第1話「黒髪の少女」
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
【ジン】
やばいぞ! 逃げろ逃げろ!
【ミク】
無理よ! ダメージ範囲が広すぎる。避けきれない!
【セイシロウ】
皆さん、冷静になってください。ゲンジ君、合流までどれくらいかかりますか?
【ゲンジ】
もう少しだ。それまで粘っていてくれ
画面の端で仲間達のメッセージが踊る。
遠くのほうで禍々しい姿をしたモンスターが、次の攻撃のために力を溜めていた。剥き出しの牙で威嚇しながら、全身に赤いオーラを纏っている。モンスターから出ているカーソルには、『ベヒーモス』という名前と、残りのHPが表示されている。
ボクは仲間たちの状況を確認しながらキーボードを叩く。
【ユキ】
ボクが行く。ジンは援護して
【ジン】
おい、ユキ。本気か?
【ミク】
無理だって。下手に突っ込んだら死ぬよ
【ユキ】
クイックドライブを使えば、閃光弾の射程圏内に入れる。敵がスタン状態になれば、あの広範囲攻撃を止められる
【コトリ】
ユキ。無理はよくない。
【ジン】
そうだぜ。一旦退いて、態勢を立て直せばいいじゃねぇか。
仲間達のメッセージを読んだあと、ボクは考え込むように画面の中央にいる自分の分身を見つめる。
そこにいたのは、可憐な少女だった。
長い黒髪に黒い瞳。
漆黒のコートを身に纏い、短めなスカートから白い脚が覗く。手には銀色の銃を構えていて、腰のベルトにいくつもの予備のマガジンがぶら下がっている。少女から出ているカーソルには『ユキ:魔法銃士』と、少女の名前と職業が表示されていた。
ボクはキーボードを操作して、『ユキ』のスキル覧を表示させた。数多くあるスキルから『クイックドライブ』を選択する。
そして、次の瞬間―
少女の姿が画面から消えた。
【ユキ】
クイックドライブを発動させた。援護をよろしく
【ジン】
マジかよ! 一人で突っ走るなって!
目にも留まらない早さで少女が疾走する。
…タンッ!
ベヒーモスに気づかれるより早く距離を詰め、眼前の敵に向けて銃を突きつける。
その時間、わずか0・5秒。
一瞬を永遠に引き伸ばす。
それが少女の得意とするサポートスキル、『クイックドライブ』であった。
「グルルゥ」
ベヒーモスが少女に気づく。
それと同時に、少女が引き金に指をかけた。
カッ!
目の前が真っ白になった。
眩い光に照らされながら、少女は腰にぶら下がっているマガジンを手に取る。
流れるような手つきでリロードし、閃光が消えるのを待つ。
しばらくすると、視界が元に戻っていく。
そこには激しい光で目を回したベヒーモスがいた。次の攻撃のために力を溜めていたが、それもキャンセルされている。
少女が銃を構えて、引き金を引く。
銃弾がベヒーモスの顔面に当たり、血のような赤いエフェクトが飛び出る。それと同時にベヒーモスのHPがわずかに減っていく。続けざまに、2発、3発。銃弾が直撃し、赤いエフェクトが激しく散る。
【ユキ】
スタン解除まで、あと2秒
【ジン】
了解。援護はまかせろ!
目を回していたベヒーモスが正気を取り戻す。
そして、怒りに血走った目で少女を見た。腰を屈める僅かな予備動作のあと、少女に向かって飛びかかる。鋭い牙が目の前にまで迫っている、その瞬間―
「グオォッ!」
ベヒーモスの巨体が吹き飛んでいた。