉を代弁する。
この2人は、いつもと同じようにピッタリと寄り添っていた。碓氷の座っている場所に、有栖が自分のイスを持ってきて、肩を寄せている感じだ。その姿は恋人同士にしか見えない。
…まぁ、恋人同士にしか見えないのは、こっちも同じか。
ミクは心の中で呟きながら、視線をジンのいるほうへ移した。
ジンとコトリ。
この2人も、どこに出しても恥ずかしいくらいのカップルだった。小柄な狐人であるコトリは、いつもジンの膝の上を特等席にしている。ジンのほうも、まるで気にしていないようなので、甘えてくる彼女を優しく受け入れる彼氏、という姿にしか見えないのだ。
「それで? ジンは、どう考えているんだ?」
ミクは相向かいの銀色の狼男に問いながら、おや、と頭に疑問符を浮かべた。
ジンの膝の上にいるはずのコトリが見当たらないのだ。
「…あれ?」
そして、そのジンの隣。
空席を挟んだ先には、無表情のまま外を見つめているコトリがいた。
「…なんか、変じゃない?」
たった1つの空席を挟んで座る2人を見て、ミクは不思議そうに首を傾げた。
「…なぁ、ジン。なんでお前ら、離れて座っているんだ?」
「…」
ジンからの返答はない。
難解な表情を浮かべながら、そっとコトリのほうを伺う。
それに気づいたのか、コトリはジンのほうを向いて。
「…ふん」
ぷいっ、とすぐに視線を反らしてしまったのだ。
そんなコトリを見て、ジンは苦虫を噛んだような顔になる。
「おいおい、2人とも。どうしたんだよ?」
ミクが問いかけるが、ジンもコトリも答えようとしない。
「そんなんじゃ、まるで恋人の痴話喧嘩だぞ。お前たちに限って、そんなことは…」
そこまで言いかけて、ミクが口を閉じる。
外を見ていたはずのコトリが、じっとミクのことを見ていたのだ。
その表情は、感情の起伏が薄い彼女のしては珍しく。
はっきりと不機嫌な顔をしていた。
「…マジ?」
ミクは驚き、呆れてしまった。
…この2人でも、喧嘩をするんだ。
「あー、ちょっとな」
ジンが沈黙を嫌うように口を開く。
「コトリとはちょっと認識の不一致があったというか互いの価値観や常識というものがあってだな―」
「いや。何を言っているのかわかんねぇよ」
ジンの言葉を遮って、ミクが呆れた声を出す。
「あー、どう言えばいいのか。…とにかく、俺にとってコトリは大事な人だし、一緒に住むことも嫌なわけがない。だけど、何でもかんでも、コトリの言うことを聞いてやれるわけじゃない。…たとえ、誕生日プレゼントといえどな」
ぼりぼり、と。
ジンは銀色の鬣をかきながら答える。
その様子を見て、ミクは興味が湧いた。
果たして、この少女は誕生日に何を要求したのかを。
「…ねぇ、コトリ。あんた、何が欲しかったの?」
ミクが優しい声で問いかける。
だが、コトリは不機嫌そうな顔をしたまま、外を眺めている。
それからしばらくの間、コトリは沈黙を保っていたが、どうしても我慢できなかったように小さな声で呟くのだった。
「…ジンの、…甲斐性なし」
ずるっ、とジンがイスから滑り落ちた。
それは本当に珍しく。
本気でジンが困っている顔を浮かべていたのだった―




