第46話「ダリオ宮、一階での激闘」
「にしても、碓氷の奴。いくらなんでも飛ばしすぎじゃないか?」
「えぇ、確かに。【無限詠唱】で立て続けに魔法が撃てるとはいえ、これではすぐに撃ち止めになりますよ」
この世界では、魔法に使用するためのMPを確認することができない。ただ、疲労として体に蓄積していくだけ。もちろん、永遠に魔法を使うことなどできはしない。
「陣ノ内君の『銀狼モード』は、あとどれくらい使用できますか?」
「あ? スキルの連続使用の制限のことを言っているのか?」
ボリボリと氷で固まった鬣を掻き毟る。
「まぁ、大丈夫だと思うが、…コトリがどうかな」
ジンの懐には、幼い妖弧の少女が体を丸めてブルブルと震えていた。
「そうですよね。…はぁ、こんなときに源次郎が無事だったなら」
そう言って、目の前で壁に使われているゲンジの氷像を見つめる。
「さて、どうするか?」
「うーん。どうしましょう?」
数え切れない氷の刃が降り注ぐさなか、緊張感の欠ける2人。
時折、角度を変えて狙い打つ氷弾を弾きながら、ジンと誠士郎は頭を捻る。
「…考えてもしょうがねぇ。こうなったら、出たとこ勝負でいくか」
「…あまり賛同できませんが。仕方ありませんね」
スラリ、と2振りの細剣を構えながら、ジンに目配せをする。
「守りはまかせてください。陣ノ内君は、最短距離を駆け抜けて」
「了解」
ジンは獰猛な牙を見せながら、ニヤリと笑う。
腰を落とし前傾姿勢となって、駆け出す体勢に入る。
「コトリ。ちょっとの間だけど、我慢してくれよな」
「…ん」
腕の中で震えている妖弧の少女は、ジンの問いかけに小さく頷く。
「それでは、…行きますよ!」
ザザッ!
2人は同時に、氷像の影から姿を現せる。
それを見計らったように、勢いを増す碓氷の攻撃魔法。
数え切れないほどの氷の槍が、2人に狙いをつける。
「誠士郎っ!」
「わかってますっ!」
氷の槍が放たれるのと、2人が叫ぶのは同時だった。
誠士郎はその場に踏みとどまり、2振りの細剣を構える。
細剣『アルテミス』。
長剣『アポロン』。
その美しい刀剣を振りかざして、…勢いよく地面へと突き立てた。
守護戦士のスキルを発動。
前面に【巨人族の盾】が展開される。
そして、次々に放たれた氷の槍は、その盾へと突き刺さり。
…全てを反射した。
「っ!」
碓氷が動揺したように肩を震わせる。
相手に向かって放った無数の魔法が、術者へと弾き返されていたのだ。
慌てて碓氷は、防御用の魔法を詠唱。
氷の壁が展開させて、自分の身を守ろうとする。
…だが。
…ジンは、その隙を見逃さない。
「うおらっ!」
銀色の狼男は紫電を身に帯びながら、稲妻のように襲い掛かった。
切り裂く剛爪。
それは氷の壁など粉砕し、碓氷の脇腹をかすめていく。
「っう!」
苦痛に歪む表情。
歯を食いしばりながら、ジンのことを睨みつける。
「…っ!」
間一髪に致命傷をさけて、その場に転がり込んだ。
手にした大型の魔導杖で体を支えようとするが、体に力が入らないのか、膝から地面に崩れ落ちる。額にはものすごい汗をかいていて、その表情は憔悴しきっていた。
…死力。
碓氷涼太は己の身を省みず、死力を尽くしていたのだ。
だが、それもここまでだった。
「…っ」
反射された氷の槍が壁に突き刺さる。
詠唱途中だった魔法も氷の塊を残して、次々と消えていった。
もう、限界であった。
「なんだよ。ずいぶんと無理をしてたんだな」
ジンは呆れたように、碓氷のことを見下ろす。
今にも倒れてしまいそうな魔法使いは、全ての体力を使い果たしていた。
目つきだけはギラギラと睨んでいるが、とてもこれ以上は闘える様子ではない。
「…終わりましたか?」
誠士郎が2振りの細剣を携えて、ジンの元まで歩いていく。
「あぁ、俺たちの勝ちだな」
「…ジン。…さむい」
「お、悪い悪い」
コトリの不機嫌そうな顔に、ジンは笑みを返して抱きかかえる。先ほどの雷撃のような攻撃のときでも、コトリはピッタリとしがみついていた。
「…」
そんな2人を見ても、碓氷は何も言わない。
ただ黙って、ジンたちを睨みつける。
もはや碓氷涼太に戦える力は残ってはいない。魔法使いの少年は立ち上がることもできず、辛そうな表情を浮かべている。
「それじゃ、先に進んでいるミクと合流するか」
「そうですね。音沙汰がないということは苦戦をしているのかもしれませんし」
ジンと誠士郎が2階へと続く階段を見ながら言葉を交わす。
その時だった。
ピシリッ。
突然、鮮やかな壁の内装に亀裂が走った。




