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第20話「変えられていく、心と身体(前編)」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「今日の体育がプールでよかったよねぇ~」


「ホントホント。こんな暑いのに、外で動きたくないよね」


「聞いた? 男子って、今日はマラソンらしいよ」


「うわぁ~、お気の毒って感じ」


「私達は水泳でよかったね、御影さん?」


「…え?」


 唐突に問われて、『私』は返事に窮する。

 慌てて辺りを見渡す。

 昇った太陽。

 強すぎる日差し。


 プールの水面には太陽の光が反射して、キラキラと輝く。

 そうだ。今日は体育が水泳になったんだ。男子は外のグラウンドでマラソンに、女子はプールで水泳に―


「…なったの、かな?」


「御影さん?」


「あ、うん。そうだね。こんなに暑いのにマラソンなんて、男子は大変だね」


 私は愛想笑いを浮かべて、クラスメイトの問いに答える。

 水泳の授業といっても、ほとんど水遊びのようだった。皆、紺のスクール水着を身に着けて、楽しそうに笑いながら水を掛け合っている。中には、プールの中に入らず、日陰から見学している子もいる。数は半々といったところ。そういう私も、水着が濡れていないことから、まだプールには入っていない様子だった。


「ほら、御影さんも。プールに入ろうよ」


「う、うん…」


 そういいながらも、二の足が出ない。

 スクール水着の肩紐を弄りながら、水の中に入るのを躊躇してしまう。


 …おかしいよね。

 …なんか、水着に着慣れていない気がする。

 …学校指定のものなんだし、いつもの授業で着ているはずなのに。


「…」


 改めて、自分の姿を見下ろす。

 普段と変わりない紺のスクール水着。

 肩紐も紺色という、少し古い形状。紺の布地が吸い付くように、胸、お尻、お腹を包み込む。まるで地肌と一体になっているようで、触れただけで鳥肌が立ってしまう。


 服を着ている、という感覚はない。腰からお尻のラインがはっきりと出てしまい、胸の双房にもわずかな隙間もない。


 それにサイズが少し小さいのか、ちょっとだけ窮屈に感じる。お尻の隙間から指を入れて、水着を直しても、すぐにお尻がはみ出しそうになる。


「御影さん?」


「ひゃう!?」


 背中を撫でられて、思わず声が出てしまった。

 ぞくり、と妖しい感覚が走り抜ける。


 …おかしい。

 …こんなにも敏感になっているなんて。


「大丈夫、御影さん?」


「う、うん。なんでもないよ」


 動揺している胸の内を隠しながら、クラスメイトの子に笑いかける。

 最近の自分は、どこかおかしい気がする。

 まるで、夢の中にいるような。そんな気分になる。


「…」


 私は用心深く、辺りを観察する。

 だが、妙なところなどまるでない。



 いつも通りの授業風景だ――



「あ~、御影さん。また、ぼーとしてる」


「ほらほら。皆と一緒に遊ぼうよ」


 …まただ。

 …何か違和感を感じ始めると、必ずクラスの子が話しかけてくる。

 …まるで、それ以上を考えさせないようにしているかのように。


「でも、しょうがないか。あの方と恋人になったんだもんね。恋の病も当然かぁ」


 …え?


「あ~あ。羨ましいなぁ。あの方とずっと傍にいられるなんて」


「でも、御影さんなら納得だよね」


「そうだね。御影さんの可愛さに、あの方もきっと気に入られたのよ」


 …なんて、言った?

 …私に恋人?

 …誰が?


「いいな~。私にも御影さんみたいな出会いが―」


「ちょ、ちょっと待って!」


 私は堪えきれず少しだけ大きな声を出してしまう。


「恋人!? 私に!? 悪いけど、全然話が見えないんだけど?」


 その言葉に、クラスメイトの子は互いに顔を見つめあう。

 だけどすぐに、その表情を緩ませた。


「またまた~。昨日だって、あの方と一緒に下校していたじゃない」


「そうそう。これ見よがしに手なんか繋いじゃってさ」


「きゃ~。私もあの方と手を繋ぎたいよ~」


「えっ!?」


 たまらず私はクラスメイトの子に問いかける。

 すると、彼女達はクスリと笑いながら、さも当然のように答えた。


「誰って、そんなの決まってるじゃない」


「麗しい乙女。学園の華」


「この学校で一番美しいと言われている」


「『神無月かんなづき有栖ありす』様よ」


 …ぐらっ。

 神無月有栖。

 その名前を聞いた瞬間、足元が急に揺らぎ始めた。


「…え」


 眩暈のする頭を支えながら、なんとかその場に立っている。


 瞬間。

 すさまじい勢いで、過去の映像が頭に流れ込んできた。

 フラッシュバック。自分の過去が走馬灯のように駆け巡る。


 その映像に必ずいる1人の女性。

 撫子色の髪を持つ、優雅な女生徒。

 優しく微笑みながら、いつも校門で待っていてくれた。

 …待っていて、くれた?


「っ!」


 …おかしい!

 …こんな過去、私は知らない!


「っう!」


 激しくなる頭痛。

 抗えば抗うほど、頭がガンガン鳴り響き、吐き気までこみ上げてくる。


 まるで、何かに侵食されているようだ。

 飲み込まれてしまえと、次から次へと見知らぬ映像が頭を過ぎる。

 これが自分の過去であると、無理やりにでも認めさせるように。


 変えられていく。

 私の過去が、記憶が、心が。

 何か別のものへと、変えられてしまう。


 …自分を見失うな。


 誰の言葉だったかわからないが、それを道しるべに自我を保ち続ける。


「んあっ!」


 霞む視界にクラスメイトが写る。

 こんなにも自分が苦しんでいるのに、誰も手を出そうとしない。

 さきほどまでも同じように、薄い微笑を保っている。


 そのクラスメイトの微笑みが、背筋が凍りつくほど不気味だった―


 

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[一言] きたきたきたきたあああ
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