表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/358

第15話「いまは亡き『王女』と、元老院」

――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「つまりね、国王が亡くなってから、この国の治安は一気に悪くなったの」


 ゴンドラを漕ぎながら、アーニャため息をつく。


「今は、国王に代わって『元老院』が国を治めているんだけど、年寄りたちは自分の利益にしか興味がないからね。一部の貴族が富を独占して、真面目に働いている人がどんどん貧しくなっているの」


「ふーん、そうなんだ」


 ボクはアーニャの話を聞きながら、オールを漕ぐ彼女の姿を見ていた。


『ゴンドラ』とは、長細い手漕ぎボートだ。

 漕ぎ手は船の後ろに立って、一本のオールだけで船を操作する。


 ヴィクトリアに住んでいる人たちにとって、主な移動手段はこのゴンドラだ。この国は運河の国でもあるので、細かい水路が国中に行き渡っている。そのため歩くよりも、ゴンドラを漕いだほうが簡単に目的地にたどり着けるほどだ。このゴンドラがないと、日常生活に支障が出るほど。


 アーニャの巧みなオールさばきによって、細い水路を縫うように進んでいく。彼女自身は大らかな性格のようなので、その繊細さは意外だった。


「本当は国王には一人娘がいて、その人が後を継ぐ予定だったんだけどね。数年前から行方不明なのよ」


「行方不明?」


「そ。噂じゃ、この国の実権を握るために、『元老院』が王女さまを亡き者にしたんじゃないかって」


「…なんか、物騒な話だね」


「まぁ、王女が一人いたところで、この国が良くなるとは思えないけどね」


 アーニャがオールを漕ぐ手を止める。

 ゴンドラのスピードを落としてから、ゆっくりと左に曲がった。古いレンガの壁に挟まれた水路が、どこまでも続いている。


 ボクたちはカフェを出て、着替えるために一度の部屋に戻っていた。さっきの一件で、どうしてもふりふりのメイド服で出歩く気にはなれなかった。


「…まぁ、この服装ならメイド服よりはマシだよね」


 アーニャの選んだ服から、なるべく普通に見えるものを選んだつもりだ。


 黒の肩だしノースリーブに、黒に赤いチェック模様が入ったプリーツスカート。その上から、黒の外套を身に着けている。

 この服装なら、メイド服のように悪目立ちすることも、変な男に襲われることもない。…と思いたい。


 一応、護身用ということで腰に銀色の銃『ヨルムンガンド』と、スカートの中に暗器銃の『白虎』を隠し持っている。


「ユキ、見えてきたよ。サンマルコ広場だ」


 細い水路をくぐり抜け、大運河の本流に差し掛かる。

 視界は一気に広がって、太陽の光に目を細める。


 目の前に石畳でできた大きな広場が見えてくる。この国で一番大きな広場、サンマルコ広場だ。広場には、先ほどのリアルト橋よりも大勢の人が行き交っていた。この広場は四角い形をしており、入口には時計塔が建てられている。


「ゴンドラを停留所につけるよ。揺れるから、掴まってて」


「うん」


 アーニャは器用にゴンドラを停留所につけると、船番のおじいさんに小銭を数枚ほど渡した。どうやら、ゴンドラの停留料らしい。

 彼女はそのまま広場の方へ歩いて行ってしまうので、ボクは慌てて彼女の後ろ姿を追いかける。


「まったく。ここはいつも辛気臭いわね」


 ふぅ、と不満気にため息をこぼす。アーニャに追いついたボクは、その理由について聞いてみた。


「どうして? こんなに賑わっているのに?」


 ボクがアーニャの言う、辛気臭いの意味が分からず首を捻っていると、アーニャがこっそり耳打ちをしてきた。


「…宮殿の前にいるやつら、見える?」


「宮殿の前?」


 ボクは宮殿のほうを見ていると、青い制服を着た男たちがたむろっていた。昼間から酒を飲んで、周りの迷惑を考えずに大声で騒いでいる。全員、肩から銃をぶら下げている。木製の単発式の銃。マスケット銃だった。


「あの青い制服を着ている人たちのこと?」


「そう。あいつらはこの国の警備隊なの。町中での犯罪を取り締まっていた。…数年前まではね」


「…どういうこと?」


 聞き返しながら、ボクはアーニャのほうを見た。すると、アーニャは男たちから視線をそらしながら俯く。


「…この国の治安が悪くなっているって話をしたでしょ。あれは、国の警備隊も関係しているの。国王が倒れてから警備隊を取りまとめる人がいなくなってね。今じゃあ、何をしても警備隊に賄賂を渡せば、見て見ぬふりをするようになってるわ」


「…そんな」


「それに、あいつら自身も盗みとかしょっちゅうしてるの。他の警備隊が逮捕しても、身内ごとだから、いつもうやむやにされちゃうのよ」


 アーニャはさみしそうに呟くと、猫耳のフードを目元が隠れるほどに深くかぶった。飾りの耳が立って、本当に不機嫌な猫のようだった。


「…昔は、違ったのよ」


 アーニャの声がいつもより弱々しい。顔を見ようとするが、フードをかぶっているせいで、彼女の表情がよく見えない。


「…国王が健在なときは、役人だって貴族だって、悪いことをすれば罰せられたんだから。…『十人委員会』が解散しなければ、『元老院』がここまで力をつけることもなかったのに」


 …え?


 突然、聞き覚えのある単語が出てきて、思わず口をつぐんでしまう。


『十人委員会』

 それは、ボクが《カナル・グランデ》というオンラインゲームで所属していたギルドの名前と同じ。

 十人だけで構成された、最強の戦闘系ギルド。それがボクの知っている『十人委員会』だった。


 …この世界では、違うのか?


 奇妙な疑問を抱きつつ、ボクは彼女の顔を見る。

 だが、何も言えなかった。その時の彼女の顔が、普段からは想像もできないくらい寂しそうだったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ