第16話「その瞬間。…カチッ、とスイッチが入った」
「私、アイスクリームを買ってくるね。ユキはそこで待ってて」
宮殿前を通り過ぎて、広場の端まで歩いたところで、アーニャが思いついたように言った。
「ボクも行くよ」
「いいよ。顔なじみの店で値切ってくるから。ユキの顔を見ると、足元見られちゃうしね」
アーニャは誰にもついていかないようにと念を押すと、広場から細い路地に入っていった。ボクはその後ろ姿を見送りながら、呆然と立ち尽くす。
「…また、一人になっちゃたな」
ひとり言を呟きながら、広場をぐるりと見渡す。
様々な種族が行きかっていて、露店や屋台をあちこちに点在している。待っているだけでは暇なので、その場からあまり離れないように露店の前をぶらぶらしていく。
しばらくの間、エルフの奏でるリュートの音色に耳を傾けていたが、アーニャが戻ってくることはなかった。
「…遅いなぁ、アーニャ」
ボクは広場にある時計塔を見る。
もう、三十分くらいは経っているはず。アイスクリームを買うにしては時間がかかりすぎている。
ボクはどうしようか迷っていると、遠くのほうで人だかりでできていることに気がついた。
近づかないほうがいいかなと思ったけど、聞き覚えのある女の子の声がして、ボクは慌てて駆け寄った。
「離しなさいよっ!」
「黙れ、この女!」
「そうだ。このまま牢獄に放り込まれたいのか!」
アーニャが複数の男に取り囲まれていた。
男達は全員、青色の服を着ていて肩から銃をぶら下げている。この国の警備隊だった。
「きゃっ、やめてよ! 男なんかが、私の髪に触らないで!」
フードがはだけてしまったアーニャの蜂蜜色の髪を、男達が乱暴につかんでいる。痛みに耐えるように歯を食いしばりながら、男達のことを睨みつける。
「アーニャ!」
ボクは彼女の名前を叫びながら人ごみを掻き分けようとする。
だけど、人ごみに撥ね退けられる。今のボクでは、近づくこともできなかった。
「も、もうっ、どいてください!」
無理やり体を捻じ込ませても、人だかりの壁はびくともしない。
「いいかげんにしろ、この女!」
パシッ!
つんざくような音がボクの耳に届いた。
慌ててアーニャを見ると、彼女の顔が赤く腫れあがっていた。
「この女! 俺達を舐めやがって!」
パシッ、パシッ!
何度も何度も男達はアーニャに平手打ちを浴びせる。その度に、彼女の体が地面に叩きつけられた。
「あ、アーニャ…」
ボクは愕然とした。
公衆の面前で少女に暴行をする警備団ではなく、一歩的な暴力を受けているアーニャの表情を見て、ボクは言葉を失っていた。
アーニャは、…脅えていた。
先ほどまでの威勢はどこにいったのか、体を縮こませながら男達の暴力に耐えていた。その姿はまるで、男から暴力を受けることに慣れてしまっている。そのようにも見えた。
「…許せない」
頭がカッと熱くなる。
怒りが苛立ちが、体の奥から湧き上がる。
感情が抑えられそうにない。
今にも叫びながらアーニャの元まで駆け出しそうだ。
「…ッッ!」
その瞬間―
ボクの中で、カチッとスイッチが入ったー




