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第28話「クラーケン討伐戦」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 空は快晴。


 雲もほとんどなく、風はわずかに頬を撫でる程度。

 サンマルコ広場から見えるアドリア海が、水平線の彼方まで望めるほどであった。


「…晴れたね」


 ボクは時計塔の頂上から、この街を見下ろしていた。


 海洋国家ヴィクトリアは海の上にある。

 南には広大なアドリア海が広がり、北には遥かな大陸がそびえている。普段は、大陸の景色を見れることはないが、こうやって時計塔のてっぺんに立てば、うっすらとだが大陸の片鱗を垣間見ることができる。


「よう。いい景色だな」


 唐突に、隣から声をかけられた。

 ボクの視界の端で、銀色の鬣が風になびいている。


「下からお前の姿が見えたからさ。一応、声をかけにきた。あと10分で出発するぜ」


「うん、わかった。…って、ジン。どうやって上ってきたの?」


 階段を上ってきた音はしなかったはず。


「あ? そりゃお前、真っ直ぐ壁を歩いてきたに決まってるじゃねぇか」


「…あ、そう」


 つまり、時計塔の壁を垂直に駆け上がってきたということか。さすがは、固有職種の『銀狼族』。ボクには、到底真似できそうにない。


「ちなみに、ジンだったらここから落ちても無傷だったりするの?」


「バカいうなよ。こっから地上まで100メートルくらいはあるだろうが。落ちたら、即お陀仏か、当分は病院のベッド生活さ」


 間違っても落ちるなよ、とジンに念を押される。


「ははっ、大丈夫だよ。いくらなんでも、そこまでボクはドジじゃないよ」


「それもそうだな」


 そう言って、ジンが鼻で笑う。

 そんな親友を見て、ボクも笑う。眼下のヴィクトリアを眺めながら、しばらく2人して笑いあった。


「…今は、『ボク』って呼ぶんだな」


 少し間をとった後、ジンが言った。

 そんな彼を見て、ボクは軽く頷く。


「うん。何があっても、ボクが御影優紀であることは変わらないからね。だから、ボクはボクのままでいるよ」


「…そうか」


 それだけ言って、ジンは再び黙り込む。


「…お前のことだ。お前が決めればいい。…だけど、何かあったら言ってくれよ」


「わかってるよ。グチを聞いてくれるんでしょ」


「あぁ、その通りだ」


 ニヤッ、と銀色の狼男が笑みを浮かべる。


「俺がいいたいのはだな、1人で抱えるなってことだけだ。誰かに話すだけで解決できる悩みもある」


「うん」


 ボクは短く答えたあと、言葉を続ける。


「大丈夫だよ。…ミクのことも。ちゃんと考えてる」


「そうか」


 それからボクたちは、何も言わず南の海を見つめていた。

 沈黙という会話を交わしながら。




「え? クラーケンが遠ざかってる?」


 ヴィクトリアの南の港。

 サンマルコ広場と宮殿が見える場所で、ボクは耳に手を当てている。


『…うん、そう』


 耳に取り付けた、魔法石駆動の通信機、通称インカム、からコトリの声が聞こえてくる。


『…いまは、ガガガガッー、60キロくらい、ガガッー、遠洋にいる』


 風の音を混じらせまがらも、コトリは淡々と現状を伝えてくれる。


 コトリには偵察を頼んでいた。

 小型の飛龍を召喚して、クラーケンの細かい位置を調べてもらっていたのだ。予定では、もっと近づいているのだったけど。


「…」


 ボクは怪訝な顔をして、他の仲間達を見る。

 ジンやゲンジ先輩も、同じように耳に手を当ててコトリの声を聞いていた。


「…ふむ。どうする?」


「どうする、っていっても」


 唇に指を当てて考える。

 このままクラーケンが去っていくかもしれない。

 しかし、逆にもっと近づいてくる可能性だってある。遠洋60キロという微妙な距離が、ボクの判断を悩ませていた。


「我は、討伐したほうが良いと考えている」


 ゲンジ先輩が出し抜けに言った。


「この国に脅威となるものがいるなら、早めに対処しておいたほうがいい。手をこまねいていると、本当にこの国が危険に晒されるぞ」


「そうだね」


 ボクも真剣な顔で頷く。

 そして、右耳に手を当てながら口を開いた。


「聞こえた、コトリ?」


『…うん。…聞こえた』


「これからジンとゲンジ先輩がクラーケンを討伐に向かう。コトリはそのまま監視しつつ、戦闘になったら2人の援護して」


『…ん』


 コトリの返事を確認して、ボクは仲間達のほうを見た。


 ジンとゲンジ先輩。

 アーニャは国の防衛指揮をとるため、宮殿の作戦本部に引きこもっている。クラーケンを倒すまで、ゆっくりはできないだろう。


 …それに、ミクは朝から姿を見せていない。


「じゃ、2人とも。作戦を確認するよ」


 ボクは2人の屈強な前衛職アタッカーを見る。『十人委員会』の中でも、アタッカーのトップツーである、銀狼族のジンと、狂戦士のゲンジ先輩だ。


「今回の目標は、遠洋にいる大型モンスター『クラーケン』。前衛であるジンとゲンジ先輩がヴィクトリア軍の船で近づいて、直接これを叩く。コトリは上空から召喚獣で援護」


「お前はどうするんだ?」


 ジンの疑問に、ボクは返答を困ってしまう。


「ボクは、…どうしよっか?」


「「おい」」


 じろり、と2人の鋭い視線を直に受けてしまう。


「だ、だって、しょうがないじゃん! 予定では、クラーケンがもっと近づいているはずだったんだもん! 遠洋60キロなんていわれたら、狙撃のしようもないよ!」


 あたふたと慌てて手を広げて話すが、ジンたちの視線は厳しい。


「…つまり、ユキは何もせず待機、と」


「…うん。そうなるかな?」


 あはは、と必死に愛想笑いを浮かべる。

 皆が頑張って戦ってるのに、自分だけのんびりしてたら、そりゃいい気はしないだろう。


「ふむ。問題はないだろう」


 そんな中、ゲンジ先輩が口を開く。


「クラーケンの討伐だけであれば、我とこやつで何とかなるだろう。足場が海であろうと、コトリの援護があれば確実に仕留められよう」


 だがな、とゲンジ先輩は言葉を続ける。


「クラーケンの予想外の進路といい、何が起こるかわからん。その時はユキ。この国を頼んだぞ」


 真剣な眼差しを真正面から受け止める。

 ゲンジ先輩は十人委員会の他にも、警備隊の隊長を歴任している。その責任感からか、彼の人の視線に揺らぎはない。


 だからボクは力強く頷いた。


「何があっても、すぐ行動できるように、時計塔の頂上で待機しておくよ。万が一、クラーケンが接近してきても、確実に狙撃してみせる」


 サンマルコ広場にある時計塔を見上げる。

 この国で最も高い建造物である時計塔より狙撃に適した場所はないだろう。


「うしっ。それじゃ行くか」


 ジンが腕を伸ばしながら、港に留まっている軍艦を顎でしゃくる。

 すでに準備万端と言わんばかりに、多くの兵士が待っていた。そして、ゲンジ先輩の視線に気がつくと、皆一斉に敬礼を送る。


「うむ。行こう」


 兵士たちに敬礼を返しながら、ゲンジ先輩が重々しく頷く。

 クラーケン討伐戦が、これから始まる。

 …その男の悲鳴が聞こえるまでは。


「ちょっと、待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」



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― 新着の感想 ―
[良い点] コトリさんあれでまだガンガンいこうぜじゃなかったのか
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