第4話「仲間が1人やられた。それなのに、こんな会議室で無駄な話をしているほど、お前たちは薄情者なのか!?」
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ユキが出ていった会議室では、まだ十人委員会のメンバーが円卓を囲んでいた。
先ほどまでとは違い、深刻な空気に包まれている。
「…で、どういうことだよ。快司が見つからないって」
ミクが口を開いた。
「その通りの意味だよ。数日前から、快司の姿が見当たらないんだ」
その正面にいるジンが静かに答える。銀色の鬣を持つ銀郎族の男は真剣な目をしていた。
「あいつの部屋にも行ってみたが返事もない。他にも、快司の行きそうな場所に顔を出してみたが、まるで手がかりがない」
「どうせ、カジノにでも行っているんじゃないの?」
「それは一番最初に探したさ」
ジンの返事に、ミクが深いため息をついた。
「じゃあ、なにか? あいつが何者かに消されたとでも言うのか? それはちょっと考えにくいんじゃない?」
ミクは頬杖をつきながら言った。
「あいつの強さを知っているだろう? 固有スキル『絶頂を続ける幸運の星』が、そう簡単にやられるとは思えないんだけど。あたしたちの中でも最強クラスの瞬間火力を持っているだぞ?」
その口調は、意外にも柔らかい。
ミクにしてみたら、ジンがこんなことを言うのが不思議であった。
「…ミク、お前の言う通りだ。…だけどな」
ジンは慎重に口を開く。
「…もし、あの快司すら倒せる存在が、この世界にいたとしたら」
「あ? どういう意味?」
ミクが驚いたように目を丸くさせる。
無理もない。ミクは、あの『世界の支配者(ゲームマスター)』の部屋にいた、黒い影を見ていないのだ。あの突然の襲撃に関わった者なら、誰でも同じことを感じたはずだ。
あれは、危険な存在だと。
「あー、そうだな」
ジンはどのように説明したらいいのか、考えながら円卓のメンバーを見ていく。少し離れた場所に座っているコトリは無表情のままだ。有栖は不安そうな顔をしながら、隣に座っている碓氷の服をぎゅっと握っている。そして、天羽会長はいつものように―
「…ん?」
ジンは天羽会長に視線を向けたまま、怪訝な表情を浮かべる。
「おい、会長。どうかしたのか?」
「…」
返事はない。会長こと、天羽凛は円卓に伏せたまま、自分の肩を強く抱いていた。それはまるで、震える体を押さえつけているようだった。
「…ない」
「え? 何か言ったか?」
ジンが凛に問いかける。
「…かえって、来ない。なんで。もしかして、…快司さんにも、捨てられた。優奈に置いていかれて、快司さんにも捨てられて。…私は、もう、…独りぼっち」
ぶつぶつと小さな声で呟いているようだったが、何を言っているのか聞き取れない。
「おい、会長。…天羽会長!」
「…ひっ!」
びくっ、と肩をふるわせながら、凛がジンのほうを向く。
「どうしたんだ? もしかして、ユキみたいに体調でも悪いのか?」
「…」
凛は黙って、首を横に振る。
「はぁ、しっかりしてくれよ。快司の姿が見えないんだ。会長は何か知らないか?」
「快司さー」
そこまで言いかけて、凛は首を振る。
「…快司のことなど、知らない」
「そうだよなぁ。俺も数日前に会ったきりなんだよ」
「…数日前?」
ぴくり、と凛が反応する。
「…それは具体的に、何日前のことだ?」
「あー、いつだったかな。たしか4日前だったな」
「…4日前?」
凛の瞳に、わずか光が灯る。
「…それからは、誰も見ていないのか?」
「あぁ。あいつの部屋にも行ってみたが、誰もいない。近所の人に聞いても、知らないと言っていたな」
「…快司が、いない。4日前から」
凛は呟きながら、この数日のことを振り返る。
快司が世話に来なくなって、空腹で泣きそうになりながら外に出てから、ちょうど3日目。
つまり、4日前ということは。快司が凛の世話をしにきた、最後の日であった。
「なぁ、会長はどう思う? 俺は、何者かが快司のことを襲ったとしか―」
「っ!」
凛の全身に衝撃が走る。
4日前に、快司は何者かに襲われた。
…それは、つまり。
「…私は、捨てられたわけじゃない?」
凛が呟く。
その時、頭によぎったのは、快司の言葉だった。
胸に、響く。
届く。
彼の言っていたことが、体中に響き渡る。
…心に、火を灯せと。
「…やろ」
「あ? さっきから、1人で何を言って―」
ジンが怪訝な表情を浮かべる、その瞬間。
「快司の、馬鹿野郎ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
天羽凛の絶叫が、会議室に響いた。
「うおっ!」
「な、なんだ!」
ジンとミクが驚いて声を漏らすが、そんなことに構うことなく、天羽凛の叫び声は続く。
「馬鹿だ! 快司は大馬鹿野郎だ! この私に何も死んでしまうなど、言語道断だ! その罪は万死に値するぞ!」
「ちょ、ちょっと、会長。別に快司が死んだと決まったわけじゃ―」
「何を温いことを言っているんだ、御櫛笥青葉っ!」
凛はミクの声を遮って、彼女を本名で名指しする。
「いいか! 『十人委員会』のギルドメンバーが全員そろったんだ! このタイミングで自分から姿を消すことに、何の意味がある!」
それに、と凛は続けた。
「快司は確かにお調子者だがな。奴が自分勝手に単独行動に出たことなど、一度もないんだぞ! 常に仲間と連絡を取り合いながら陰で行動する。それが岩崎快司という人間だ。そんな奴が、連絡もなく姿が見えなくなった。これを異常事態と見ないで、なんとする!」
だんっ、と凛は円卓に足を乗せた。
そのまま鋭い目つきでメンバーたちを見渡していく。
「仲間が1人やられた。それなのに、こんな会議室で無駄な話をしているほど、お前たちは薄情者なのか!?」
凛の言葉に、ミクが何か言い返そうとするが。
何も言えず口を閉じた。
「いいか、これは売られた喧嘩だ。どこの馬の骨だが知らんが、我々『十人委員会』に喧嘩を吹っかけてきた奴がいる。そして、快司が姿を消した。お前たちは我慢できるのか? 仲間を1人やられて、黙っていられるのか? 私はできない。誰に喧嘩を売っているのか、血をもって教えてやる!」
それだけ言い放つと、凛は円卓から降りた。
そして、さっきまで座っていた木製のイスを手に取ると、会議室の隅のほうへ投げつけた。
「おい! 源次郎! 誠士郎! そんな場所でいつまで寝ているつもりだ!」
「うぉっ!」
「ひぃぃ!」
部屋の隅で、まるで燃えないゴミのように転がっていた2人は、恐怖に震えながら立ち上がる。グシャッと音を立てて、木製のイスは粉々に砕けた。
「2人とも、私に付いてこい! これから軽食店で作戦会議だ!」
「は、はい!」
「う、うむ、了解した。…だが、なぜ軽食店なのだ?」
「決まっているだろう! 腹が減ったからだ! この数日、食事らしいものは食っていなくてな!」
あっはっは、と高笑いをしながら、凛は2人の後輩に肩を回す。
そして、そのまま会議室を出ていってしまった。
「…なんだったんだ?」
「…さぁ。俺に訊かれてもな」
ミクとジンが首を傾げる。
「そういえばさ。今日の会長、なんか様子が変じゃなかった?」
「…そうか? 天羽会長は、いつもあんな感じだろう?」
ミクの問いに、ジンが肩をすくめる。
ジンはこの前の宮殿探索で、凛の心の弱さを知っていたが、あえて誰かに話すことでもないと考えていた。
少なくとも、この瞬間。
『十人委員会』のギルドマスターである天羽凛は、完全復活していた。




