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第31話「何かの冗談であってほしかった…」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「うるぁぁぁっ!」


 激しい咆哮と共に、振りぬかれた一撃。

 銀色の閃光が宙に弧を描く。

 それと同時に、クラーケンの巨大な触手がまた1つ、切って落とされた。


「うしっ、あと何本だ?」


「4本だ。気を抜くなよ」


「わかってるって!」


 ジンの軽口に、ゲンジが神妙に頷いた。


 アドリア海。

 ヴィクトリアの遠洋65キロ。

 そこでは、大型のモンスターと相対する2人に姿が見えた。

 銀色の狼男と、赤褐色の肌をした持つオーガ族が、海中に潜むクラーケンに戦いを挑んでいる。


 いや、圧倒していると言ったほうが正しい。

 大型の漁船を軽々と沈没させて、獲物を海中に引きずり込む。漁師の間では悪夢とまで言われた彼のモンスターも、歴戦の猛者である2人には触手触手あしもでない。


 一方的な戦況だった。

 クラーケンが今も存命しているのは、戦場が海であるから。

 近接攻撃が主体の『銀狼族』と『狂戦士』では、地の利は向こうにある。足場を必要とする彼らは、海の上に撒かれた木製の建築資材を地面代わりに、海上を縦横無尽に駆け巡る。


「ふんっ!」


 豪快な太刀筋。

 振りぬかれた鈍色の大剣『ベルセルグ』。

 クラーケンの暗青色の触手は、その切っ先に触れた先から、破断を余儀なくされる。バシャン、と凄まじい波音を立てながら、切り落とされた触手が海へと沈んでいく。


「よしっ、そろそろ本体が海上に浮かんでくるぜ」


「ふむ、そうだな」


 海上に露になっている触手は、残り3本。

 海のフィールドボスの特性として、クラーケンは残りの触手が少なくなると、海上に本体が浮上する。体全体を使った荒波を引き起こすためだ。ゲームだった頃は、広範囲のダメージ判定がある攻撃だが、現状ではジンたちを運んできた軍の船が危ない。


「こいつが顔を出したら、一気に畳み掛けるぜ」


「うむ、それがいいだろう」


 既に魔石通信インカムを必要としない距離で会話を交わすジンとゲンジ。

 その2人を、上空から見守っている人物が1人。

 召喚した小型の飛龍『ワイバーン』に乗って、2人の戦いを黙って見つめる。時折、狐の耳と尻尾を風に揺らしながら。


『なぁ、コトリ。周囲に変わったことはないか?』


『…今のとこ、だいじょうぶ』


 ワイバーンに乗ったコトリが小さく答えた。


『それじゃ、トドメを刺すときに手伝ってくれるか?』


『…ん。…わかった』


 コトリは上空で大きく旋回しつつ、ワイバーンの矛先をクラーケンへと向かわせる。

 その光景を見ていたジンが、少し離れたところにいるゲンジに目配せをする。


「じゃ、いくぜ」


「うむ」


 ジンとゲンジが仰々しく頷く。


 そして、次の瞬間―

 銀の閃光と、鈍色の剣戟が。

 クラーケンの残りの触手を全て切り落とした。


 バダンッ!

 海中に消えていくクラーケンの触手。

 海上に残ったのは、切り口を晒している本体側の触手だけだ。


「よし。浮上してくるぞ」


 ジンが木材の板の足場に、可能な限りの力を溜める。

 クラーケンが顔を出した瞬間、その本体を真っ二つにする算段だった。


 バチリ、と銀色の紫電がジンの鬣に弾けた。

 ゆっくり腰を落として、意識を集中させる。

 感覚を研ぎ澄まし、本気《銀狼モード》への姿勢に入る。


「…ん?」


 だが、その時だ。

 研ぎ澄まされた感覚が、何か違和感めいたものを感じとった。

 やがてそれは、確信に変わっていく。


「…こいつは」


 海上から消えたモンスターの気配。

 さざなみを立てる大海原は、先ほどの戦闘が嘘のように穏やかだった。


 クラーケンが、…浮上して来ない!


「どういうことだ?」


 不審な表情を浮かべるゲンジ。

 ゲームだった頃は、浮上して来ないことなど一度もなかった。


「…」


 静か過ぎる海面を見つめながら、ジンは視線を鋭くさせる。


 …何か。

 …何か、いるのか!?


「コトリっ!」


 ジンは突然、声を荒らげる。

 だがコトリは、特に驚くといった顔を見せず、淡々とジンを見返している。


「周囲の海に何かいないか! 何か、別のモンスターだ!」


 嫌な予感がする。

 そんな焦りを胸中に抱きながら、ジンも目を凝らして水平線を見渡す。


 どもまでも続く、ただ1本の線。

 空と海とを分ける境界線。

 そこに、僅かな綻びを見つけた。


 空の青に突き刺さる、海の藍。

 遥か遠くの海上に、…何かが顔を出してた。


「…おいおい。…冗談じゃねぇぞ」


 ジンは自分の目を疑いたくなった。

 現実主義者を謳っている彼は、『気のせい』や、『目の錯覚』といったものを良しとしない。

 結果には、何かしらの原因がある。

 それが彼の問題に対する姿勢だ。


 だが、この時だけは。

 何かの冗談であってほしかった…



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