第9話「アーニャと百合と…」
「あっ、お風呂から出た? 思ったより長湯だったね」
「うん。スッキリした」
ボクはアーニャが用意してくれたバスローブに身を包んでいる。ただし、下着はつけていない。風呂上りなんだし、なにより女の子の下着の感覚にはまだ慣れそうにない。
アーニャはポットの紅茶をティーカップに注いでいく。
「はい、ユキ」
「あ、うん。ありがとう」
ボクは長くなってしまった自分の髪を適当に拭くと、ティーカップに手を伸ばす。
「あっ、おいしい」
「そうでしょう。宮殿御用達の紅茶葉だからね。この国で一番おいしいと思ってもいいよ」
「じゃあ、結構高価なものなんじゃないの?」
「そうでもないよ。入手ルートはいくらでもあるからね」
そう言いながら、アーニャも紅茶に口をつける。その仕草が意外にも優雅で、ボクは少しだけ見入ってしまう。
「ユキがお風呂に入っている間に朝食も作ったんだ。…まぁ、味は気にしないでね」
「うん。そうするよ」
ボクはフライパンの中にあるものを見て苦笑する。元の素材がなんだったかわからないほど黒焦げになっていた。
ボクが引きこもっていた数日間。アーニャは食事の世話もしてくれていた。もちろん、味も見た目も残念ではあったが、その気遣いが心に染みた。申し訳ない気分で一杯になった。
「それじゃ、朝食にしましょう」
「あっ、ボクも手伝うよ」
席を立ったアーニャを見て、慌てて彼女の後を追う。バスローブの袖が長いせいで動きにくいが、アーニャだけに準備をさせるわけにはいかない。
「ねぇ、ユキ。今日はどうするの?」
「え? 何が?」
「何がじゃないわよ」
アーニャはフライパンを片手に、眉をひそめる。
「このまま引きこもりのような生活を続ける気なの? こんな立派な部屋を借りているのに、家賃とかどうするつもりよ?」
「…あはは、そうだね」
ボクは曖昧な返事を返した。
金銭面には問題はなかった。手元にはないが、金貨を預けてある銀行組合に行けば当分は遊んで暮らせるはずだ。
「…ねぇ、アーニャ。聞いてもいい?」
「どうしたの?」
「アーニャは、なんでボクにここまでしてくれるの? お風呂に入るように言ったり、朝ごはんを作ってくれたり。どうしてそこまでしてくれるの?」
ボクはどうしても気になっていた。単なる親切か、ただのお節介かもしれない。
でも、もし別の目的があったら…。
「…」
アーニャは何も答えない。
黙ってフライパンを下ろすと、ゆっくりとボクに近寄ってくる。
「ア、アーニャ?」
その雰囲気は、いつもの彼女と違っていた。
影のある含み笑いを零しながら、無言で近づいてくる。
その異様な雰囲気に押されて、ボクは2歩、3歩を後ずさりをする。
「どうしたの、アーニャ? 何か様子が変だけど…」
「ふふふ。そうかな?」
また1歩と後ずさりをする。だけど、アーニャは含みのある微笑みを浮かべたままボクに近寄る。そして、とうとうベッド際まで追いやられてしまった。
「ねぇ、ユキ?」
「な、なに?」
「ユキはどんなときに恋に落ちるの?」
「え?」
ドンッ。
「きゃっ!」
ボクは突き飛ばされていた。
すぐにアーニャもベッドの上に乗って、ボクのほうへじわりじわりと寄ってくる。
後ずさりしようとするけど、すぐにベッド柵に追いやられてしまう。
「ね、ねぇ。アーニャ。ちょっと待って!」
「ふふふ。だーめ。待ってあげない」
アーニャはボクに顔を近づけると、じっと目を見つめてくる。もう吐息が重なるほど近づいている。アーニャの蜂蜜色の瞳に、戸惑った表情をしているボクが映っていた。
「ひゃぅ!」
突然、首筋にひやりとしたものが触れた。アーニャはボクの首に手を当てながら、指先を顎のほうへたどっていく。
「…はぁ。ユキ。あなたは何て可愛いの」
そんなこと言っているアーニャを見て、ボクもどきりとする。頬を赤く染めて、息もどんどん荒くなっていく。
これは、まずい!
もしかしたら、アーニャって…
「ちょ、ちょっと待って! ボクたちは女の子だよね!」
今まで男だと言ってきた人とは思えない台詞だった。だけど、この際なりふり構っていられない。なんというか、身の危険を感じる! 貞操の危機だ!
「えぇ、そうね。私は女の子だし、ユキもこんなに可愛い女の子」
アーニャは潤んだ瞳でボクのことを見つめてくる。
「だけど、愛には性別は関係ないのよ」
やっぱりだ!
アーニャは、…百合だ!
女の子にしか興味がない、真っ白な人喰花だ!
そう思った瞬間、自分の体が強張ったのを感じた。身の危険を感じているのか、女の子特有の防衛反応かはわからない。でも、恐怖で自分が飲み込まれそうだった。
「…そんなに怖がらなくてもいいよ。体をリラックスして」
アーニャは指先で肩に触れると、そのままバスローブを伝って胸に降りてくる。バスローブ越しに触れられるだけでも、敏感に反応してしまう。
「私ね、一目惚れだったんだ」
「…え」
「ユキのこと。初めて見た瞬間から、あなたのことが好きになっちゃったの。こんな経験、生まれて初めてだよ」
「だ、だからって、こんなっ…。あっ!」
びくりと背中が震える。
アーニャが両方の胸の手を添えてきた。そして、ほぐすように優しく揉んでいく。
「ユキはいい子ね。その体に、女の子の良さを教えてあげるわ」
「ちょ、ちょっと、待っ! …にゃ、にゃぁぁぁぁっ!」




