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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
88/125

第81話 女王

「なんで嘘ついたんだよアタシに才能あるってよッッッ!!!!!!」


 (はらわた)を煮え繰り返したような梨花の叫声。相手がアリスであっても、いやアリスだからこそ、今まで何の疑いもなく向こう側に付き従っていた自分への後悔や絶望、憎悪、敵意が一声に収束し、雷鳴のように轟く。


「嘘?」


 アリスは何のことやらと言ってるような惚けた顔で、梨花の言葉を要約した一文字を呟き、そしてコテンと固まった。


 無責任なアリスの態度が癪に障り、梨花の憤怒は増長を遂げる。アリスに対し言論でしか反撃出来ない、惨めな自分を妬むように、嗄れた声で真実を突きつけた。


「全部、嘘じゃねぇか。アンタがこのクソみてぇな学園にアタシたちを入学させるために吐いた出鱈目じゃねぇかよ!!!!!」


 こんな簡単な真実に、何故今まで気づけられなかったのだろう。辿り着いた時、荒波のように押し寄せた絶望は、同年代の少女が受け止めきれる許容量キャパをとっくに越えていた。それでもアリスに反抗するのは、梨花に眠る一握りのプライドか、この絶望を受けてもなお、自分が自分でいたいがための自己肯定か。


「才能なんて元からねぇよ。アタシは魔法を使えば使うほど、常日頃から生徒会の奴らとの格の違いを見せつけられてんだぞ。可笑しいだろ?アタシらには才能があるんだよな?なんで生徒会との格の違いを見せられなきゃいけないんだよ」

「藤堂さん……」

「でも、アタシらはアンタらの虚言をずっと信じ込まされた。騙されてたんだ。騙されに騙されて、何度も格の違いを見せつけられようとも、あんたらが吐き続けた虚言のせいでアタシには才能があると妄信して……才能を磨くために、生徒会に入るために、強くなって魔獣を倒せるように、大人しくアンタらの教育を受けてきた」

「もう……やめて……」




 ──君には才能がある。才能をいかんなく発揮すれば、やがて生徒会も夢ではない。


 それが、委員会の者たちが梨花らに投げかけてきた言葉だ。委員会は授業の講師など、梨花へと直接的に関わることはなかった。そもそも授業には専属の講師がいるのだ。学園の中枢である委員会が、生徒らの教育に直接干渉することはない。そう、梨花が成長する過程を、委員会は誰一人間近に見ることはなかった。


 だが、運命を捻じ曲げられ、この残酷な世界で魔獣と戦うことを余儀なくされた生徒たち。彼女たちが魔法や武器の扱いに挫折し、運命に絶望していく中で、委員会は激励を送り続けた。過程を見ていないにも関わらずだ。しかし、それが梨花が強くなろうと藻掻くための口実となったのは言うまでもない。


 空想上の産物であった魔法を実際に行使できたこと、ましてや自分には魔法の才能があったこと。そんな空想のような事実を空想のような世界で騙られ、梨花たちは少しの疑念もなく己に歓喜し、高揚し、過信してしまった。運命を肯定的に見るために、自分自身を守る為に、無理矢理にも過信せざるを得なかった。


「でもコイツが出てきた、アンタらはコイツを“才能の塊”と勝手に称し、アタシらが目指してた生徒会に強制的に配属させた。けど皮肉にも、お前らが本命を連れてきたおかげで、お前らの言葉が“嘘”だと確信できた。馬鹿じゃねぇのか、コイツを連れてくればアタシみたいなヤツが出てくるってお前らは予測することもできなかったのかよ?いや、端からそんなことする必要なかったんだよな?知っちまったところでお前らから見れば問題なんてねェんだろ。アタシらにはどうせ逃げ場所なんてねぇんだからよォッ!!!」


 梨花の言葉一つ一つには、時折嗚咽が混じっている。梨花が今まで、己の才能をどれだけ過信して、どれだけ向う側の教育に真摯に向き合っていたのか、周りの人間でも直感的にも理解できるであろう。


 向う側は彼女たちの絶望につけ込み、才能という単語で釣ることで、少女たちを真正面から教育に向き合うよう麻痺させたのだ。来たる本物の才能のために、脇役として育てるために。

 

「コイツもアタシ同様に才能なんかねぇ。お前らが喉から手が出るほど欲しがってるのはコイツの中に眠る機能のことだろ?正直に言えよ。テメェはコイツみてぇなヤバイ機能の持ち主を見つけ出すために、片っ端からアタシらを連れ去っていた。んでコイツが見つかった。アタシらはコイツのための脇役。魔王へ近づくための捨て駒。違うか!?」


 アリスは沈黙している。“肯定”なのだろう。


「アタシらはただのその他大勢なんだろ!!!だがな、忘れんじゃねぇぞ!!テメェらのせいで、その他大勢であるアタシらの人生は狂わされたんだぞ!?」


「……」


「なんか言ってみろよ。《《向う側》》!!!」


 アリスは応えなかった。真実が割れたようだ。それでも、梨花はこの現実を受け止めることができなかった。


 ずっと自分を激励してくれた向う側が、ずっと自分を騙し続けていたなんて。騙されることには慣れていたはずだった。それでも胸が苦しい。こんな経験、人生で二度目だ。


「藤堂さん……」


 それほどの悔しさはなかった。それほど自分自身を呪いたい瞬間はなかった。

 真実に気づいてから、何度も自問自答した疑問。なんで今までずっと、何一つ疑わずに従ってきたのだろうと。


 やがて、小さなクスクスという嗤い声が前から聞こえてきた。


「何が、可笑しいんだよ……!!」

「いやー、こんなことキミたち学園の生徒に言いたくないけどーあんまりにもおバカさんで傲慢だなと思っちゃってついー」

「は?傲慢……?」


 真実を認め言い返せないと思っていたが、裏ではそんなことを考えていたようだ。どれほど自分らをコケにすると追求しようとした矢先、アリスの表情が豹変する。


「君、表日本の魔法も使えない女の子たちに同じこと言える?」


 瞳孔を全開に広げたアリスから、冷淡にそんな問が零れた。


「そもそもーアリスちゃんたちの言う“魔法の才能”ってのは、()()()使()()()()()()のことを指してたんだよ?別にキミたちが即戦力になるーちょー強いってわけじゃないよ?何々?勘違いしてたの?入学する前に教えたと思うんだけどなー。委員会がキミたちに日々激励を送ってたのはー、表日本の女の子たちはそもそも魔法すら使えないんだからキミたちには生徒会と同じ力量に至る資格があるってことを言いたかったんだよ?生徒会とキミたちで格が違うのなんて当然じゃんねー?」


「はぁっ……?」


 では、自分が信じていた才能は何だったのか。梨花が信じていた才能は、ただの言葉遊びだったというのか。到底信じられるわけがない。


「じゃあアタシは……なんのために……」

「でもでもー、なんだっけ?勇香ちゃんを優遇してる?そりゃ当然だよー。だって勇香ちゃんは《《超常的な》》才能の持ち主なんだもん!」


 才能に程度を付けること自体が、おかしいと思っていた。だが、才能という言葉がただ“魔法を使える少女”を表しているのなら、不覚にも納得できてしまう。納得はできるが、許せるはずがない。


「あっれー?なーんか思い出してきたぞー。キミってもしや、哀れにも勇香ちゃんに手袋を投げつけて、委員会の叔母様たちの特別講義を受けた子?それなら勇香ちゃんの才能は知ってるよね?アリスちゃんも熱いバトルしつかりと観戦してたよー」


「そ、そんなんでお前らの罪が……」


 唐突に、特別講義を受けた()()()の記憶がフラッシュバックした。密室で手足を拘束され、食事も与えられず、睡眠も排泄もまともに許されず、目を瞑ろうと思えば電撃を喰らい、目の前の大スクリーンで、魔獣が人間たちを襲いつくす光景を延々に見せられた。


 梨花は膝から崩れ落ちる。身体の力が抜けてしまい、反抗する気力が湧いてこない。思い出したのだ、目の前にいる存在が、鳥籠の中に囚われた自分を外から流れる存在が、どのような者たちなのかを。


「うーん。もう一人の子はちゃんと納得してくれたっぽいんだけどなー。なら仕方ない、ここいらでアリスちゃんが教えちゃいますか」


 アリスは、膝立ちで憔悴する梨花を見下ろすように仁王立ちし、左手を並木街道沿いの花壇に向けて翳した。そして、ワンアクションなしに歪な形をした手のひらサイズの礫をふわっと浮遊させた。


「恐怖の大王って知ってる?」


 アリスは礫を空高く放ると、それは梨花の周囲をぐるぐると浮遊し始めた。


「……や、やめっ……」


「奇跡とも呼べる確率で、空の彼方から飛来してくる激ヤバな存在のこと」


 礫は梨花を周回するごとにぐんぐんと肥大化し、数週で梨花の顔のサイズと同一の岩に成長した。 


「凄いんだよー恐怖の大王は。悪戯に飛来しては、地球の生態系を根こそぎ弄っちゃうんだもん。地球史における白亜紀の最期、地上を支配してた当時最強の生物、何だったっけ?その灯火を無抵抗のまま根こそぎ刈り尽くした一因も恐怖の大王だったね。向こうの世界では数少ない、この世界の魔獣並に命を奪ったヤツだよ」


「はっ?お前、何言って……」


「当然、人間の力どうこうではどうにもならない。ノストラダムスの大予言では、恐怖の大王が降り注ぐと地球滅亡って言われてたよね。実際、1999年には恐怖の大王によって人類が滅亡すると予言され、世界中で騒ぎが起こった。でも、全くもってその通りだよねぇ。恐怖の大王とはまさしく神の裁き。たかが人間どうこうの力で止められるはずがないんだから~」


 言い終えた瞬間、礫は重力を得て、梨花の数メートル先の街道に落下した。落下地点は街道が崩壊しており、小さなクレーターが完成している。


「ひぃ……!?」


 梨花はその衝撃に恐怖心が身を包み、涙目になってしまう。 


「そんで此方におわす勇香ちゃんはー、恐怖の女王なんでーす」


 アリスは満面の笑みで勇香の肩を掴み、己の肩と密着させる。


「ちょっと、あ、アリスさん……」

「恐怖の女王が()()にいるんだよ?死に物狂いで育てようとするのは当然!それでも分からないようだったら、もっと簡単な例で教えてあげるよ。今の時代、ガラケーとスマホを選べって言われたら普通キミは真っ先にスマホを選ぶよね?でも、お金に余裕があって、一昔前のスマホより超最新の機能を備えたスマホの二択だったら、普通のキミはどっちを選ぶ?」


「納得……できるか……」


  抵抗せんと立ち上がる梨花。だがアリスは追い打ちとばかりに告げた。



「残念!キミと勇香ちゃんとでは……」


 

 ──才能の()が、違ったんだよ。



 立ち上がったまま、梨花はその言葉に全身が凍った。今まで鼓舞してくれていた、そう思っていた相手に、自分と勇香の才能の違いを突きつけられたのだ。

 アリスは梨花の間近まで迫り、口に手を当てて嘲笑する。


「ぷぷぷぅーさっきまでの威勢が、一昔前の勇香ちゃん状態じゃーん」

「……っ」

「機能……がなんだっけ?勇香ちゃんがその機能を完全に自分のものにできればそれはもう本物の才能だよね?()()()()()()()()()をお持ちのキミごときでは、勇香ちゃんに挑む資格すらないってのはお気づきでない?」


「アリスさんもうやめてください!!」


 見兼ねた勇香が、アリスの手を引っ張って制止を試みる。「もー邪魔しないでよー」と言いながらも、嫌々ながら後退するアリス。次に勇香は責任感を感じたのか、一言も声を発さない梨花にオドオドと声をかけた。

 

「あ、あの……藤堂……さん」


 梨花は、声も出せぬまま視線を勇香に寄せる。


「何か言いたいことがあるから……ここに来たんですよね」


 奇跡的に向う側の特別授業から脱出し、向う側の目を盗んでここまで逃げ延びてきた。自分でも向う側の目を盗んで来たことに賞賛を禁じえない。それでも向う側の前に躍り出てまで、勇香と対峙したのには。


「言ってください」


 梨花は無言で勇香の眼前に迫る。その気迫に圧倒されたのか、勇香は縮こまってしまう。


「ひっ……!」


 だが、梨花は力の抜けたようにだらんと両手を下げ、頭を抱えた。


「はぁ……もうどうでもいいわ。この世界のこととか、どうなってもしらねぇわもう」

「え?」

「中身は鋼鉄なのに、表面は鉛の女王に救われる世界なんてあっても意味ねぇよな」


 梨花の一言に、勇香は声を失った。背後のアリスも無言で梨花を見つめている。


「成川はな」


「……?」 


「成川はな、お前が思ってるよりずっと、善良の世界に居る人間じゃねぇ。まっ、物事は早めが大事だぜ。捨てるなら急げよ」

「へ?」



 その言葉を最後に、梨花は去っていった。


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