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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
90/125

第83話 拠り所(3)

 時は経ち、お披露目会なる作戦の前日の朝。陽咲乃はひとり並木街道を歩いていた。

 これから運動場で「盗賊基礎演習」という講義のため移動中。演習といっても、その内容はラダーや縄跳びといった、表日本でも日常的に行うような敏捷性を鍛えるためのトレーニングが多くを占める。向うの世界出身者への配慮なのか、単に「盗賊」として成り上がるために効果的なのか。そんなことを考えていた時期も陽咲乃にはあった。


 今日は並木街道を通り過ぎる生徒たちの声がいつもより騒がしい。その話題はしきりにお披露目会についてだ。 


「明日全員参加だって」

「それなー。マジだるくね?」

「でもようやくだよねー。なんでもっと早くしなかったかな」

「でもなー。お披露目したところでアイツの印象が百八十度変わるとは思えないんだよなーあたし」

「わかる、見た目からしてクソ雑魚そうだし。でも委員会が推してんのもなんか気になる」


 陽咲乃たち生徒には、事前に委員会からそのような催しが開催されるとの通達があった。大半はようやくかと溜息を吐く生徒が多かったが、中には生徒会の席を奪った勇香の活躍など見たくもないと欠席を表明した生徒もちらほらいた。ただ、当日の参加は強制らしかった。ついに委員会が動いたようだ。


(お披露目会なんて……馬鹿らしいッ)


 陽咲乃の役目は、勇香が傀儡となり果てる前に、身も心も委員会から切り離すことだ。しかし、よもや誰の力を借りず、陽咲乃単身でそんな不可能任務を完遂できるはずがないのは周知の上。あの女性教師や絵梨奈がそれを物語っている。


 なにより問題は勇香自身だ。勇香の委員会への執着具合は、勇香の家で口論した時に一目で異常だと認識できた。もとより他人に依存しやすい勇香だったが、これほどまで委員会に執着するのには、陽咲乃の約束が関係していると推察できる。彼女が背負う約束の重みは、陽咲乃とは比にならないくらい大きなものなのだろう。


 もし委員会の手から勇香をうまく切り抜けたとしても、それがある限りは自分からまた手中に収まりに行くだけ。なら、陽咲乃に出せる手はひとつしかない。


(アタシは約束を、放棄するしかない)


 勇香を委員会に縛り上げている根源を、自らの手で断つこと。現状、それが陽咲乃にできる最善手だ。


 自分から契りを交わした約束を、自分の手で引き裂く。これほどの横暴があってたまるか。この計画を思い浮かんだ際には、三日ばかり自分を呪った。


 けれども罪悪感を捨て去った今では、これ以外の手段は思いつかない。思いつく暇もない。


(こんなクソみたいなやり方、最悪勇香に恨まれてもおかしくない。でも、()()()()()()()()()()()()。今更罪悪感なんて、そんなのどうだっていい)


 問題は勇香の居場所だ。絵梨奈と別れてから、陽咲乃は学園内をくまなく探し、勇香の居場所を突き止めようとした。

 しかし、盗賊十八番の索敵魔法を駆使しようとも、《《上級生》》に頼んで通常では入手不可能な高価な索敵魔法具を使おうとも、今日まで勇香の居場所を特定することは叶わなかった。


 陽咲乃のような輩を警戒した委員会によって、勇香の居場所を覆い隠されるのは予想していたが、隠匿のために一体どれほどの魔力を浪費しているのだろうか。陽咲乃は勇香を見つけることなく、今日まで時が過ぎてしまった。

 

 だとしたら、もういっそのことそのお披露目会とやらで行動を起こすしかない。

 

 勇香の捜索は諦め、勇香奪還の計画を次に移行させた陽咲乃。授業に欠席する理由もなくなったので久しぶりの演習に嫌々出席するため移動していると、その前方から異様にフラフラとした足取りの()()()()()が見えてきた。


「勇香……」


 陽咲乃は、思わず立ち止まりその名を呼んだ。やがてその(シルエット)は鮮明を帯びていき、斜陽に照らされながら探していた少女の形そのものを彩り描く。

 その姿は、最後に出会った時とは見た目そのものがかけ離れていた。


 やせ細った顔。目の下には遠目から見ても分かるほどの大きな隈。絹のようだった髪はパサつき、手入れをしていないのかころどころがハネている。絵に描いたような満身創痍、そんな容態であった。


「ひさのぉ」


 勇香は陽咲乃を目に留めるなり、しわくちゃな老婆のように無理くり口角を吊り上げて笑んだ。陽咲乃は勇香を気にするわけでもなく、いつものようなノリで話しかける。


「うわ、どうしたの?隈やばいよ」

「そぅ?べつにきにするほどじゃぁないょ?」

「気にしろ。相変わらずほっぺだけはぷにぷに」


 陽咲乃は駆け足で勇香の近くまで寄ると、彼女の頬を見境なしに触診する。ぷくっと餅のように伸びた頬を見ていると、手入れなしにここまで柔らかな頬が実在するのかと嫉妬してしまう。勇香のふにゃりとした制止に従い、陽咲乃は手を離した。


「ゃめてよぉ〜」

「あははっ、目に光がないのは相変わらずか」


 いつものようにハイライト少なめなパープルの瞳。それなのに、今日は一段と狂気を感ぜられた。

 どこか人間ではない、人外の悍ましい何かと対話しているような、そんな気分。だが、陽咲乃は臆することなく話し続ける。


「どしたの?急に下界に降りてきてさ」

「げかぃなんてぇ……」

「下界でしょぅ~アタシたちの上の上の教育受けてきたんだからさ」

「へへっ」


 皮肉を込めた伝えたつもりだが、賞賛と受け取ったのか勇香ははにかむ。すると何を思ったか、勇香は制服のポケットをゴソゴソとまさぐると、取り出したものを陽咲乃に差し出してきた。

 魔力結晶石の首飾りのようだが、肝心の結晶石は真っ二つに割れたように歪で商品価値はないに等しい。


「ぁげる」

「い、いきなり何よ」

「ふふふっ」


 戸惑いつつも、断るより思考停止が勝り衝動的にそれを受け取る。その際、口からありがとっと、漏れ出した。

 その後、勇香が久しぶりに話がしたいと言うので、勇香は場所を移し手近な空き教室に連れて行った。次の授業はもちろん欠席サボりだ。


 近くの売店で見繕ったカフェオレを勇香に差し出し適当に座らせると、自分は対面の椅子にドカッと腰を下ろす。アイスコーヒー缶をガバッと一気飲みすると、単刀直入に切り出した。


「とりま、委員会になにさせられてるのか教えて?」


 勇香はカフェオレをひとくち啜るなり眉根を寄せた。微糖を選んだのが災いしたようだ。


「まだまだおこちゃまだのー」

「うるさいな……でも元気出たよありがとぅ」


 勇香はさっきまでの笑顔と対照的な、ニヒルな笑みを浮かべながら応えた


「朝から夕方までは魔獣演習。夜はずぅーっと魔法覚えてる。でも治癒魔法だけは習得できなぃんだぁ~なんでだろぅ」


 そう言って考え込む勇香に、陽咲乃は呆れ返り問いかけた。


「四六時中拘束させられてるのに、なんでそんな文句なしに頑張れるの?前までの勇香なら一日でへばってたところなのに」

「英雄になれるって言われたら、私頑張れちゃうの。寝てなんていられないよ」


 ニヘェと疲れ果てたような笑みでも、周りの人間を和ませてしまう。外見だとはいえ、それが勇香の個性だろう。会話の中身を容認できるはずは毛頭ないが。


「話って?」 

「私、陽咲乃を探してたの」

「アタシを?」


 こちらとしても行方不明者を捜索するような親の気持ちになりながら血眼に捜索していたのだが、当の向う側も同じだったようだ。


 すると、勇香はふにゃりとした顔を陽咲乃に近づけた。年齢にそぐわぬ妖艶な雰囲気を醸し出す勇香。ふと、陽咲乃に手を差し伸べた。


「ねぇ、相棒になって?」

「はっ?」


 学園卒業後の勇者の多くは、タッグやチームを組み決められた土地で魔獣討伐に挑む。そのため、今のうちから親しい仲間内同士でチームを組もうとする者も少なくない。実際、陽咲乃も元友人ふたりにチーム結成を呼びかけたこともあった。 


「相棒になって一緒に戦おぅ?私、英雄とみんなから賞賛される日が来ようとも、魔王とたった一人で対峙するなんてできっこないの。向こう側は私は天涯孤独の英雄だって称えるけど、英雄なのは私の力なわけだし、私自身は右も左も分からない子供同然。だから、陽咲乃が付いてきてくれたら嬉しぃ。相棒として一緒に付いてきてくれたら、私、魔王を倒せる気がする。お願い、陽咲乃。私、陽咲乃がいてくれないと……」


 しかし、勇香に至ってはもはやタッグの範疇を越えて求婚しているのかと勘違いしてしまう。陽咲乃はきっぱりと言い放った。


「嫌なんだけど?」


 予想外すぎる回答だったか、勇香はぽかんと口を開けた。


「えっ?」

「そりゃ、ねぇ。いくら友達だからって、アイツらの捨て駒と組むなんてまっぴらごめんでしょう」

「な、何言ってるの……?」


「アタシが求める相棒像は、アタシを認めて共に戦ってくれる人。残念だけど、勇香はそこに当てはまらない」


「わ、私だって陽咲乃を……!」

「じゃあ聞くけど、仮に魔王ってヤツと相対して、最期まで一緒だよ!共に戦おう!って言えるほど、アンタは仲間を信頼できるの?」


 勇香は目を泳がせながらボソボソと言った。図星といった感じだ。


「でもっ、だって、わ、私は、英雄、らしいし」

「英雄なのは力だけって言ってなかったっけ?アンタはその英雄クラスの力を操れる技量なんてないのよね?だって、アンタ自身は英雄じゃないんでしょ?」

「わ、分かんないよ……わ、私だって……そ、そのころには……強くなって……」

「はぁ……断言どころか妄想すら吐けないアンタとなんて、強さを認め合うとかそれ以前の問題。もっかい出直してからアタシを誘いなさい」


 シッシっと追い払うように陽咲乃は突き放す。これも本心とは程遠い手段のひとつだ。勇香の技量は、演習を間近に見ていない陽咲乃には知る由もない。対して陽咲乃が知るのは勇香の精神部分だけ。


 それを踏まえれば相棒を乞う理由は理解できるし、タッグのひとつふたつ組んでやっても構わないというスタンスだが、それは委員会の呪縛から解放された後の話だ。


 自己意思か差金か。ともかく委員会の手から一時的に離脱したこの状況を、好奇と捉える他はない。いや、仮に近くに委員会の影があっても、この瞬間は逃すわけにはいかない。危険だろうとリーダーとして、委員会の謀略は絶対阻止だ。


「い、いやだ」

「ん?」


「いやだ、私、陽咲乃と一緒がいい、ひとりはやだ、また繰り返しちゃう、陽咲乃がいないと、私、また、やだ、それだけはやだ、いやだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ……」


 頭を抱え、勇香は陽咲乃そっちのけで取り乱す。お経を唱えるのように、いやだ、いやだとひたすらに呟く。その光景は狂気そのものだった。

 陽咲乃は落ち着かせようするが、数秒足らずでハッと静かになった勇香は、寝言のような小声で言った。


「そ、そんなわけない」

「なに?」

「す、少なくともわ、私は……ひ、ひさ、……陽咲乃なんかより、つ、強い」


 顔を前髪で隠しながら、勇香は呟く。


「何を根拠に?」

「……て、転校してからの短い間、普通の人だったら、あ、あ、頭が張り裂けるくらいの、ち、経験(ちから)を手に入れた」


「聞こえないんだけど?」


 自分で言ってて恥ずかしいのか、ボツボツとしたノイズのようで声が聞き取れない。陽咲乃は呆れたように勇香から目を逸らすと、勇香は張り上げて言った。


「英雄じゃないとしても、魔法の撃ち方しか脳がない陽咲乃とは格が、違う」


 少し考え込むふりをすると、陽咲乃は容赦なく短剣の切っ先を勇香に向けた。


「ひぐっ!」

「じゃあここで、その手に入れた経験(ちから)とやらを証明してみなさいよ。返答はそれから」

「え?」


 口から勝手に言葉が出てくる。自分でも制御できない。勇香に煽られたからか、己の中に眠るちっぽけな闘志か、はたまたそれ以外か。胸の奥の見えない何かに、陽咲乃は従った。


「それって、た、戦うってこと?」


「そう、ビビってんの?」


 勇香は黙り込んでしまった。反論もないようだ。



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