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第36話「盾を持たない守護騎士(シールドレス・ガーディアン)」


「…嘘でしょ」


 迫り来る大海嘯に、私は言葉を失くした。

 時計塔をも越える高さの高波は、文字通り国を沈める威力であろう。


「…やめて」


 力なく呟く。

 地面に膝をつき、両手をだらんと垂れ下がる。

 そして、見開いた目で、自分の惨めさを噛み締める。


 …結局。

 …何もできなかった。

 …やっぱり、私なんかが頑張ったところで。

 …何もできないんだ。


 大海嘯が街を襲い、全てを海に沈める。

 その光景を、黙って見ているしかないのか。


「…やめて、やめて」


 恐怖で身体中が震えだす。

 …やめて。

 …ここには大切な人がいるの。

 …だから、お願い。

 …これ以上、近づかないで。


 高波が目の前にまで迫ってくる。

 もう、どこにも。

 逃げ場はない。


「やめてぇーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 私は叫んでいた。

 みっともなく、子供のように叫んだ。

 だが、無常にも大海嘯が止まることはない。

 港の船を飲み込んで、停泊したあるゴンドラを粉々に砕いていく。


 そして、ヴィクトリアを飲み込もうとした…

 その瞬間…


 パァァン!


 荒れ狂う高波が、見えない壁によって弾き返された。

 ヴィクトリア島の全域を、淡い水色のカーテンで覆われていた。




「やれやれ。何ですか、これは…」


 不機嫌そうに呟く声が、サンマルコ広場の港から聞こえた。

 既に、そこには人影はない。高波の出現と同時に、誰もが避難していた。


 ただ1人。


 木に括りつけられた、上半身裸の男を除いて。


「源次郎の口ぶりから、もっと酷い目にあうのだと覚悟をしていたのに。クラーケンの触手の餌食になるとか、そんなことを考えていた僕が馬鹿みたいじゃないですか」


 弾かれ、消えていく高波。

 ヴィクトリアの本島全体を飲み込まんとしていた大海嘯は、すでに消滅していた。

 まるで何事もなかったかのような穏やかな海を睨みながら、誠士郎はまったく濡れていない眼鏡をなおす。両手を縛られているため、動かせるのは鼻と口だけだが。


「リヴァイアサンの大海嘯ですか。まったく。この程度の攻撃が海龍王の逆鱗とは。…ふっ、笑わせる」


 十人委員会の『No.8』、小泉誠士郎。


 その職業は『守護騎士』。

 守護騎士は最上級職に数えられる前衛職だ。その最大の特性は、『守る』ことにある。強固な大盾と防御用のスキルを駆使して、パーティの前線を支える壁役タンクだ。普通のパーティでは2、3人の壁役が敵の攻撃を引き受けるのだが、十人委員会の壁役タンクは誠士郎だけである。そして、守護騎士には必須装備とされる『盾』を装備しない。


 盾のないシールドレス守護者ガーディアン

 誠士郎は世にも珍しい、盾を持たない守護騎士であった。


 その真髄は、盾を使わない壁役タンクである。

 長年の継承システムによって習得した、数多の防御スキル。超広範囲を守護する伝説級のスキル。もはや、誠士郎にとって『盾』とは装備するものではなくなっていた。己の存在、そのものが『盾』となってた。


 ヴィクトリア本島を包む、淡い蒼色のカーテン。


『ウンディーネの抱擁』

 それは水属性の無効化という概念の集積。

 効果範囲はフィールドに展開されるものであり、現時点で誠士郎が行っているように国全域を守護することも可能な、伝説級のスキルだ。


「ふんっ、こんな下らない水遊びには興味ありません。気が済むまで攻撃してくるといいでしょう。その程度の攻撃など、この小泉征四郎が真正面から受け止めて差し上げます」


 眼鏡を光らせながら、誠士郎は陰湿な笑みを浮かべる。


「ただし、気をつけてください。十人委員会の中でも、彼は…。いや彼女は、僕のように優しくありませんから」


 ちらり、と時計塔のほうを見上げる。

 そこで戦っている、一人の少女に期待するように。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 変な格好してるのに眼鏡先輩がカッコいい まあ固定してなかったら逃げてたろうけど
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