第19話「銃職人の言葉」
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ズドンッ!
ズドンッ!
悪魔の咆哮のような銃声が響き渡る。
その度に、少女の軽い体が後ろへと吹き飛ばされそうになる。
「…ラスト」
ガゴン、と極大口径の銃弾を装填し、鎖閂式のストックレバーを押し込む。
銃本体に取り付けられた狙撃スコープを覗き込み、遠くの水面に浮かぶ標的を狙う。
浮きに描かれた丸い円。その中にある、点のような染みを睨みつける。
巨大な対戦車ライフル。
銃本体は銃座に固定し、うつ伏せにならないと撃てないほど、この銃は巨大だ。
『魔銃・ヘル』
1ヶ月ほど前、海龍王リヴァイアサンの討伐に活躍した愛銃である。
この『ヘル』の魔弾、『穿つ閃光の曳弾』は空に線を描くように、銃弾の軌道が反れないという能力を有している。
『ヘル』だけではない。同じ魔銃である『ヨルムンガンド』、『フェンリル』も人知を超えた特別な力を秘めていた。
だが、それ故に。代わりが効かない。
「…」
意識を集中させて、引き金を引く。
ズドンッ、と轟音が鳴り、体が吹き飛ばされそうになる。
その直後、水面に浮いていた的が木っ端微塵となった。
「…ちっ、イマイチ」
ため息をつきながら、『ヘル』の引き金から手を放す。
水面を揺れる標的には当たったが、本当に狙っていた黒い染みにはカスリもしない。
ボクは黙って後ろを振り向いた。
「…」
そこにいたのは、老いた職人だった。
小柄な体に、曲がった腰。
だけど、眼差しだけは異様に鋭い。
よく見ると、足腰はしっかりしており、節ばった両手は熟年の職人を彷彿とさせる。
…この国で一番腕の立つ、銃職人だった。
「ダメですね。まだ、誤差が残っています。500メートル先で、数ミリほど左に寄ってしまいます」
「…」
ボクは感想を述べるが、老職人は黙ったまま頷きもしない。
じっと、鷹のような鋭い眼差しで『ヘル』を睨みつける。
「ふぅ」
ボクはため息をつくと、建物の影へと移動する。
そして、無言の職人を黙って見つめるのだった。
「…」
1ヶ月前の戦闘で、『魔銃・ヘル』を痛めてしまった。
リヴァイアサンへの最後の銃撃のあと、ボクは時計台から落ちながら気を失ってしまった。ボク自身はミクが助けてくれたけど、『ヘル』は石畳に叩きつけられて、バラバラになってしまった。
そこで、修理に依頼したのが、この国で一番の銃職人であった。
名前は知らない。
聞いたけど答えてくれなかった。
どうやら彼は、自分の存在は名前にはなく、仕事の結果だけで証明するものだと考えているらしい。
生粋の職人。
己の生きる道。
揺るがない強い信念。
正直、…圧倒された。
小柄な老人が働くその後ろ姿に、言葉も出なかった。
以来、ボクの中では『職人』、コルト・ガバメントと呼ぶことにした。
「…」
職人コルトは煙草の白煙を揺らしながら、じっと『ヘル』見つめている。
声をかけることもできない真剣な眼差し。
きっと頭の中では、思考が高速に回転しているのだろう。
「…」
そんな彼だからこそ、ボクは嘘をつけない。
感じたことを包み隠さず話して、あとは職人に全てを委ねる。
銃を預けるということは、命を預けること。
ボクは静かに、職人が答えを出すのを待っている。
「まだ、調整には時間がかかりそうですね」
「…」
「まぁ、人外の者が作ったと言われる曰く憑きの銃です。修理や調整には困難を極めるでしょうが、全て職人にお任せします。よろしくお願いします」
「…」
無言のまま、わずがに首を縦に振る。
「それじゃ、また来ますね」
「…ふん」
ゴトッ、と職人コルトが無造作にカウンターに手をつけた。
何かと目を向けると、そこには一丁の銃が置かれていた。
深い青色に包まれた、大型の拳銃。
「うわっ、『青龍』!? もうメンテナンスが終わったんですか?」
ボクは驚いて、その銃を手に取った。
『炸裂銃・青龍』
その名の通り、炸裂弾専用の銃である。
込められる銃弾は一発だけ。
中折れ式と呼ばれるもので、リロードのためには銃本体を中ほどから折って、開放しなくてはいけない。『暗器銃・白虎』の兄弟銃にあたるものだ。
カチャ…
両手で握って、感覚を確かめる。
掌に吸い付くような感じに驚きを隠せない。
「…さすが、ですね」
ボクがぽつりと呟くと、職人コルトもわずかに唇を上げる。
メンテナンス代の銀貨を支払って、店を後にしようとする。
その時だった。
「…お前さん、何かあったのかい?」
驚いて、店内へと振り返る。
職人が問いかけるような目つきで、こちらを見ていた。仕事以外で声をかけられるなんて初めてかもしれない。
「ど、どうしてですか?」
面食らいながらも、ボクは返事をする。
すると、職人は壁にかけてある旧式のマスケット銃を見て、ぽつりと呟いた。
「…自分を見失うな、若人。精一杯生きるのに何が大切なのか、それはソイツにしかわからん。他人に理解を求めても、仕方ねぇってことよ」
「は、はぁ」
「だからよ。今のお前さんみたいに、フラフラしている奴を見てられねぇんだ。まして、他人から何か言われた程度で揺らぐなんざぁ、頑張ってたときの自分に申し訳が立たねぇよ。わかるか?」
「…よく、わかりません」
「それでいい。わからなくていいんだ。だけど、忘れんな。赤の他人が何を言ったところで、テメェの生き方が正しいってことは変わらねぇ。絶対だ」
それだけ言うと、職人コルトは奥の作業部屋に篭ってしまった。カウンターに置かれた銀貨には目もくれず。
「…」
ボクは職人の言っていたことを思い返しながら、カウンターの銀貨をレジに入れる。
…自分を見失うな?
…ボクが、…自分を見失っている?




