第17話「…ボクは『私』となる」
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…また、あの暗闇だ。
ふわふわとした浮遊感の中、ボクは不自然なほど冷静だった。
すぐにでもアーニャを助けにいきたいのに。そのために何をするべきなのか、頭の片隅で冷静に考えている。
…力が必要だ。
…アーニャを助けるだけの力を。
ボクは顔を上げる。
少し距離が空けたところに、あの黒髪の少女がいた。今のボクにそっくりの、長い黒髪の女の子。まるで、心の中に眠っている、もう一人の自分を見ているようだ。
黒髪の少女は、唇に人差し指を当てながら何かを考えている。
そして、にこっと笑った。
人差し指と親指を立てて銃の形を作ると、少女の指がボクに触れた。すると体の奥から暖かくなっている。まるで、少女の一部がボクの体に流れ込んでいくようだった…
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…カチャ。
『私』は腰に手を当てて、ヨルムンガルドを静かに引き抜いた。
重厚な愛銃の重さが、しっくりと手に馴染む。
マガジンをスライドさせて、素早く残弾の確認をする。
通常弾が8発。
敵の男は3人。
問題ない。
「…やめて、…もうやめて」
彼女の悲痛な叫びが耳を打つ。
胸の中で、男達への怒りが満ちていく。
しかし、焦ってはいけない。
確実に仕留めないと。
「…『クイックドライブ』」
私は小さく呟いた。
すると、騒がしいほどの喧騒が遠くなっていく。周りの人たちが動きが遅くなり、時計の針もまるで止まってしまったかのようだ。
…一瞬が、永遠に引き伸ばされていた。
「待ってて。今、行くから」
彼女までの間に邪魔な人ごみがいるが、問題はない。
私は腰を軽くかがめると、彼女に向かって走り出した。
タンッ。
地面を蹴り、跳躍する。
宙を飛んでいる私のことを誰も見ようとはしない。
いや、視認すらできないことを、私は知っている。彼らには、私の動きを目で追う事はできない。
それが、私の得意とするスキル。『クイックドライブ』だ。
時の流れを極限まで緩慢にさせて、その緩慢な世界に自分を介入させる。ゆっくりと流れる世界を、自分だけは時の流れに関係なく動くことができる。他人から見たら、目にも追えないような超高速で動いているように見えるはずだ。
目の前に、白い海鳥が実にゆっくりとした速さで飛んでいる。
このままだとぶつかってしまうので、仕方なく私は体を傾けて海鳥との衝突をさける。
トンッ。
小さな音がして、足の裏に地面との軽い衝撃が走る。
それと同時に駆け出した。
『クイックドライブ』が切れるまで、あと2秒。
私は右手に銃を構えたまま、男達に向かっていく。
男達は気づいていない。
あと1秒。
一番近くにいた男の首筋に蹴りを入れる。
男は固まった笑顔のまま、ゆっくりと地面に崩れていく。そのまま体勢を整えつつ、私は彼女の髪をつかんでいる男に銃を向けた。
…0秒。
時は再び動き出して、元の喧騒が戻ってくる。
「ひひひっ、この女。綺麗な髪をしてー、 …ぐはぁぁ!」
最初に聞こえたのは、首筋を蹴られ地面に叩きつけられた男の悲鳴だった。私は、もう一人の男に銃を突きつけたまま、静かに口を開く。
「彼女から手を離しなさい。このまま撃ち殺されたくなければね!」




