第42話「式神・陸奥守吉行」
「な、なぜ、届かないの!? この魔法は、必ず人を殺すための―」
「殺すとか、簡単に言うなよ」
取り乱している神無月に、あたしは淡々と言い放つ。
「人の命は尊い。それを奪おうとするなら、あたしだって容赦しねぇぞ」
「…くっ!」
神無月は悔しそうに唇を噛む。
そうしている間も、黒い鎖は襲い掛かってきて、その全てを【虎徹】が打ち払っていく。
「じゃあ、いこうか」
あたしが前へと進み出る。
すると、隣に立っていた【陸奥守吉行】が、同伴する用心棒のように斜め前を歩く。
腰に差した太刀に肘を乗せて、どこか飄々とした素振りを見せる。
「さ、させませんわ!」
神無月は慌てて両手を突き出した。
だが、襲い掛かってくる無数の鎖も、黒い幻影の斬撃によって砕かれていく。
じゃら。
じゃら。
数多の鎖の破片を踏みしめて、ゆっくりと奴に近づいていく。
「こ、こないで!」
空中に描かれる魔法陣が、より禍々しく輝きだす。
紋様の輪郭からは黒い血のようなものが滴り、その向こうからは何かが蠢いているようだった。
そんなものに囲まれようとも、あたしは歩みを止めることはない。
じゃら。
じゃら。
【陸奥守吉行】を従えて、まっすぐに向かっていく。
「来ないでと言っているでしょう! なぜ、それがわからないの!」
解き放たれる無数の鎖。
終わることのない黒い濁流は、部屋中を埋め尽くしていく。
「…」
次第にあたしの周りを取り囲み、その邪悪な領域を広げていく。
鎖の発生源である数多の魔法陣を見て、…あたしは呟いた。
「…やれ」
じゃら。
それまで達観していた【陸奥守吉行】が、あたしの前に立つ。
そして、式紙の奥に秘められた瞳を輝かせて。
腰に差した美しい太刀に、手を添えた。
「っ!」
サンッ―
白刃が、残光を描く。
【陸奥守吉行】の手にした太刀が、大きく空を切った。
そして、その瞬間。
…禍々しい魔法陣が、真っ二つに切断されていた。
「…え」
目を見開く神無月。
空中に刻まれた数多の魔法陣が、あろうことかその全てが一刀両断されていたのだ。
驚愕のあまり声もでない。
なぜなら、…魔法陣を斬れるものなどこの世に存在しないのだから。
【式神召喚・零式】。
…その名は、【式神・陸奥守吉行】。
この世の理を断ち切る不条理の太刀筋は、物質に限らず、その現象さえ切り伏せる。




