第12話「…くくっ、面白い。狂気の沙汰ほど面白い」
「(…ば、ばかな! ここにきてチップ100枚だと!? 奴にそんな手札が入るわけがない!)」
パンドラは額に汗を滲ませながら、場に放たれたカードの山を見る。
「(…今まで使用されたカードは全て把握している。奴の手札はよくて『ストレート』。先ほどのカード交換を見ていても、『ツーペア』程度と見るのが妥当。…それなのに、この状況でチップ100枚だとっ!?)」
心の巣食った疑心が、少しずつ肥大していく。
あるはずがない。
そんなわけがない。
そうやって自分に言い聞かせるが、体を奥底に取り付いた死神が静かに囁く。
…こいつは何をしてくるかわからない、と。
「フフ、どうしたんだ? 勝負するなら、さっさと賭けてくれ。…オレと同じ、チップ100枚を」
「ぐぬっ」
パンドラの手は、知らないうちに震えていた。
手中にあるのは『フォウカード』。
負けるはずのない『フォウカード』。これに勝てる役といえば、『ストレートフラッシュ』などの現実的にはほぼあり得ない手札。故に、負けるはずがない。
それなのに、…切り出せない!
快司の放っている、異様なまでの威圧感。
自分を省みない静かな狂気が、パンドラにある疑惑を持たせている。すなわち、快司もイカサマをしているのではないか、という疑惑であっだ。
「(…あり得ない。この俺が見ているんだぞ。奴にイカサマをさせるような隙など、与えるものか)」
パンドラは苛立つように頭を振る。
そして、快司に乗せられるまま、手元のチップを前に出した。その数は、快司と同じ100枚。金貨にしたら1000枚。普通の人間が、人生の大半を費やさないと貯蓄できない、破格の金額。
「…いいだろう。この勝負、受けようじゃないか」
「フフ、そうこないと」
快司の無感情な笑みに、パンドラはますます苛立っていく。
「(…このガキめ。こんなのハッタリに決まっている。自分の手札が弱いから、あえて強気に出るポーカーの常套手段。そんなものが、…この俺様に通用するものか!)」
互いの掛け金を確認した後、黒服が口を開く。
「そ、それでは、手札を開けてください」
その言葉に、パンドラは真っ先に手札をテーブルに広げた。
大量のチップの前に開かれた5枚のカード。それらに観客の視線が釘付けとなる。…イカサマをした『A』の『フォウカード』。
驚愕する観客達。
それまでの沈黙が嘘のように、興奮した表情で囁きあう。…この大勝負で、こんな大物手を作れるなんて。…やはりパンドラは天才だ、と。
「(…ふふっ、どうだ。これが俺の実力。誰もイカサマしたなんて思っちゃいない)」
自身を賞賛してくる観客に包まれながら、パンドラは次第に自信を取り戻していく。
「さあ、お前さんの手札はなんだ?」
余裕の笑みを浮かべながら、快司の手札を確認する。
だが、次の瞬間―
「なっ、なんだと!?」
パンドラに、電流走る…!
快司がチップ100枚を賭けた、運命の勝負手は―
『♤4』、『♦6』、『♥5』、『♦Q』、『♤10』。
役なし…!
完全なる、クズ手…!
驚愕するパンドラ。
負けることがわかっていて、人生の左右するほどの大金を賭けるなんて。その理解不能の暴挙に、観客たちも再び言葉を失う。何を考えているんだ、と快司の考えが読めず混乱する。
…ざわ
…ざわ
「そ、それでは、チップはパンドラ氏へ」
大量のチップ100枚がパンドラの元へと運ばれてくる。
一瞬にして、先ほどの勝負で負けた大金を取り戻す。だが、その表情に緩みはない。むしろ、先ほどより更に困惑したものになっていた。
「(…このガキ、何を企んでいる)」
快司の無感情な目を見て、パンドラは静かに背筋を凍らせていく。
「くくっ、大損か。だが、まぁいいさ。カジノ四天王と呼ばれた男が、このまま勝ち逃げなんてしないだろうしな」
その言葉が、男の背筋を凍らせる。
ギラッ、と岩崎快司の瞳が光ったからだ。
「さぁ、次のゲームだ。…くくっ、面白い。狂気の沙汰ほど面白い」




