第40話「ミク vs 神無月」
あたしがムキになって叫ぶが、神無月はまるで聞こうとしない。
イラつくほどの丁寧な仕草で、こちらに向かって微笑んでくる。
「うふふ。大変よい姿になっていますわ。なんだったら、少し色気をだしてみませんか?」
「は?」
意味がわからず首を傾げる。
だが、すぐさま神無月のしようとしていることを理解することになった。
「まずは、両脚を縛って自由を奪うところから…」
「ちょ、ちょっと待て!」
「ふふっ、次はそのセンスのないTシャツを…」
「なっ! そんなところに入れるなっ!」
「あら? あなた、ブラをつけてないのですか?」
「う、うるさい! そんな哀れむような目で見んな!」
「嗚呼。なんて貧相な胸。ユキはさぞかし夜伽に不満だったでしょうね…」
「いいんだよ! ユキはこれくらいのサイズが好きって言ってくれたんだから!」
「それは、…あなたを慰めただけでは―」
「い、言わないで! 現実を突きつけないでよ! あたしやアーニャみたいな貧乳じゃ、ユキを満足させられないかもなんて! …っていうか―」
ギリリ、と歯軋りを立てる。
「ユキはテメェみたいなデカ乳は、悪趣味だって言ってたからなーーーっ!」
力を込めて、両腕の蔦を引きちぎる。
そのまま拳を床につきたてて、気合を入れた。
「せいやっ!」
ビシビシビシッ!
床に無数の亀裂が走る。
突き立てたの拳を中心にして放射状に広がっていく亀裂は、魔法陣をわずかに歪めていく。その瞬間、黒い蔦の力がわずかに弱まっていく。
あたしは近接戦闘や格闘スキルを持っていない。なので、こういった魔法には真正面からぶつかる以外に対抗する術がないのだ。
「な、なにを!?」
動揺する神無月。
オロオロしている間に、あたしは全ての蔦を薙ぎ払う。
「人を舐めやがって! 百倍にして返してやるよ!」
「ひっ!」
神無月の顔に恐怖が走る。
人の敵意を敏感に感じているのか、あまりにも深刻そうな表情だった。
悲鳴のような声と同時に、魔法を行使する。
一瞬のような詠唱を終わらせて、祈るように両手を強く握り締める。
「どうしてよ! あなたさえ来なければ、私は穏やかに暮らせたのにっ!」
「っ!」
あたしは突っ込むのを止めて、身構える。
今までとは違う。
本物の、…殺意だ。
「自由を断ち切りし黒き鎖。幾重にも絡みつき、拘束する鎖の枷よ。牢獄にて罪人を縛り、苦しめ、捻り落とす。汝の生さえ、鎖の前に断ち切らん」
神無月は撫子の髪を逆立たせながら、両手に力を込める。
あまりにも強すぎるために、手の甲に指が突き刺さって、血が滲んでいる。
「私は、…私は! あの子と静かに暮らしたいだけなのです!」
魔法陣が展開される。
その数は28。床に描かれているのは一部で、その多くは空中に描かれていた。
さらに特徴的なのが、その魔法陣の異常性だ。先ほどと同じ黒い紋様なのだが、墨汁をたらしたかのように、輪郭が酷く歪になっている。禍々しいと言ってもいい。その魔法陣から覗かしているのは、黒い鎖。赤い血がこびり付いた、狂気の鎖だ。
「消えなさい! この人殺し専用の魔法【投獄の拷問鎖】で、あなたを死ぬまで縛り続けてやります! これはあなたが悪いのですよ! あなたが来たから、私はこの魔法を使うのですよ!」
神無月の顔から、笑みが消えた。
怒っているんか苦しんでいるのかわからない表情を浮かべて、あたしのことを睨みつける。
「…ちっ、誰に言い訳してるんだよ」
思わず舌打ちをする。
そして、ジーンズのポケットに手を入れて、…そこにあるものを握り締める。
「消えなさい! 私の前から消えて! 消えて消えて消えて消えて!」
禍々しい魔法陣から、無数の鎖が飛び出してくる。
それらは迷うことなく、まっすぐこちらへと向かってきた。
「消えなさいっ!」
…ザシュ。
肉を引きちぎるような音が、部屋中に響いた。
黒い鎖は、まずあたしの首に巻きついた。それは一瞬にして呼吸を停止させて、それでも締め続ける。次は腕と脚だ。明らかにあたしの腕よりも太い鎖が、肉を引き千切らんばかりに巻きついていく。最後に胴体だ。大蛇のような鎖は腹に巻きついて、そこから全身へと絡み付いていく。
息もすることができず、気を抜けば一瞬で意識を失いそうだった。
そんな中、あたしは心の中でひっそりと呟いていた。
…神無月先輩よぉ。
…歯ぁ、食いしばれよ。
視界が霞みそうになっていくなかで、にやりと笑みを浮かべる。
今、お前が捕えているのは手負いの獣だぜ。鎖を引き千切らんとする、血に飢えた獣だ。
「…ふんっ!」
握っていた掌を開く。
はらり、はらりと落ちていく二枚の紙片。
人の形をした術札『式紙』は、床についた時には光の粒となって霧散していた。
…式神を、召喚する!




