第28話「彼女と彼女の想い①」
「ちょっと、顔を洗ってくる」
「おうよ」
鏡とコップが置いてあるだけの洗面台。
そこには、大小2つの歯ブラシが置いてあった。1つは、決して人間が使うものではないであろう鉄製の歯ブラシで、もう1つは可愛らしい水色の歯ブラシだ。ちょうど、女の子が使うくらいの大きさ。
「あれ? 洗面台のところ、歯ブラシが2本あるよ」
「あー。それはコトリのだ」
「そっか。コトリのかぁ」
私は生返事を返しながら、しばらく考える。
ジンとコトリは仲良しだから、この部屋に来ることもあるよね。
あれ?
でも、歯ブラシが必要な時って、どんな時だっけ? あー、そっか。この部屋で朝を迎えたら必要になるか。
…この部屋で、…ジンと2人きりで――
「ちょっと待ってぇぇぇぇぇっ!」
「うおっ、どうした?」
「どうした、じゃないでしょ! なんで、コトリの歯ブラシがここにあるのよ!」
「なんでって言われても、俺の部屋に来たことがあるからだろ」
「私が聞いているのは! なんで、『歯ブラシ』があるのかってことよ!」
「いちいち叫ぶなよ。近所迷惑だぞ」
ジンが面倒そうに顔をしかめる。
「ちょっ、ジン! あんた、まさか…」
ごくり、と息を飲んでしまう。
…聞いちゃっていいのかな?
…もし2人が、一緒に朝を迎えちゃう関係だったら。
ちらりと、ジンのベッドの盗み見る。
生々しい妄想が、私の頭に広がっていく。小さな体のコトリに、覆いかぶさる狼男。ゆっくりと彼女の体に触れていって―
…やばい。
…興奮しちゃうじゃない!
「あー、言っとくけど、そんな嬉し恥ずかし展開にはなってねぇぞ」
「え? そうなの?」
…なんだ。
…期待して損した。
「たまに来て、一緒にメシを食ったり、身の回りの世話をしたり、適当に駄弁ったり」
「って、ほとんど通い妻じゃないっ!」
コトリって、そんなに積極的だったんだ。
なんか意外…
「だから違うっての。メシ作ってるの俺だし、身の回りの世話っていっても、俺が掃除してるだけだし」
「え? コトリは?」
「あいつは散らかすことしかしねぇ」
ふんっ、と呆れるようにため息をつく。
だけど、ジンのその様子は、決して嫌がるものじゃない。ジンが私のことをわかるように、私にだってジンのことがわかるんだ。
コトリのこと、手のかかる妹くらいに思っているのかな。
…それとも―
「ねぇねぇ、ジンはコトリのこと、どう思ってるの?」
「なんだ、今日はえらく食いついてくるじゃねぇか」
「いいじゃん。教えてなよー」
両手でテーブルを叩きながら、返事を急かす。
すると、ジンが大きくため息をついた。
「はー、やれやれ。これだけは言うつもりがなかったんだけどな」
「なになに? ゆーてみ?」
ジンは、すっと目を細めると、私のことを真っ直ぐ見つめる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前。ミクに告白されたらしいな」
「…へ」
「宮殿で噂になってたぞ。『十人委員会に禁断の愛』、とか『王女と姉御の三角関係』とか。お前たち一緒に住んでるんだろ? これからどうするんだ?」
「…」
頭が真っ白になる。
思わぬ逆襲に、何もできず固まる。
とりあえず、私は。
…叫ぶことにした。
「なんで知ってるのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」




