第10話「ふりふりのメイド服で、お散歩しよう」
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オンラインゲームの《カナル・グランデ》には、ひとつの国しか存在しない。
それが『海洋国家ヴィクトリア』。
海の中にある国だ。
遠浅の干潟に大きな杭を一本一本打ち込んで、その上に地面を作ったという。そのため、ヴィクトリアには土の地面がない。最初に敷き詰めた石畳が、今もこの国を支えている。
島の大きさは、半日あれば一周できるほど。それほど大きくない土地にレンガ造りの建物が並んでいる。
「ほらっ、ユキ。そんなところに隠れてないで」
「や、やだよ。こんな格好。その、…恥ずかしいし」
「もうっ。まだ言っているの? よく似合ってるよ、ユキ」
「うぅ。なんでこんな…」
ボクは細い通路に身を潜めたまま、大通りに出られなくなっていた。原因は、ボクの服装にある。
「…なんで、こんな格好をしなくちゃいけないんだよぉ」
ボクは内股でもじもじしながら自分の姿を見下ろした。
ひらひらと短い黒のスカート。
黒のニーソックスに、そこから太ももに伸びるガーターベルト。フリルのついた白のエプロンドレスに、胸元の可愛らしいリボン。
そして頭には、これまたフリルのあしらったヘッドドレスが乗っかっている。
…どこからどう見ても、美少女メイドにしか見えなかった。
「…す、スカートもこんなに短いし、…何か足元が頼りないよ」
少しでも前かがみになると、スカートの中が見えちゃいそうだ。そう思っただけで、頬の辺りが熱くなる。お尻に手を当てて、少しでも見えないよう努力をしてみるが、無駄なことだった。
太ももの辺りにはフリルのついたベルトをしていて、小型の銃をスカートの中に隠している。『白虎』という手のひらサイズの2連発式の銃で、ゲームでプレイしていたときは暗器としてカテゴリーされていた。
暗器の類は武器としてではなくアクセサリーとして装備できるため、街中にある戦闘行為が可能なエリアにいくときなどは重宝した。実際、キナ臭い場所に行く時は、アクセサリーに『白虎』か、それに似た暗器を装備していた。
その『白虎』を持たせたのは、アーニャの意見だった。最近は治安も悪いため、護身用の武器を持っている必要があるそうだ。
「もうっ。まだ気にしているの?」
大通りにいたアーニャが呆れたようにボクのことを見る。
「…うぅ。だって」
「可愛い顔して泣いたってダメ。今日はこの国を一回りするまで、帰してあげないんだから」
「だからって、なんでメイド服なんだよぉ」
「なんでって。ユキが選んだんじゃない」
何を言っているの、という目でアーニャが見てくる。
「そ、それは、アーニャが選んだ服の中で、これが一番まともだったんだよ!」
恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。
今日の昼過ぎ。出かける準備をしていた時に、アーニャがボクの家のクローゼットをひっきりなしに開けていた。何をしているのか聞いていみると、なんとボクの着る服をえらんでいるのだという。
このときのボクは、期待よりも不安しかなかった。
目の前で楽しそうに笑っている、この女の子大好きな百合姫が、まともな服をもってくるわけがない。その予想は的中してしまった。
「はーい、ユキ。この中から選んで」
アーニャがベッドの上に洋服を一列に並べるので、ボクは言葉を失った。
セーラー服。スクール水着。体操服。真っ赤なチャイナドレス。アイドルのステージ衣装。スクール水着(白)。大事なところがほとんど隠せていないマイクロビキニ。もはや服ですらない包装用のビニールテープ。などなど。
…眩暈がした。
「ユキって変わった洋服をいっぱい持っているのね。どこで手に入れたの?」
そんなことまで言われて、ボクは頭を抱え込んでしまう。どれも高難易度のクエストで手に入る希少なアイテムだった。
結局、アーニャが選んだ服の中で、最もまともであったメイド服を選ぶことにした。自分で選ぶといっても聞いてくれないし、また引きこもろうものならアーニャがどんな暴挙に出るかわからない。
「大丈夫だよ。この国にメイドはたくさんいるし、誰も気にしないよ」
アーニャが自信満々で言うので、ボクはほんのちょっとだけ信じることにした。
それもまた、間違いだった。
「…もう。誰が気にしないだよ。皆、ボクのことをじっくりと見てるじゃないか」
細い路地から大通りのほうを見る。
ほとんどの人がボクに気づかず通り過ぎていけど、たまに目が合うと立ち止まってじっとボクのことを見てきた。そしてしばらくすると、思い出したかのように歩き出すのだ。こんな状況で大通りを歩けるわけがない。
「おかしいわね。なんで皆、ユキのことを注目しちゃうんだろう」
アーニャが不思議そうに首をかしげる。
「あー、きっとユキの黒髪が珍しいのね。この国に、黒い髪の人なんていないから」
「…そうなの?」
「そうよ。美形ぞろいのエルフだって、ほとんど金髪だし。獣人やドワーフを入れても、黒い髪の人って見たことないわ」
そういって、アーニャはにっこりと笑う。
「だからね。私もユキの黒髪は大好きだよ。なんだか、とっても神秘的に見えるもの」
その笑顔に、思わずどきりとしてしまう。ボクには、アーニャの蜂蜜色の髪のほうがよっぽど神秘的に見えた。
「もうっ、ユキったら。しょうがないな」
アーニャは呆れたようにため息をついた。そして、ボクの前に立つと、優しく両手を握りしめる。両手を自分の胸に近づけると、そっと囁く。
「大丈夫だから。私が一緒にいるから」
「え?」
「ユキは1人じゃない。いつだって、私がそばにいるよ」
そこには落ち着いた笑みを浮かべるアーニャがいた。
アーニャはボクの両手を掴んだまま、大通りへと連れて行く。ボクは手を引かれながら、彼女のあとを追った。




