第52話「私に、妹ができた日」
「ちょっ! これって!」
足元に展開される魔法陣。
黒く邪悪な雰囲気を放つ幾何学的な紋様は、ボクと神無月先輩を覆いつくす。これは、相手を束縛する【隷属魔法】だ!
「おい、神無月っ!」
ジンが鋭く叫ぶが、魔術儀式は止まることを知らない。
足元の魔法陣から黒い茨が生まれ、獲物を求めるように鎌首をもたげる。
「ひっ!」
生理的嫌悪感と、過去のトラウマが一遍に襲い掛かる。
足が震えて逃げることもできない。
そうこうしているうちに、…黒い茨が一斉に飛び掛った。
「きゃあ!」
身を強張らせ、頭を抱える。
…だが。
「…あれ? 襲ってこない?」
いつになっても、黒い茨が襲ってくる気配がなかった。
恐る恐る辺りを見渡すと、予想外の光景が目に入ってきた。
「…あ、あうっ。思っていた以上に、キツイのですね」
「神無月先輩!?」
なんと、魔法陣から生まれた茨が、神無月先輩へと襲い掛かっていたのだ。
「ど、どうして!?」
「…ふふっ、どうしてですって? 優紀君が唱えたのですよ?」
妖艶な笑みを浮かべながら、黒い茨に締め付けられる豊満な体。
だけど。
どうしたことであろうか。
その神無月先輩のからだが、…どんどん小さくなっていく!
「おいおい、マジかよ」
ジンが唖然としたように言葉を失う。
ボクも驚きのあまり何も言えない。
そうしている間も、先輩の体はどんどん縮んでいく。
身長はボクよりも小さくなり、さらには140cmしかないコトリよりも小さくなっていく。女性的な体も見る見る間に凹凸をなくして、見事なツルペタに。しまいには漏れる声も、幼女のような声色に―
…そう。
…まさしく。
…目の前にいた大人の魅力を醸し出していた神無月先輩が。
…可愛らしい幼女へと、変貌を遂げていた。
「あっ、やぁん」
ずりゅりと黒い茨が消えていき、魔法陣も消失していく。
その場に残されたのは、大きすぎるローブを身にまとう小さな女の子。
幼女・神無月有栖だった。
「うん、まぁまぁですわね」
完全なロリボイスで、自分の今の姿の感想を呟く。
柔らかい撫子色の髪。
背中まで流れる、ゆるふわの髪の毛。
つぶらな大きな瞳に、穢れを知らない無垢な表情。
その姿は、…まさに天使!
背中に羽がないのがおかしいと思えるほどの、美幼女であった。
「…ちょ。…ちょっ、ちょっと待って!」
状況が理解できず、叫んでしまった。
「え、なに!? 何が起きたの!? なんで神無月先輩が、こんな幼い姿に!?」
「大丈夫です。ちゃんと説明しますわ、姉さま♪」
「…ね、姉さま?」
ぞくり、と嫌な記憶が蘇る。
「おほん。この度は真に勝手ながら、ユキ姉さまと【姉妹】の契りを結ばせていただきました」
「…し、姉妹!?」
「えぇ、そうですわ。ほら、この刺青が見えますか?」
柔らかい髪をかき分けて、首元をさらす幼女・神無月。
真っ白で染みのない首元には、小さな茨の刺青が刻まれている。よくよく見ると、その茨からは芽が出ていて、幼女・神無月の首をぐるりと一周している。
見ようによっては、…首輪にも見えた。
「これが私とユキ姉さまの契りの証。姉さまの許可がなければ、私はほとんどの魔法を使うことができないのです」
「だ、だからといって、何で姉妹なの!?」
自然と女の子口調になってしまったが、気にしてられない。なんたって、目の前に妹ができたのだから。
「あー、それは私の趣味ですわ」
「趣味!?」
「はい。私は一人っ子ですし、常日頃から姉がほしかったのです。それにこの度の一件で、人としても幼かったと強く感じました。なので、これを期に姉さまの妹として―」
「だからって、何で『私』なのよ!」
「それは、姉さまが可愛いからですわ。美しくて、かっこよくて、私の憧れだからですわ」
にこり、と無垢な笑顔で答える。
「これからは、私のことは『アリス』と呼んでくださいまし。『先輩』も敬語も禁止です。お願いしますわね」
幼女・神無月有栖。
彼女は邪なことなど何も考えていないような顔で、私に言った。
「これからも、末永くよろしくお願いします。姉さま♪」
大きすぎるローブを足元に敷いて。
三つ指をつけて頭を下げる幼女を前に。
私は、…気を失いかけていた。
…この日。
…私に、【妹】ができた。




