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第3話「夏の終わりにベッドで目が覚めて」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ―カランッ。

 ―カランッ。


 時計塔の鐘が鳴り響き、朝が来たことを告げる。

 早朝。

 太陽がようやく東の海から顔を出した頃。

 わずかに空いた窓からは、爽やかな風が入ってくる。

 頬をくすぐる、この感覚が愛おしい。


 真夏が過ぎて、残暑の気配も薄らいでいく。

 朝の空気が少しずつ肌寒くなって。

 風も切なさをはらむようになって。


 港に打ち寄せる波が、いやに大きく聞こえるようになる。

 …夏が、終わろうとしていた。


「…うーん、うぁ?」


 時計塔の鐘を聞きながら、ボクは奇妙な違和感で目を覚ました。

 見慣れた天井。

 見慣れた風景。

 この世界に来てから女の子になってしまった体も、もう慣れてしまった。


 …4ヶ月。

 ボクたちが、このゲームのような異世界に来てから、それだけの月日が流れた。

 いろんなことがあったけど、その度に仲間たちと助け合って乗り越えてきた。


 1日1日が新鮮で。

 毎日に、一生懸命だった。


「う~ん、重いよ~」


 ボクはいつもとは違う何かを感じながら、薄い布団の中で寝返りを打つ。

 だが、まるで何かが乗っかっているかのように、体がいうことをきかない。


「もう~、ア~ニャ。いい加減に抱きつくのはやめて…」


 過去に、似たような経験をしたことがある。そのときと同様に、また同居人の彼女が潜り込んでいるのだと思った。

 少しだけ不機嫌になりながら、布団をばさりと剥ぎ取る。

 そして、そこにいる人物を見て、驚きに目を丸くさせてしまった。


「…すやすや。…姉さま~、やわらかいですぅ~」


 撫子色の柔らかい髪。

 ぷっくりと柔らかそうな頬っぺたに、抱きしめたくなるほど幼い容姿。

 エルフ族特有の尖った耳。

 薄いピンク色のサマードレスから見える地肌が、ほんのりと赤くなっている。

 背なかに羽でもあったら、天使と見間違えそうなほどの可愛い女の子。


 純真無垢を体現したかのような美幼女が、そこにいた。


「っ!」


 ボクは驚いて飛び上がってしまった。

 その衝撃に目を覚ましたのか、幼女は眠そうな目でこちらを見てくる。


「…あ、姉さま。…おはようございます」


 小さな手でごしごしと目を擦りながら、ぺこりと頭を下げる。

 彼女の名前は、神無月かんなづき有栖ありす

 先月ごろにボクたちと合流した、1つ年上の先輩・・である。


「か、神無月先輩っ! 何してるんですか!?」


「…え、なにって。…姉さまがあまりに可愛かったので、…添い寝を」


「そうじゃなくて! なんでボクの布団の中に潜り込んでいるの!?」


「…なんで、と言われましても」


 ふわぁ~、とあくびを漏らしながら、神無月有栖は当然のように言った。


「…姉妹なのですから、別に変ではないと思いますが?」


 その返答に、思わず脱力してしまう。

 神無月先輩は、ボクの妹だ。

 …というか、勝手に妹になってしまったのだ。

 先輩の魔法である『隷属魔法』によって、ボクと先輩の間に『姉』と『妹』という契約が成立していた。先月に先輩が起こした騒動の抑止力としてこの魔法を使ったのに、今にして思えば、この『妹』の立場がこそ彼女の目的だったように思える。


「…それに、わたくしのことは『有栖ありす』と呼ぶように言ったじゃないですか。妹なのに先輩って、何か変です」


「いやいや、神無月先輩が妹になったほうが変で―」


「それにですね、姉さま」


 ボクの言葉を遮って、先輩が口を開く。


「姉さまは女の子なのに、なんで自分のことを『ボク』と呼ぶのですか? なんか不自然です」


「うっ」


 その問いには、何も返せなかった。

 かつて、他の友達にも似たようなことを言われたからだ。

 …無理して男のフリをしないで、と。


「姉さまも素直になって、女の子になった自分を認めたらどうですか? 知ってのとおり、仲間の皆も姉さまのことは『女の子』として扱っていますから。別に、不都合はないかと」


 神無月先輩の指摘にボクは黙り込む。

 そして、しばらく考えたあと。

 ボクは。…いや、は諦めたように肩の力を抜いた。


「…そうね。有栖の言うとおりだと思う。だけど、なかなか割り切れなくてね」


 長い黒髪をかき分けながら、女性らしい言葉使いに変える。

 取り繕うのを止めて、本当の自分をさらけ出す。

 カチン、と自分の中のスイッチを入れて、『女の子モード』に切り替える。


「多分、…『私』も悩んでいるんだと思う。この世界で生きていくのか、それとも元の世界に戻れるのか、わからないでしょう? 元の世界の自分を見失いたくない。そんな思いが心のどこかにあると思うの」


「…姉さま」


「だからね、有栖。『私』はこのままでいいと思っているの。この世界で生きていく覚悟ができたら、『私』はきっと、私になる」


 私はじっと、有栖の目を見つめる。

 すると、彼女はふんわりと笑みを浮かべた。


「…わかりました。この事は、これ以上触れません。姉さまが思うようにしていただけたらと、わたくしは強く思います」


「うん、ありがとうね」


 返事をしながら、優しく有栖の頭を撫でてやる。

 柔らかい撫子色の髪は、指に絡まることなく流れていく。


「えへへ。姉さま、大好きですぅ~」


 有栖は満面の笑みを浮かべながら、がしっと抱きついてくる。嬉しそうに頬を擦らせてくる仕草を見ていると、本当の妹ができた気がしてくる。

 …が、その時だった。


「ユキー、起きてる? そろそろ朝ごはんだけど」


 ガチャリ、と部屋の扉が開く。

 そこにいたのは、フライパンを片手に持った少女だった。

 燃えるような赤い髪を一括りにして、小さなポニーテールにしている。


 彼女の名前は、御櫛笥みくしげ青葉あおば

 仲間内では、『ミク』と呼んでいる。

 この世界に来た時はショートヘアーだった彼女も、今は肩口のボブカットにまで髪が伸びていた。そのせいか、このところ急に女性らしくなってきた。


「ちょっ! このクソガキ! なにやってるのよ!」


 …訂正。変わったのは髪型だけで、中身はミクのままだ。

 ジュージュー音を立てるフライパン片手に、有栖のことを蹴り飛ばす。…なんか、前にも見たことあるような気がする。


「ふんぎゃろ!」


 ごろごろと布団の上を転がって、どすんとベッドの脇へと落ちていった―


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