第48話「誰からも嫌われない方法?」
「…あ、女の子になった」
「…そりゃ、まぁ。目が覚めたら自分が脱衣踊子になっていたらね」
アーニャとミクの声なんて耳に入らない。
すぐさま前かがみになって、胸元を隠す。そして、足元に落ちているミクの浴衣を手にとって、慌てながら袖を通した。足元が少し頼りないけど、仕方ない。まるで、何も穿いてないような格好にドギマギしながら、アーニャとミクのほうへ振り返った。
「…お、おほん。…そ、それで何があったの?」
腰に手を当てて、余裕のある笑みを浮かべる。
「あっ、なかったことにした」
「おい、アーニャ。察してやりなって。あまりの恥ずかしさに耐え切れなかったんだよ。ここは生暖かい目でスルーしてやるのが友達じゃないの?」
「あー、そだね。でも、ユキのあんな格好なんて、もう二度とお目にかかれないかも」
「そこは心に深く刻んどきなさい。ほら、見なさいよ。ユキの奴、恥ずかしくて今にも逃げ出しそうでしょ」
目の前で筒抜けの内緒話をされて、ボクの羞恥心は限界を越えそうだった。
…いっそのこと、自分から全裸になってやろうか。
「まぁ、冗談は置いといて。…ユキは何も覚えていないの?」
ミクが少しだけ真面目な顔で訊いていくる。
「…うん。あんまり覚えていない」
「そっか。じゃあ、簡単に説明するかな」
そう言って、ミクは赤い髪をボリボリとかきながら、今までにあったことを話し出した。
ボクが行方不明になっていたこと。
皆が総出で探してくれたこと。
そして、全ての元凶が。神無月先輩にあったこと。
ボクはひとつひとつに頷きながら、頭の中で状況を整理していく。
「それで、…神無月先輩は?」
「あー、あそこで丸くなっているよ」
ミクが面倒そうに指差した先には、部屋の片隅で背中を丸めている1人の女性がいた。
エルフ族特有の尖った耳に、見目麗しい整った顔立ち。
そして、女神すら嫉妬しそうなほどの美しさ。
それら全てが霞んで見えるほど、…神無月先輩は酷く脅えていた。
「…ひっう、ひっう」
震える肩を強く抱いていて、指先が皮膚に食い込んでしまっている。
時折聞こえてくる声は、泣き声だろうか。
あの優雅な振る舞いを見せていた神無月先輩は既にいなかった。
そこにいたのは、現実に押しつぶされそうになっている、…ただの女の子だった。
「…神無月先輩」
「自業自得だよ。あいつはユキのことを好き勝手に弄んだんだ。これくらいの罰を受けてもらわないと、あたしたちの気が済まないよ」
ムスッ、と不機嫌そうな顔を浮かべる赤髪の少女。
それはアーニャも同じ思いだったようで、神無月先輩を擁護するようなことは言ってこない。
「…でも、なんだか可哀想に見えてくるよ」
「ちょっと、ユキ! 言っとくけどね、あんたが一番許しちゃいけないんだよ。あいつは誰にも叱られないまま大人になっちまったような人間だ。あんたが許しちまったら、あいつは一生子供でいることになるよ」
「…うん、…そうだよね」
恐怖に震える神無月先輩を見ていて、可哀想には思うけど。
ボクには、彼女を救うことはできない。
彼女の想いを、…受け入れることができないのだから。
「…ひっく、…どうしてなのです」
ポツリ、と神無月先輩が呟いた。
「…どうして、…私のこと嫌いになるのですか? …私はただ、…嫌われたくないだけなのに」
肩を震わせながら、涙声で自分の気持ちを曝け出す。
「…いや。…誰からに嫌われるなんて、…耐えられない。…影で悪口を言われたり、意地悪されたり、冷たくされたり。…そんなの耐えられません」
「…神無月先輩」
「…怖い。…私は人が怖い。…自分以外の全ての人間が怖いのです。…もう誰も近くにこないで、…独りにしてください。…いえ、独りも嫌です。…寂しくて、不安で、…怖いのです」
他人と一緒にいるのが怖くて。
でも、独りになるのも怖くて。
それは矛盾しているようで、誰もが抱えていること。
嫌いな人といるのは誰だって不安になるし、好きな人といるのは誰だって安心できる。独りでいれば誰にも気をつかわない自由だが、それは果てしない孤独でもある。
そんなこと。
誰だって、わかっているはずなんだ。
「…どうしたら、…いいのですか? ただ、誰からも嫌われたくないだけなのに。…どうしたらいいのです」
誰からも嫌われない方法?
そんなの、あるわけないじゃないか。
どんなに頑張っても、仲良くなれない人なんて大勢いる。
わけもわからず冷たくされたり、理不尽に虐められたり。年上だというだけで威張ったり、機嫌が悪いからって八つ当たりされたり。
だから皆、折り合いをつけて生きているんじゃないか。
誰からも愛してもらえる人間なんて、…この世に存在しないんだ。
「…わかりません。…私は、どうすればいいのか。…誰か、…教えてください」
「…先輩」
ボクは、自分の胸が締め付けられそうになる。
わかってしまうから。
独りになる恐怖が、わかってしまうから。
ボクと先輩は似ているんだ。
誰かが傍にいないと生きていけないほど弱虫なところが。
ただ、1つ違うのは。
先輩は、…生きることに器用すぎた。
「…か、神無月せんぱ―」
「ひゃう!」
ビクッと肩を震わせて、脅える目でこちらを見てくる。
気分でも悪いのか片手で口元を覆い、生気をなくした真っ青な顔が痛々しい。
「…やめて、…いじめないで」
脅える先輩を見て、ボクは言葉を失う。
…ダメだ。
…なんて声をかけたらいいのか、わからない。
ミクに視線で問いかけるけど、彼女も黙って首を横に振る。
「…っ」
歯がゆい。
相手が見知らぬ悪人なら、こんな思いをしなくて済むのかもしれない。
だけど、…彼女は。
神無月有栖は、ボクたちの仲間なんだ。
…なんとかしたい。
そんな気持ちで声を絞りだそうとする。
「…かんな―」
その時だ。
慌ただしく階段を駆け上がる音がしたと思ったら。
予想もしなかった人が、この部屋に駆け込んできた。
それは、長いローブと魔導杖を身に着けた。
氷の魔法使いの少年。
碓氷涼太、であった―




