春子とあたしと文芸部
文芸部に入ったのは、全く不純な動機からだった。
久住春子がいたから。
久住春子はいわゆる女子校の王子様。艶やかなショートボブ。ハスキーボイス。すらりと長い手足で長身。おまけに色白で、フランス人形みたいな美人。ロシア人のクォーターという少女漫画みたいな背景も含めて、完璧な王子様。某ヅカに親戚がいるという噂も聞いたけど、さもありなんという感じ。
一方のあたし、香取涼は女子校の男子である。いや、なんのこっちゃと思われるかもしれないが、雰囲気で感じとって欲しい。地黒、寸胴、短足、おまけにO脚。チビで運動音痴。オシャレに興味なし。小学校からの女子校育ちが災いしたのか、おばさんを通り越しておじさん化している。髪はうなじで括っている。ラクだから。
我が学園は小学校から大学までエスカレーター式だが、中学、高校、大学のタイミングで外部生が入ってくる。春子は高校から入学した。
外部生は学校に馴染みにくいと一般的には言われるが、春子は別だった。颯爽と現れた王子様めがけて先輩方が殺到して、部活紹介を兼ねた新歓が大変なことになった、というのは有名な話。
春子はバレー部に入部した。のだが。みんなには内緒で文芸部にも所属している。
兼部は禁止されていないが、みんなのアイドル春子が文芸部というのは意外だった。しかもそのことは当の春子から聞かされた。
「香取さん、この前の現代文の作文よかったよ。良かったら文芸部入らない?私、実はバレー部と文芸部、兼部してるんだ」
一も二もなく承知した。
ただの同級生だったあたしと春子は、同じ部活の仲間になった。しかも内緒の。文芸部の活動には正直あまり興味がなかったけど、春子の文章は読んでみたかった。
こうしてあたしは春子の読者になり、春子はあたしの読者になった。あと文芸部の部長。部長は典型的な女子校の女子。
あたしと春子と部長は、書き手と読み手と仲間を兼任して、楽しい文芸部ライフを謳歌している。部長の力作を春子と取り合うようにして読んだり、リレー小説を書いたり。最初は文芸部に興味がなかったあたしも、次第にのめり込んでいった。
そんなあの日のこと。
「…………これってどうなの?」
部長が机の上に広げた原稿用紙を見て、あたしは呟いた。春子の新作だ。
「やっぱ気になる? 」
と部長。
「そりゃあ」
部長はにやりと笑った。
「まあそうよね。珍しく恋愛小説なんか書くんだもの。しかも女の子どうしの。貴女は特に気になるわよね? 」
「どういう意味ですか!? 」
「だってほら、ねえ」
「変な言い方しないでくださいよ」
全く困った部長だ。
「でもね、これはこれでアリだと思うの。むしろ春ちゃんの新しい世界を切り拓く可能性を感じるの! 」
「それはいいんですけどー。春子ったらいきなりどうしたんだろ」
「そうね。でも私はただ、春ちゃんの素敵なお話を読めてよかったと思うわ」
「それは同感です」
「素直じゃないわね」
「あたしは素直です」
「またまた〜」
部長にからかわれたからじゃないけど、その日一日、あたしは春子が何故恋愛小説を書いたのか、気になって仕方なかった。
次の日。たまたま春子と一緒に帰る機会があった。春子はバレー部が忙しいので、普段は部室には寄らないで、部長かあたしから部誌を受け取って、家で文章を書いている。でもテスト期間で今日から部活動が休みになり、帰るタイミングが重なったのだ。
テスト範囲の確認とか、つまらない授業の愚痴とか、高校生らしい会話を一通りした後、不意に春子が言った。
「トリってさ、ぶっちゃけ文芸部に興味なかったよね」
トリというのはあたしのあだ名。名字の香取から。春子がつけたあだ名で、今では同級生や先輩までそのあだ名で呼ぶ。
「まあね」
否定するのも白々しいので、同意しておく。
「私が誘ったから入部してくれたの? 」
春子のアーモンド形の目があたしを捉えた。
「……まあね」
春子は彼女にしては珍しい、小悪魔的な微笑みを浮かべた。
「それは良かった。私ね、決めてたんだよ。トリの作文を読んだ時から。トリを私の読者で仲間にしようって」
春子の言う作文とは、四月に現代文で書かされた『中学校の思い出』という作文である。グループごとに読み合いをする。春子とあたしは同じグループだった。
「あの作文、そんなに良かった? 」
ちょっとした仕返しのつもりだったけど、春子には効かなかった。
「もちろん。トリがあんなに良い文章書くと思ってなかったから」
「何気に酷くない? 」
「バレた? 」
春子はちょっと舌を出すと、あたしにノートを差し出した。
「リレー小説、次はトリの番だから渡しとく。楽しみにしてるからね」
受けとったリレー小説はアドベンチャーものだ。
「そういえばさ、あたし昨日春子の新作読んだんだけど」
「ああ。どうだった? 」
ケロっとした顔で春子は言う。
「よかったけど」
「けど、何? 」
春子はチェシャ猫よろしく笑っている。そんな顔も美形だなー。なんかずるい。
「……恋愛小説とか珍しくない? 」
「うん。珍しいよ」
ちょっと待ってみたけど、春子はそれ以上何も言わない。
「何かきっかけあるの? 」
「モデルいるんだよ。あのヒロイン」
「へ!誰⁈ 」
「気づいてる癖に。トリがよく知ってる人。あ、部長じゃないよ」
きっとあたしはすごく間抜けな顔をしていたと思う。そんなあたしをよそに春子は
「じゃ、また明日」
と、颯爽という言葉がものすごく似合う歩き方で、あたしとは反対方面の電車へと去っていった。
あたしは春子から渡されたノートを見た。部長、春子とまわってきた小説。あたしは、何を書こうか。