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第36話「窓の向こうの景色は」


「…どう思う?」


「…どう思う、と言われてもッスね?」


 ジンと快司がそろって首を傾げる。

 先ほどまで何もなかった大理石の壁に、真っ白の廊下が伸びている。それはそれで不気味な光景だった。快司が窓から顔を出して外壁を見るが、先ほどまでと何も変わらない。何の変哲のない、ただの壁だ。


 困惑した様子の仲間たちを見て、ジンは思わずため息をつきそうになる。まだ廊下の隅っこで丸くなっているギルドマスターの凛は、ぶつぶつと独り言を呟いていた。


「おい、天羽会長。まだ時間が必要か?」


「…も、もうちょっと」


 それだけ言って、目元を袖で拭う。

 そして、勢いよく立ち上がると、彼女の名前のように凛とした表情となる。


「は、はははっ、待たせたな! では、さっそく何が起こったのか探索を―」


 凛の目の前に広がる怪異現象。

 壁があった場所から伸びる白い廊下を見て。…その瞳から、涙が滲み出していた。


「…ひっく、…優奈ぁ~」


「あー、待て待て。泣くな。気をしっかり持て」


「そうッス! 自分達がついてるッス! ここに優奈さんがいなくても大丈夫ッス!」


 泣き出しそうになる凛を前に、ジンと快司が必死にあやす。

 そして、数分後。ようやく持ち直して天羽凛が、その白い廊下を鋭い目で見据える。


「…ふむ、なるほど。これは由々しき問題だな」


「あぁ、そうだな」


「オレっちからしてみると、会長さんの性格のほうが問題ありかと、…ぐはっ!」


 無言の鉄拳制裁が快司に下される。


「それで、どうする?」


「…やっぱり、進むしかないんじゃないか?」


 ジンが目を細めて、白い廊下の奥を見つめる。

 それほど長い廊下には見えないが、突き当たりは霞んでいてよくわからない。


「そうだな。…おい、快司。仕事だぞ。いつまでそこで寝ているつもりだ!」


「は、はいッス!」


 びしっ、と訓練された新人兵士のように立ち上がる。


「よし、快司。お前が先頭だ、何かあったら、まずお前が犠牲になって仲間たちを守るんだ」


「ちょ、ちょっと! それはあんまりッスよ!」


「問題ない。お前のスキル『絶頂を続ける幸運の星』は、どんなトラブルにも対応できる。その豪運を見せる時だ」


「そ、それはそうッスけど」


 快司は不満そうに唇を尖らせる。


「…さて、ここに見張りを残しておきたいのだが」


 ちらり、と凛が有栖たちを見つめる。

 入り口に仲間を残して退路を守る、というのも大事なことではあるが。


「あー、止めといたほうがいいッスよ。この状況で二手に別れるのは、どう考えても死亡フラグ。死人が出るッスよ」


「俺も同感だ。こいつの言う死亡フラグはどうでもいいとして、戦力の分散は避けるべきだ。…何が起こるかわからない」


 快司とジン。

 2人の意見を聞いて、凛が力強く頷いた。


「うむ、そうだな。では、有栖と碓氷涼太も私たちとついてくるように」


「もちろんですわ」


「…」


 有栖と碓氷が了解したように頷く。


「…では、行くぞ」

「…あぁ」


 快司を先頭に、メンバーは白い廊下へと足を踏み入れていった。



「なんか、普通ッスね」


「普通とは?」


「いや、なんか。もっと光り輝いた道とか、靄がかかって前が見えないとか。そんなのを予想していたッスけど、本当にただの廊下ッスね」


 先頭を歩く快司がつまらなさそうに言う。

 確かに、その通りだった。ヴィクトリア宮殿の3階の壁から出現した謎の廊下は、なんの違和感もない普通の廊下だった。


 白い床。

 壁と天井があって、幅は学校の廊下より少し広いくらい。素材もファンタジー感のある石材ではなく、歩くたびにキュッキュッと鳴る現代的な材質だ。たまに窓のような鉄製の枠があるが、風景が見えるわけもなく白く塗りつぶされている。


 ただ1つ、普通の廊下にはないものが取り付けてあるのが目を引いた。


「…これって、手すりだよな」


「まぁ、そうだろうな」


「階段じゃなくて、なんで廊下に手すりがあるッスか?」


 真っ直ぐ続く白い廊下には、木目調の手すりが備え付けてあった。手にしてみるが、取り付けてある場所が低いため少し屈まなくてはいけない。まるで、病院の廊下だった。


 快司は手すりに触れながら、靴で床を鳴らす。

 ヴィクトリアにはなかった、キュッキュッとした音が廊下を響く。


「おっ、終わりが見えてきたッスよ?」


 白い廊下を歩き出して、わずか数分。

 快司の眼前には、廊下の終着点が広がっていた。


「…ん? あそこにあるのは?」


 一見すると、それは壁だった。

 だが、金属製の取っ手がついていることから、それが引き戸であることがわかった。


「…扉だな」


「…扉ッスね」


 ジンと快司が言葉を交わす。

 白い扉の前に立った2人は、確認するように後ろを振り向いた。


「開けても、いいんだな?」


「…あぁ、構わない」


 ジンの問いかけに、凛は静かに頷く。

 銀色の剛毛に覆われた手が、取っ手へと伸びる。そして、ゆっくりと横に引いた。


 ガチャリ。

 ガラガラ…


 扉はさほど力をいれることなく、滑るように開いていく。

 まるで、力がない人でも開けられるように作られている感じだった。


 カタン。


 扉は全開に開き、自然と閉まらないように小さな音を立てて止まる。

 そして、目の前に広がる風景に。

 その場にいた全員が言葉を失っていた。


「…これって」


「…まさか」


 まず目に入ったのは、廊下と同じ白い壁。

 それと、白いベッド。わずかな汚れのない白いシーツと布団が、綺麗に整えられている。その場所に広さは、教室を半分にしたくらい。長方形の部屋の真ん中に白いベッドがあり、その奥には大きな窓が取り付けてある。ベッドで横になっていても風景を楽しめるような造りになっている印象を受ける。


 問題は、…その窓だった。

 そこから見える風景は、ジンたちにとって慣れ親しんだものであった。


 曇空。

 灰色のビル群。


 コンクリート製の大きな陸橋と、渋滞してる自動車の列。

 すぐ目の前にはコンクリート製の電柱が立っていると思えば、遠くのほうには自動販売機が鎮座する。ヴィクトリアのような海の広がっている開放感などまるでない。窮屈で、息苦しくて、灰色の建造物に囲まれてた世界。


 そう。

 窓の向こうの景色は。


 …ジンたちが目指す、元の世界の風景であった。


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[一言] まさかの現実の風景
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