第33話「隷属魔法【黒薔薇の契り】」
「うふふ。それでは、ユキの一番好きなものはなんですか?」
「…はい、砂糖とミルクはたっぷり入ったカフェラテです。お姉さま」
「では、一番嫌いなものは?」
「…そ、それは、…ピーマンです。あの苦いのが嫌いなんです」
「ふふっ。だったら、私がピーマンの入った手料理を作ったら、どうするのですかか?」
「た、食べます! お姉さまが作ってくれるものに、嫌いなものなんてありません!」
「ふふっ、いい子ね。ユキは」
ダリオ宮の2階。
その一番奥になる部屋に、ユキと神無月有栖の姿があった。 ユキがこの屋敷に着てからというもの、ずっとこうやって他愛ないお喋りを続けていた。
相変わらず、ユキの服装は欲情的な拘束衣装。撫子色に染まりつつある長い髪を揺らしながら、熱っぽい目つきで神無月のことを見つめる。
「あぁ、ユキ。本当に綺麗ね」
「う、嬉しいです。お姉さまにそう言っていただけて」
もじもじと膝を擦りながら、恥ずかしそうに顔を赤くさせる。
ユキの首筋に植え込まれた呪術は、黒茨の刻印となって全身に刻み込まれている。拘束衣装の胸元から覗く白い躯には、穢れを象徴しているように刺青が見え隠れしている。
だが、そんな姿でさえ、神無月には美しいと感じていた。
「うふふ、素直な子は好きよ。ユキはずっと私の傍にいてね」
「はい、もちろんです。私がお姉さまから離れることなんて、考えられません」
力強く力説する少女。
だが、その瞳はどこか虚ろで、意志の光を灯していない。
それでも、神無月有栖は幸せだった。
安心できた。
自分を好きでいていくれる人の存在が、彼女を安寧へと導く。
「ふふふ、可愛い子。心の底から、あなたを愛しているわ」
しかし。
だからこそ。
神無月の胸に、邪悪な想いが芽を開く。
「ねぇ、ユキ。あなたに訊きたいことがあるのだけど?」
「はい。何ですか。お姉さまになら全て話します」
「うふふ。全て、とは?」
「全部です! 嘘偽ることなく、お姉さまに私のことを曝け出したいのです」
想いを告げる乙女のように、胸の辺りで両手を握る。
首に刻まれて、白い肌へと走っている刻印があまりにも淫靡だ。
「ふふふっ、それじゃ話してくれないかしら。あの日のことを」
「あの日とは?」
ユキは虚ろな目で問い返す。
「ふふっ、あの日よ。…2年前、あなたのお姉さんが亡くなった日のことを」
その言葉に。
ユキの肩が、びくりと震えた。
まるで、脅えているようだった。
「…え」
「ふふっ、私には全部を話してくれるのでしょう? さぁ、聞かせてちょうだい」
動揺するユキを見て。
神無月が、にやりと嗜虐的な笑みを浮かべる。
愛しているものを虐げるという、常人には理解できる嗜好。
「どうしたの、ユキ?」
「…お、お姉さま。…それだけは」
「うん? なんでしょう?」
「…それだけは、許してください」
震える肩を抱きながら、少女は深く頭を垂れる。
「…お願いです。…他のことなら、なんでも話しますから。…あの日のことは訊かないでください」
「ふふっ」
テーブルに額をつけるように頭を下げているユキを見て、神無月は更に歪んだ笑みを深める。
…あぁ、美しいわ。
…この苦悩に満たされた顔が、人の美しさを浮き上がらせるの。
…もっと。
…もっと、見せて。
「うふふ、あはは」
神無月の笑みは揺るがない。
あなたは壊れてしまったら、どんな顔をするのかしら?
心に宿る、歪んだ愛。
愛しているが故に、その人を壊したい。
「…どうか、お姉さま」
ユキが懇願する姿を見て、神無月は端的に言い放つ。
「ダメよ。あなたは全部、話さなくてはいけないの」
その言葉に、ユキの顔が絶望に染まる。
顔色は青白くなり、動揺しているのか浅い呼吸を繰り返す。
「ふふっ、『命令』よ」
神無月が微笑みながら、その言葉を言い放つ。
「っ!」
その瞬間、ユキの体がビクンと波打った。
首筋に埋め込まれた呪術。そこから芽を出し、身体中を這いずり回っている黒い茨の刺青が。
…ズリュズリュと、蠢きだしたのだ。
「あっ! あうっ!」
甲高い声を上げる少女。
まるで喘ぎ声のような嬌声を上げて、羞恥に顔を真っ赤にさせる。
「うふふ、気持ちいいでしょう? あなたは虐められて感じちゃう子だものね」
「や、やめて! お姉さま!」
頬を上気させて、瞳を涙で潤ませる。
そんな媚びた様な視線を浴びて、神無月は満足そうに『命令』を取り下げた。
「ふふっ。いい顔ね、ユキ」
「…はぁはぁはぁ」
「さぁ。先ほどの問いに答えてくれるかしら?」
「…はい、…お姉さま」
ユキの心は、完全に折られてしまっていた。
黒茨の刺青を刻まれた躯を抱きながら、少女は消えそうな声で答える。
隷属魔法【黒薔薇の契り】
主従関係が成立しているこの2人には、『主』と『隷』という力関係が根底に存在していた。『主』である神無月の『命令』に、『隷』であるユキは応えなくてはいけないのだから―




