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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
92/125

第85話 惨敗

『──こんな私でも、誰かを護る勇者になれますか』





「分かったでしょ。あんたは英雄にはなれない。アタシに負けてる時点でね」


 勝敗は決し、陽咲乃は冷淡にその事実を突きつけた。

 

 最後の一瞬は、何が起こったのかすらよく解らなかった。しかしひとつ言うとなれば──正真正銘、このタイマンで陽咲乃は勇香を負かした。圧倒した。 


 不思議と悔いはなかった。戦いの最中にあんな宣言をした羞恥心もこみ上げなかった。そんな感情を持ち合わせるほど、勇香のこれまでは人生途中の矮小な出来事で終わらない。


 ただ、嬉しかった。陽咲乃が、()()()()()()()()()()ことが。


「六日間……いや、下手すればそれ以上……一睡もせず……乗り越えたのに……」

「勇香?」


ふたつの声音のみが交わる静寂な結界内で、勇香はこれまでを懺悔するように涙する。やがて陽咲乃に剣を突かれたまま、身体に溜まった力を仰向けになった床に解放し、嗚咽に任せながらこれまでを綴った。


「私、頑張った……漫画も、ゲームないし、大して休めもしないのに、戦って、戦って、必死に戦い抜いて……苦しかったり、死にそうになったり……でも、頑張って戦った……のに」


 橘草資や委員会の者たちの拷問に、死を自覚させる毎日。

 とある村を訪れた際には、実際に死んだりもした。


 けれどそれ以上に自分なんかよりも愛おしい、彼らを目の前で亡くし、泣いて、泣いて、泣きじゃくって──思えば、勇香はどんな時も泣いていた。

 自身の運命を悟った瞬間も、生徒たちの横暴に耐えきれなかった時も、陽咲乃に出会ったときも。

 そんな惨めで小さい自分を、いつかは変えられると信じていた。約束が現実になる、その時になら。


「向う側はみんな経験って言うから……私は……英雄に、なれるって……だから、いっぱいいっぱい……耐えてきたのに……頑張ったのに」


 向う側を信じていれば、“変わる”と思っていた。だが、現実は違った。 


「私は雑魚でも、私の魔力はさいきょーで、私はゴミカスでも、私の魔力は英雄で。だから私も英雄になれるって言われたのに。でも私は……結局雑魚なままだった」


 その信奉はなんの恩恵も与えられず、大きな代償だけが罪として残った。


「そのせいで……村のみんな、誰ひとり救えなくて……全部私のせい、なのに……向こう側は、私が英雄だと褒め称える」


 その瞬間、勇香の瞳を覆い隠していた右手が、シュっと消失した。空気だけの袖が無様に萎れる。


「まって、勇香……その手……」


 陽咲乃は驚愕してくれると信じていた。予想通りの反応だ。勇香はむくりと起き上がり、狼狽した陽咲乃を一瞥する。


「分かってたの。本当に格が違うのは。英雄なんて、私には遠すぎる」


 勇香は左手を虚ろな空にかざし、淡々と告げた。


「向こう側は、そんな私をハリボテの英雄に仕立て上げる。道を作ろうとする。いくつもの犠牲を払いながら」


 瞳から、ポタポタと雫が流れ落ちる。晴れやかな表情を装いつつも、内心を隠しきれないのは昔からだ。


「でもね、ようやく気づいたんだ。本当の英雄は、私のすぐそばにいたって」


 勇香は、微笑した陽咲乃を見やる。


「陽咲乃なら……なれるって」


「何言って……」


 勇香はごにょごにょと口を動かす。陽咲乃には聞き取れないくらいに小さな声で。

 魔法は声の大小に関係なく、その文言を発しさえすれば発動する。つまるところ、相手に魔法を断定させたくなければ囁き声でも構わないのだ。


「私、もう終わりにしていいかな」


 やつれた顔でニッコリと微笑む勇香。その左手には、先鋭な氷柱が握られている。


「ちょっと、ねぇ、なに……?」


 それを自らの喉笛に突き立てた。


「……報われないよ……ロウさんたちに……みんなに……」


 この瞬間くらい、笑っていたかった。泣き続けていた人生のツケだ。


「待って、冗談だよね、やめてよ、馬鹿なのッ!?」


 身体が動いた陽咲乃に止めるなと言わんばかりに、氷の蔦が纏わりつく。


「ぐっ……やめろよ……マジで……そんなことしてまるっきり収まるとか思ってんじゃねぇよッ!!!」


 陽咲乃が破壊しようと全身に力を込めるも、蔦はパキパキと音が鳴るだけ。


「妹どうすんのだよ!!!アンタ、この世界に妹を捜しに来たんだろ!?」


「……っ」


 今更、そんなことに気づいた。またしても何も考えずに、と自分を恨んだ。この衝動は止められそうにない。


「何してんだよ……おいッ!!!!!!!!」


 ブレザーを脱ぎ捨ててまで、陽咲乃は勇香を喰い止めようと暴れた。陽咲乃が喚く姿なんて、これまで見たこともない。


「もう……いやだ……もう……背負ったまま前に進むなんて、つらい……」


「つらくなんて……アタシがそばにいるからッ!!勇香が進んでいいって思えるように、アタシが一緒に歩いて証明するから!!!」


「うん……ありがとっ」


 迷いは捨てた。ふとした瞬間に、柄を握る左手が力んでいる。


「やめて……嫌……取り残されるのは……イヤ……」



「……勇香」


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