第7話「私は今、この世界で生きている。」
「さすがに、ここからの景色は絶景だね~」
ヴィクトリアの中心を流れる、『S』字上の大運河。私が座っているリアルト橋の欄干から、その雄大さが一望できる。多くの舟や商業船が通るこのメインストリートも、『アクア・アルタ』の影響かほとんど人気が見られない。きっと、全てのお店が閉まっているので、アーニャのように家の中でのんびり過ごしているのだろう。
それでも、たまに舟の往来を見ることができ、欄干から手を振ったりしている。高潮で水位を増した大運河も、いつもと変わらず雄大だ。
「ん? あの舟って…」
ふと、見覚えのある舟が目に付いた。黒く塗りつぶした船体に、2人の人物が乗っている。オールを操作しているのは、銀色の鬣を持つ人狼族。そして、船の先でぼー、としているのが狐の耳と尻尾を持つ小さな妖弧。
ジンとコトリだ。
「おーい、ジン。コトリ」
私が手を振ると、ジンが笑みを浮かべて答える。
そのまま大運河に降りた。水面を蹴って、ジンの舟へと近づく。
「…【アクアドライブ】か。便利なスキルだな」
「あれ? ジンは使えないんだっけ?」
「ドライブ系統のスキルは、習得できる職業に限りがあるんだよ。『魔法銃士』と『魔法剣士』。あとは、『トリックスター』くらいさ」
「そうだっけ? 自分で使っているとわからないもんだね」
そう言いながら、ジンの舟にお邪魔させてもらう。船体には、野菜や果物などいろんな食材 がびっしりと詰まれている。
「…ジンは買出し?」
「まぁな。予定外の食い扶持が増えてな」
くいっ、とジンが顎をしゃくる。その先にいるのはコトリ。眠いのか、うつらうつらと小さな体を左右に揺らしている。
先月くらいから、ジンとコトリは一緒に暮らしている。同棲だ。コトリがジンのことを気にしているのは丸わかりだし、ジンのほうも別段に迷惑そうには見えない。
ぶっちゃけ、お似合いの2人だ。
「だけど、さすがに大変だったぜ。どこの店も完全に閉まってやがる」
「あー、そうみたいだね」
そう言いながら、自分の冷蔵後の中を思い出す。昨日、アーニャが買い物に行ったのは、そんな理由があったのか。
「はぁー。おかげで野菜は手に入ったんだが、肉がねぇ。しばらくは菜食主義者でも気取ろうかね」
ジンがわかりやすくため息をつく。
「大変だね。なんだったら、お裾分けしようか?」
「マジで!?」
驚いたように目を丸くさせる。
「うん。アーニャやミクも肉食だけど、まだまだ余裕があったし。これから寄ってく?」
「おお、助かるぜ! だとよ、コトリ。これからユキのとこに行くぞ」
「…うん」
コトリはそう答えて、再び眠そうに揺れだす。
「じゃあ、時間もいいとこだし。これからウチでお昼ご飯にしようっか。ジン、よろしくね」
「おうよ。まかせな」
そう言って、ジンが思いっきりオールを漕ぎ出した。
静かな空気。
優しい時間の流れ。
心は軽く、些細なことでも特別に思えてくる。
私は今、この世界で生きている。
――◇――◇――◇――◇――◇――◇――
『アクア・アルタ』
このヴィクトリア全ての人が休む静かな時。
だが、そんな時でも。
暗躍する輩は存在した。
「…くそっ、忌々しい」
「…なぜ我々が、こんな仕打ちを受けないといけないのだ」
「…全て、奴らが現れたせいだ」
「…おのれ、『十人委員会』供めが」
薄暗い部屋。
真昼なのにカーテンを締め切り、部屋の中には光と呼べるものが1つもなかった。相手の顔も見えない中、苛立った声だけが飛び交う。…これまでに散々な悪事を働いてきた、元老院の人間だった―




