第45話「神無月有栖(かんなづき ありす)②」
「先輩は何に脅えているんですか?」
質問の意味がわからなかった。
出会って数日の下級生に、私は心の底を覗かれた気分だった。
…怖かった。
…この御影優紀という男子生徒のことが、怖くてたまらなかった。
私はあらゆる手を尽くした。
友人関係。あの御影優奈の実弟であること。両親が既に他界していること。とにかく調べた。
そして、…絶望した。
こんなにも不安定な人生を歩んでいる人間を、今まで見たことがなかった。
幼いうちに両親と死別して、唯一の家族である姉も2年前の事故で他界。その絶望といったら、想像すらできない。その日、トイレで吐いた。
彼の友人でさえ、一筋縄ではいきそうになかった。
御櫛笥青葉は、元不良で更正した経歴がある。
陣ノ内暁人は、もっと不気味だ。母親に捨てられ、父親も失踪。その父親は、山林の深くで死体として発見されている。その他にも、信憑性のない情報が行き交っていて、近寄ることさえ危険に思えた。
「…」
それに加えて。
私に、おかしな人物が付きまとうようになった。
付きまとうというと誤解があるかもしれない。
そいつはいつも文庫本を片手に、氷のような無表情を浮かべていた。
たぶん、美少年だった。
そいつは私が一人で孤独に耐えていると、いつの間にか傍にいた。
周囲の人間関係に疲れてくると、その場から私を連れ出して、黙って一緒にいてくれた。
そいつは、何も話さない。
碓氷涼太は、何も話さない。
彼も御影優紀と同じ1年生で、不思議と一緒にいても疲れない存在だった。
傍にいても文庫本を読んでいるだけで、自分から話しかけないと何も答えない。
ただ、私は今までの経験から。そいつの顔を見ただけで何を言いたいのか察した。御影優紀に脅える中、この男の存在だけが心に涼風を呼び込んでいた。
ある時、私は勝負に出た。
御影優紀に告白することにしたのだ。
別に好きではなかった。
ただ、好きになってもらわないと困った。
他人から好意を寄せられることがほとんどの私にとって、初めての告白。
…恐怖からの服従、といってもよかった。
碓氷涼太にそのことを話すと、彼にしては珍しく不愉快な顔をした。
いつも読んでいる文庫本から顔を上げて、わずかに目元を尖らせる。
なぜだか、わからなかった。
何人とも交際していると勝手に思われている私にとって、その告白は驚かれるものではなかった。
…だが。
…私は、御影優紀に拒絶されることになった。
放課後の校舎。
夕立を誘う入道雲を望みながら、私は御影優紀のことを想う。
まるで少女のような容姿を持つ彼に、たった一つの劣情に身を焦がす。
「…どうして、なのですか?」
頬を伝う一筋の涙。
溢れ出す感情の奔流。
その傍にいる碓氷涼太は、何も言わない。
黙って、私の傍にいた。
珍しく文庫本を閉じて、哀しそうな目をしていた。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
「ちっ、…くそっ」
猛吹雪と暴風雨が吹き荒れるダリオ宮の1階。
【氷の魔導砲台】の碓氷涼太と対峙しているジンと誠士郎は、ちょうど近くにあった氷像に身を隠していた。
「どうする、誠士郎?」
「…そうですね。碓氷君の戦闘スタイルなら、このまま長期戦に持ち込んで消耗させるのが一番なのですが、2階に向かった御櫛笥さんやアーニャさんのことが気になります」
氷付けになったオーガ族の仲間を壁にして、誠士郎が戦略を練る。
夥しい数の氷刃。
氷の槍、氷の剣、氷の弾丸。
それらに混じって、氷魔人の豪腕が飛んでくるのだ。鉄壁を誇る誠士郎と、迅雷のような速攻を持つジンであっても、さすがに攻めあぐねていた。




