第3話「ユキと、ミクと、アーニャの夏の日常」
その合流していないメンバーはというと―
『No.5』の神無月 有栖先輩。ギルド内で唯一の回復役で、職業は基本職種である『神官』だ。物腰の温厚な大和撫子といった人だ。
『No.9』の碓氷涼太。上級職の『高位魔術師』で後方支援を担っている。人と接するのが嫌いなのか、基本的に人の輪に入ろうとしない。ずっと黙りこんで、離れた場所に1人いることが多い。正直、ボクは苦手な人である、
『No.10』の岩崎 開司。メンバー内で唯一の一年生である。職業は上位職の『トリックスター』。運任せのスキルが多いギャンブル性の高い職業である。
「まぁ、とりあえず。1人で背負い込むようなことはしないでよ。ユキには、あたしたちがついているんだし」
「…ミク」
目の前に座っている彼女を見て、ボクは薄く笑みを浮かべた。
「…そうだね。皆が集まれば何とかなるよね」
「そうそう。今日は休みなんだし、ネガティブになってたらもったいなよ」
「あはは、その通りだ。…でもね」
ボクは言い終わらないうちに、力なくベッドに突っ伏した。
「やっぱ、あついよ~」
「…まぁ、夏だしね」
ミクが忌々しそうに窓の外を見る。
レンガ造りのアパート。その3階から見える景色は、あまり良くない。まるで迷路のように建物が連なっている『ヴィクトリア』では、外の景色が家の壁か、細い路地であることは珍しくない。
だが、それ故に。
風通しが抜群にいい。海から吹く風が、路地や建物を縫ってどこまでも吹き抜ける。初夏にいたっては、その涼風だけで過ごせたほどだ。…だけど。
「まさか、こんなに暑くなるなんて思ってなかったよ」
「もぉ、むり~。暑くて死んじゃうぅ~」
バタバタとベッドの上でもがいてみても、無駄に暑くなるだけ。最近、買いなおしたクイーンサイズのベッド。先月、ミクと仲直りした際に、もう1人の同居人が買ってきたものだ。今では毎晩、このベッドに女の子3人、仲良く一緒に寝ている。
「夜も寝苦しいし、もうちょっと涼しくなってくれないかな~」
「…まぁ、寝苦しいのは別の理由もあるけどね」
「…そだね」
そう言って、お互いに頬を染める。
微妙に気まずい空気が流れ出す。
その時だった。
「ただいまーっ!」
バタン、と勢いよく玄関が開き、元気のいい声が部屋に響き渡った。
「ユキーっ! ミクーっ! アーニャ・ヴィクトリア、ただいま帰還しましたーっ!」
少女の軽快な足音が、トタトタと近づいてくる。
「…なんであいつは、あんなに元気なのかね?」
「…さぁ。…アーニャだからじゃない?」
ボクたちはか細い会話は、1人の少女の帰宅によって打ち切られた。
「あーっ! 2人とも、またダラダラしてるーっ! 私が1人で買出しに行ってたのにーっ!」
「…おかえり、アーニャ。買い物ありがとうね」
気だるい体を起こしながら、今入ってきた少女へと視線を向ける。
蜂蜜色の髪。
同じ金色の瞳が、太陽にキラキラと輝いている。
半袖に短パン。その上に薄手の上着を羽織っている。ネコ耳のついたフードは彼女のお気に入りである。
彼女の名前は、アリーシア・ヴィクトリア。
この国の王女様であり、次の女王が決まっている女の子。ボクたちは親しみを込めて、アーニャと呼んでいる。
「ほらほら、2人とも。アイスクリームを買ってきたんだから、そんなダラけてないでよ」
「あー、はいはい。ありがとうね、アーニャ」
そう言ってミクは、アーニャに向けて力なく手を振る。
このまえの喧嘩から、ミクとアーニャの仲も良くなっていた。軽口を叩くのはいつものことだけど、ちゃんと名前を呼んでいる辺りが著明な進歩だ。
「それにしても、暑いね~。この国は、いつもこれくらいなの?」
「んー、暑いのは毎年のことだけど。今年は特に暑いかな。ユキの世界じゃ、夏はなかったの?」
「いや、あったけど。…こんなに暑くなかったような気がする」
ボクが答えると、ミクが呆れたように頭をかく。
「そりゃ、ユキがインドア派だからでしょ。扇風機やクーラーのついた部屋で、のんびりしてるから暑さにやられちゃうのよ」
ミクの言葉に、ボクはぐぅの音を出ない。
陸上部であった彼女は、常に太陽の下で健康的な生活を送っていたに違いない。走ることができない部長であったが、影でこっそり休んでいるような軟弱者ではない。
「まぁまぁ。夏は暑いものだから、しょうがないよね」
そう言いながら、アーニャは買ってきた食材やアイスクリームを冷蔵庫へとしまっていく。魔法石駆動の冷蔵庫は、この猛暑では重宝している。
「それに、あと数日もしたら過ごしやすくなるから。心配しないで」
「え? どういうこと?」
アーニャの言っている意味がわからなくて聞き返す。
「えーとね。なんて言えばいいかな?」
腕を組んで考え込む。
だけど、すぐに諦めたように強く頷いた。
「うん。どう説明したらいいかわからない! とにかく、あと数日で涼しくなるから待ってて」
アーニャが満面の笑みで答える。
「ははは。期待しないで待ってるよ」
力なく返事をして、そのままベッドに倒れこむ。
この数日後。
アーニャの言うとおり、ヴィクトリアの状態が一変していた―




