第19話「強襲ッ!」
「…え、あれ?」
目の前にアーニャの顔を見つめながら、ボクはとても動揺していた。
…今のは、何だったんだ。
…自分が自分じゃないように、体が勝手に動いてしまった。
だけど、不思議なことに少しも怖くない。それどころか、今までかみ合わなかった心の歯車が、キッチリとかみ合っているような感じもした。
…あの子は誰なんだろう?
ボクは自分の胸に手を当てて、暗闇の少女のことを思い出す。
「…ユキ?」
アーニャに呼ばれて、ボクは再び彼女に視線を戻す。
「…ねぇ、あなた。ユキよね?」
「え? 何を言っているの?」
「…そ、そうよね。…うんん、何でもない」
アーニャはボクから視線をそらして立ち上がった。
「…とりあえず、ここから逃げましょう」
ボクはアーニャに手を引かれ、騒いでいる人ごみから抜け出した。サンマルコ広場を横切って、アーニャのゴンドラが置いてある停留所まで走っていく。
後ろのほうから、慌ただしい足音と叫び声が聞こえる。
振り返ってみると、警備隊の青い制服を着た男たちが何かを叫んでいた。
「やばい! ユキ、急いで! 早くしないと『アイツ』が来る!」
「アイツって?」
「最近、警備隊の隊長になったヤバイ奴よ。あんなのに目をつけられたら、とんでもないことになるわ!」
アーニャは焦るように早口で言う。
「とにかく、普通じゃないの! 剣で切っても、銃で撃っても傷もつかない! 本物の化物よ!」
真っ直ぐ走り抜け、目の前に海が広がってきた。
ゴンドラの停留所までもう少しだ。
その瞬間。
巨大な影がボクたちを覆った。
「アーニャ、逃げて!」
「え?」
ボクはアーニャの手をつかんで引き寄せた。
ズドンッ!…と、地響きのような衝撃がボクたちを襲う。そして、目の前に振り下ろされたものを見て、戦慄した。
「…え?」
そこにあったのは巨大な剣だった。
しかし剣と呼ぶには、あまりにも大きすぎた。何の装飾もない分厚い刀身。刃渡りは2メートルはあるだろうか。斬るというよりは、叩き潰すために存在しているようだ。
「…この剣って、…もしかして」
どこかで見たことあるような気がした。
頭によぎるのは、オンラインゲームの時の記憶。
ボス戦でいつも先陣に立っていた、あの人が使っている剣にそっくりだった。
魔人さえも屠る狂気の剣。
『ベルセルク』
狂戦士にだけ装備を許された、凶悪なまでの攻撃力をもった破壊の剣。
「…ふむ。よくぞ、かわした」
野太い声が頭上から降り注ぐ。
慌てて声のするほうに顔を上げた。
「だが、警備隊の隊長として、貴様らを逃がすわけにいかない。お前たちを拘束する」
その人物を見て、ぞくっと背筋が凍りついた。
身長は2メートルはあるだろうのか。
ゴツゴツとした赤褐色の肌に、額に生えた短い二本の角。わずかな軽装の上に、警備隊の青い制服を羽織っている。屈強なオーガ族だった。
「…うそ、…でしょ」
あまりの衝撃に言葉を失った。
ボクは、この男を知っていた。
いや、知っているもんじゃない。
数多くのクエストを一緒に制覇してきた人物だった。どんなボス戦でも常に最前列に立ち、最も多くの勝利をボク達にもたらした。パーティの中でも最大の攻撃力と防御力を誇り、普通のプレイヤーではダメージを与えることすらできない。ダンジョンの奥深くに眠る大型のボスでさえ、この人を止めることはできなかった。
決して倒れない、不撓不屈の狂戦士。
「…ゲンジ、…先輩?」
自分の口から、ひどく懐かしい名前がでてきた。




