第31話「何かの冗談であってほしかった…」
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「うるぁぁぁっ!」
激しい咆哮と共に、振りぬかれた一撃。
銀色の閃光が宙に弧を描く。
それと同時に、クラーケンの巨大な触手がまた1つ、切って落とされた。
「うしっ、あと何本だ?」
「4本だ。気を抜くなよ」
「わかってるって!」
ジンの軽口に、ゲンジが神妙に頷いた。
アドリア海。
ヴィクトリアの遠洋65キロ。
そこでは、大型のモンスターと相対する2人に姿が見えた。
銀色の狼男と、赤褐色の肌をした持つオーガ族が、海中に潜むクラーケンに戦いを挑んでいる。
いや、圧倒していると言ったほうが正しい。
大型の漁船を軽々と沈没させて、獲物を海中に引きずり込む。漁師の間では悪夢とまで言われた彼のモンスターも、歴戦の猛者である2人には触手も触手もでない。
一方的な戦況だった。
クラーケンが今も存命しているのは、戦場が海であるから。
近接攻撃が主体の『銀狼族』と『狂戦士』では、地の利は向こうにある。足場を必要とする彼らは、海の上に撒かれた木製の建築資材を地面代わりに、海上を縦横無尽に駆け巡る。
「ふんっ!」
豪快な太刀筋。
振りぬかれた鈍色の大剣『ベルセルグ』。
クラーケンの暗青色の触手は、その切っ先に触れた先から、破断を余儀なくされる。バシャン、と凄まじい波音を立てながら、切り落とされた触手が海へと沈んでいく。
「よしっ、そろそろ本体が海上に浮かんでくるぜ」
「ふむ、そうだな」
海上に露になっている触手は、残り3本。
海のフィールドボスの特性として、クラーケンは残りの触手が少なくなると、海上に本体が浮上する。体全体を使った荒波を引き起こすためだ。ゲームだった頃は、広範囲のダメージ判定がある攻撃だが、現状ではジンたちを運んできた軍の船が危ない。
「こいつが顔を出したら、一気に畳み掛けるぜ」
「うむ、それがいいだろう」
既に魔石通信を必要としない距離で会話を交わすジンとゲンジ。
その2人を、上空から見守っている人物が1人。
召喚した小型の飛龍『ワイバーン』に乗って、2人の戦いを黙って見つめる。時折、狐の耳と尻尾を風に揺らしながら。
『なぁ、コトリ。周囲に変わったことはないか?』
『…今のとこ、だいじょうぶ』
ワイバーンに乗ったコトリが小さく答えた。
『それじゃ、トドメを刺すときに手伝ってくれるか?』
『…ん。…わかった』
コトリは上空で大きく旋回しつつ、ワイバーンの矛先をクラーケンへと向かわせる。
その光景を見ていたジンが、少し離れたところにいるゲンジに目配せをする。
「じゃ、いくぜ」
「うむ」
ジンとゲンジが仰々しく頷く。
そして、次の瞬間―
銀の閃光と、鈍色の剣戟が。
クラーケンの残りの触手を全て切り落とした。
バダンッ!
海中に消えていくクラーケンの触手。
海上に残ったのは、切り口を晒している本体側の触手だけだ。
「よし。浮上してくるぞ」
ジンが木材の板の足場に、可能な限りの力を溜める。
クラーケンが顔を出した瞬間、その本体を真っ二つにする算段だった。
バチリ、と銀色の紫電がジンの鬣に弾けた。
ゆっくり腰を落として、意識を集中させる。
感覚を研ぎ澄まし、本気《銀狼モード》への姿勢に入る。
「…ん?」
だが、その時だ。
研ぎ澄まされた感覚が、何か違和感めいたものを感じとった。
やがてそれは、確信に変わっていく。
「…こいつは」
海上から消えたモンスターの気配。
さざなみを立てる大海原は、先ほどの戦闘が嘘のように穏やかだった。
クラーケンが、…浮上して来ない!
「どういうことだ?」
不審な表情を浮かべるゲンジ。
ゲームだった頃は、浮上して来ないことなど一度もなかった。
「…」
静か過ぎる海面を見つめながら、ジンは視線を鋭くさせる。
…何か。
…何か、いるのか!?
「コトリっ!」
ジンは突然、声を荒らげる。
だがコトリは、特に驚くといった顔を見せず、淡々とジンを見返している。
「周囲の海に何かいないか! 何か、別のモンスターだ!」
嫌な予感がする。
そんな焦りを胸中に抱きながら、ジンも目を凝らして水平線を見渡す。
どもまでも続く、ただ1本の線。
空と海とを分ける境界線。
そこに、僅かな綻びを見つけた。
空の青に突き刺さる、海の藍。
遥か遠くの海上に、…何かが顔を出してた。
「…おいおい。…冗談じゃねぇぞ」
ジンは自分の目を疑いたくなった。
現実主義者を謳っている彼は、『気のせい』や、『目の錯覚』といったものを良しとしない。
結果には、何かしらの原因がある。
それが彼の問題に対する姿勢だ。
だが、この時だけは。
何かの冗談であってほしかった…




