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第22話「…7人目を迎えに行ってくる」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「…ふぁあ」


 朝が来た。

 カーテン越しに太陽を見つめながら、同じベッドに寝ているアーニャとコトリの寝息が聞こえてくる。


「…うーん、体が重い?」


 肩を回しながら、体の倦怠感に眉をひそめる。

 寝ても寝ても、体の疲れが取れない。

 おかげで、最近は夜になるとすぐに寝付いてしまうのだ。


「…はぁ。…たまには朝食でも作ろうかな」


 そう言って、クイーンサイズのベッドから降りる。

 寝不足なのか、頭がボーッとする。


「ダメだ、ダメだ。気合を入れないと。こんなんじゃ、アーニャとミクに笑われちゃうよ」


 クローゼットから出そうとしたワンピースを戻して、紺のズボンとワイシャツを取り出す。ついでに、ゴツいバンクルでしっかりと気合を入れよう。


 着替えて、朝食ができる頃には、

 同居人が目を覚ましてきた。


「おはよー。…あれ、今日はズボンなんだね?」


「う、うん。ちょっと色々あってね」


 ボクはざわめく胸のうちを隠しにしながら、朝食のサンドイッチを頬張るアーニャに答えた。


「ははーん。さては…」


「な、なに?」


 にんまりと笑うアーニャを見て、背筋が薄ら寒くなる。両手をお腹に置いて、内股をもじもじとさせてしまう。


「…ユキ。男装に目覚めたのね!」


「…ボクは元々、男だよ」


 アーニャの見当違いの問いに、思わず肩を落とす。

 紺のスラックスに、白のワイシャツ。長い髪は1つに束ねて背中に流している。随分とシンプルな格好だと自分でも思う。


「でも、似合ってるからいいかな。男装の麗人を嫁にするのも、なんか萌えるし!」


「…男装していても、『婿むこ』じゃなくて『よめ』なんだね」


「もちろん。あ、結婚式にはウェディングドレスを着てもらうよ! 私が白のタキシードを着て、バージンロードの花嫁ユキの手を取るの! そして、優しくヴェールを上げて誓いのキスを…。あぁ、なんてロマンチックなの!」


「…男装の麗人はどこにいった?」


 ボクは頭を抱えながら、朝食の片づけを始める。

 ミクが早朝から出かけてるせいで、アーニャの妄想を止める人がいないのだ。


「それじゃ、ボクも先に出るから」


「え! ちょっと待って! 私もすぐに出るから!」


「出るって、…まだパジャマじゃない?」


「大丈夫! 40秒で支度するから!」


 そう言って、朝食を口いっぱいに詰め込みながら、パジャマを脱ぎ散らかしていく。可愛い猫のパンツ姿になって、ドタバタと部屋中を駆け回る。


「さんじゅ~し。さんじゅ~ご。あと、5秒~」


「え~ん。ユキのいけず!」


 いつものネコ耳パーカーに袖を通しながら、可愛らしいお尻をふりふりしている。うん、眼福。眼福。


「そういえば、ユキ。昨日の夜、変な寝言を言ってたよ」


「え?」


 お尻の猫さんに気を取られてたボクは、その言葉に激しく動揺してしまう。


「あ、あぁ、そうなんだ」


「うん。なんか、すごく艶かしい声だったけど、どんな夢を見てたの?」


「さ、さぁ。お、覚えてないよ。あは、あはは―」


 笑って誤魔化す。

 既に40秒は経っていたが、アーニャの言葉が気になってそれどころではない。


「…他に、何か言ってた?」


「えーとね。私も眠かったらから、よく覚えていないけど。…人の名前を呼んでいたような」


「ふ、ふーん」


 気のないフリをしながら、アーニャの言葉に耳を傾ける。


「あっ、そういえば!」


「な、なに?」


「あの先輩の名前を呼んでたよ。何て言ったっけ? …カンナ、…カンナヅ」


「もしかして、神無月先輩のこと?」


「そう、それ!」


 着替え終わったアーニャが、ビシッ指差す。


「なんかね。すんごい色っぽい感じだったよ。…『いやっ、ダメ』、とか、『お姉さま~』とか。…ナニしてたの?」


 そこまで言って、アーニャの視線がジド目に変わる。

 問い詰めるような目つきで、じわりじわりと忍び寄ってくる。


「もしかして、…浮気?」


「は?」


「浮気なの?」


「…なに言っているの?」


 半ば呆れながら見返すが、アーニャの憤怒は燃え続ける。


「キィーーッ、妬ましい! 夢の中で、ユキに言い寄ってくるなんて!」


「…ちょっと~」


「先輩だからって無防備なユキに、あんなことや、こんなことをして。しまいには、あ~んなことまでするなんて。…なんて、なんて。…ぐふっ、ぐへへへ」


 次第にアーニャの表情から、ゲスな笑みが浮き出てくる。


「ぐふっ。いいな、いいな、お嬢様プレイ」


「…お~い」


「ぐふふ。さぁ、力を抜いてごらんなさい。お姉さまがゆっくりと高みに登らせてあげるわ~」


 …ダメだ。

 …腐ってやがる。


 ボクは溢れんばかりの呆れを視線に載せる。

 それでもアーニャは妄想にトリップしたままなので、諦めて出勤の準備をする。トートバックに財布や家の鍵、そして魔導石駆動の小型通信機(ボクたちはケータイと呼んでいる)を詰め込んでいく。最後に鏡を見て、自分の身なりを確認する。


 その時だ。


「…ん?」


 それは小さな違和感だった。

 首筋に、何か染みのような黒いギザギザ模様がついていた。

 ボクは鏡を覗き込み、その黒い染みをじっくりと観察する。


「…なんだろう、これ」


 何かの紋様にも見える。

 例えるなら、黒い茨。

 どこか危ない色香を放つ、漆黒の薔薇。

 まだ色が薄いため目立たないが、それは明らかに人為的なものだった。


「…この紋様。…どこかで見たような」


 不気味に思いながらも、その柄に既視感を覚える。

 ボクは人差し指を唇に当てて考える。


 …黒い茨。

 …夢。

 …神無月先輩。


「…そうか」


 ボクは黙って考える。

 そして、ようやく正気を取り戻したアーニャに向かって口を開いた。


「…アーニャ。ボクは今日、仕事を休むよ」


「え? いいけど、鋼鉄大臣ハーメルンに怒られない?」


「じゃあ、ジンたちにこう伝えておいて」


 ボクは目を細めて、鏡に映った黒い茨を見つめる。

 これはたぶん、…彼女からのサインだ。


「…7人目を迎えに行ってくる」


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― 新着の感想 ―
[一言] 迎えに行くというより捕まりに行くような
[一言] 40秒弱で準備したアーニャ姫さん、ノーブラでお出かけ。
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