第3話「夏の終わりにベッドで目が覚めて」
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―カランッ。
―カランッ。
時計塔の鐘が鳴り響き、朝が来たことを告げる。
早朝。
太陽がようやく東の海から顔を出した頃。
わずかに空いた窓からは、爽やかな風が入ってくる。
頬をくすぐる、この感覚が愛おしい。
真夏が過ぎて、残暑の気配も薄らいでいく。
朝の空気が少しずつ肌寒くなって。
風も切なさをはらむようになって。
港に打ち寄せる波が、いやに大きく聞こえるようになる。
…夏が、終わろうとしていた。
「…うーん、うぁ?」
時計塔の鐘を聞きながら、ボクは奇妙な違和感で目を覚ました。
見慣れた天井。
見慣れた風景。
この世界に来てから女の子になってしまった体も、もう慣れてしまった。
…4ヶ月。
ボクたちが、このゲームのような異世界に来てから、それだけの月日が流れた。
いろんなことがあったけど、その度に仲間たちと助け合って乗り越えてきた。
1日1日が新鮮で。
毎日に、一生懸命だった。
「う~ん、重いよ~」
ボクはいつもとは違う何かを感じながら、薄い布団の中で寝返りを打つ。
だが、まるで何かが乗っかっているかのように、体がいうことをきかない。
「もう~、ア~ニャ。いい加減に抱きつくのはやめて…」
過去に、似たような経験をしたことがある。そのときと同様に、また同居人の彼女が潜り込んでいるのだと思った。
少しだけ不機嫌になりながら、布団をばさりと剥ぎ取る。
そして、そこにいる人物を見て、驚きに目を丸くさせてしまった。
「…すやすや。…姉さま~、やわらかいですぅ~」
撫子色の柔らかい髪。
ぷっくりと柔らかそうな頬っぺたに、抱きしめたくなるほど幼い容姿。
エルフ族特有の尖った耳。
薄いピンク色のサマードレスから見える地肌が、ほんのりと赤くなっている。
背なかに羽でもあったら、天使と見間違えそうなほどの可愛い女の子。
純真無垢を体現したかのような美幼女が、そこにいた。
「っ!」
ボクは驚いて飛び上がってしまった。
その衝撃に目を覚ましたのか、幼女は眠そうな目でこちらを見てくる。
「…あ、姉さま。…おはようございます」
小さな手でごしごしと目を擦りながら、ぺこりと頭を下げる。
彼女の名前は、神無月有栖。
先月ごろにボクたちと合流した、1つ年上の先輩である。
「か、神無月先輩っ! 何してるんですか!?」
「…え、なにって。…姉さまがあまりに可愛かったので、…添い寝を」
「そうじゃなくて! なんでボクの布団の中に潜り込んでいるの!?」
「…なんで、と言われましても」
ふわぁ~、とあくびを漏らしながら、神無月有栖は当然のように言った。
「…姉妹なのですから、別に変ではないと思いますが?」
その返答に、思わず脱力してしまう。
神無月先輩は、ボクの妹だ。
…というか、勝手に妹になってしまったのだ。
先輩の魔法である『隷属魔法』によって、ボクと先輩の間に『姉』と『妹』という契約が成立していた。先月に先輩が起こした騒動の抑止力としてこの魔法を使ったのに、今にして思えば、この『妹』の立場がこそ彼女の目的だったように思える。
「…それに、私のことは『有栖』と呼ぶように言ったじゃないですか。妹なのに先輩って、何か変です」
「いやいや、神無月先輩が妹になったほうが変で―」
「それにですね、姉さま」
ボクの言葉を遮って、先輩が口を開く。
「姉さまは女の子なのに、なんで自分のことを『ボク』と呼ぶのですか? なんか不自然です」
「うっ」
その問いには、何も返せなかった。
かつて、他の友達にも似たようなことを言われたからだ。
…無理して男のフリをしないで、と。
「姉さまも素直になって、女の子になった自分を認めたらどうですか? 知ってのとおり、仲間の皆も姉さまのことは『女の子』として扱っていますから。別に、不都合はないかと」
神無月先輩の指摘にボクは黙り込む。
そして、しばらく考えたあと。
ボクは。…いや、私は諦めたように肩の力を抜いた。
「…そうね。有栖の言うとおりだと思う。だけど、なかなか割り切れなくてね」
長い黒髪をかき分けながら、女性らしい言葉使いに変える。
取り繕うのを止めて、本当の自分をさらけ出す。
カチン、と自分の中のスイッチを入れて、『女の子モード』に切り替える。
「多分、…『私』も悩んでいるんだと思う。この世界で生きていくのか、それとも元の世界に戻れるのか、わからないでしょう? 元の世界の自分を見失いたくない。そんな思いが心のどこかにあると思うの」
「…姉さま」
「だからね、有栖。『私』はこのままでいいと思っているの。この世界で生きていく覚悟ができたら、『私』はきっと、私になる」
私はじっと、有栖の目を見つめる。
すると、彼女はふんわりと笑みを浮かべた。
「…わかりました。この事は、これ以上触れません。姉さまが思うようにしていただけたらと、私は強く思います」
「うん、ありがとうね」
返事をしながら、優しく有栖の頭を撫でてやる。
柔らかい撫子色の髪は、指に絡まることなく流れていく。
「えへへ。姉さま、大好きですぅ~」
有栖は満面の笑みを浮かべながら、がしっと抱きついてくる。嬉しそうに頬を擦らせてくる仕草を見ていると、本当の妹ができた気がしてくる。
…が、その時だった。
「ユキー、起きてる? そろそろ朝ごはんだけど」
ガチャリ、と部屋の扉が開く。
そこにいたのは、フライパンを片手に持った少女だった。
燃えるような赤い髪を一括りにして、小さなポニーテールにしている。
彼女の名前は、御櫛笥青葉。
仲間内では、『ミク』と呼んでいる。
この世界に来た時はショートヘアーだった彼女も、今は肩口のボブカットにまで髪が伸びていた。そのせいか、このところ急に女性らしくなってきた。
「ちょっ! このクソガキ! なにやってるのよ!」
…訂正。変わったのは髪型だけで、中身はミクのままだ。
ジュージュー音を立てるフライパン片手に、有栖のことを蹴り飛ばす。…なんか、前にも見たことあるような気がする。
「ふんぎゃろ!」
ごろごろと布団の上を転がって、どすんとベッドの脇へと落ちていった―




