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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
86/125

第79話 頂点

 “世界が畏れし存在”


 それが絵梨奈が委員会から聞いた、勇香の中に眠る力の正体だという。


 かと言って絵梨奈も初めは委員会の言葉をにわかに信じることはできず、先刻の陽咲乃然り、そんな大げさなの一言だった。しかしその後、絵梨奈、そして梨花は補助学生として毎日のように勇香の演習に同伴させられた。


 その人道から外れた演習風景、そして毎日のように繰り返される委員会の説法により、絵梨奈は次第にその言葉を“真実”だと確信するようになった。委員会はそんな勇香を、逆にその力で魔王を討伐せしめる最強の勇者──英雄に育て上げるらしい。


 けれど、絵梨奈には目に見えていた。あの誇り高き秩序の化身たる生徒会さえも、勇香の前には小鹿同然と委員会は断言した。


 もし勇香が、英雄と称される勇者へと成長した時には、この学園の秩序は、勇香という文字通りの化け物が君臨することで跡形もなく崩れ去るだろう。そんな勇香に太刀打ちできる生徒は誰一人おらず、学園の生徒は勇香の傀儡に成り下がる。

  

「もぅ……梨花の無事さえも考えられねぇよ。考えたら余計胸が締め付けられて……生きてる心地がしなくて……無感情に大人しく従ってることで、ようやくあたしを保てるんだ。でも、それも今日までだ。ヤツら、あたしが情報を漏らしてることにもう勘づいてるよ。あたしもお前もおしまいだ」


 絶望に声を枯らす絵梨奈。陽咲乃は、委員会を脅威的存在と認識していた。しかしそれは、過小評価であったと言える。一人の人間をこうまでも自我の損失寸前にまでに追い込む組織。彼らをただの脅威と認識するのは誤算だった。誤算すぎた。


『ちょ、ちょっと待って!アンタたちは勇香を……!!』


『お願いだから、邪魔をしないで』


 陽咲乃は委員会を過小評価した結果、あの時手を取ることを怠ってしまったのだろうか。


 いや、端から陽咲乃には、そんなことできるはずがなかった。


「勇香がそんな目に遭ってるなんて……止めなきゃ……止めな……」


 対等に戦うと、約束した。そのために勇香は、敢えて橋を渡ったのだ。


──止める。


『決めた!今度の生徒会選挙に立候補して、アタシは勇香の席を奪う!』


──止める……


『それで生徒会に入って、いずれは生徒会長の座に就いてやる!!』


「止め……られない」


『だから勇香も、それまでに力つけて、自分を変えなさい』



「止められない……よね、アタシ」


『胸張って、アタシと戦えるように、ね』


 陽咲乃は勇香を委員会という呪縛から切り離そうとしていた。


「約束したじゃん……アタシ……勇香と約束したじゃん、戦うって」


 けどいつしか陽咲乃は、自らの手で勇香を。


「じゃあ、アタシは……勇香を委員会に勇香を売り渡すために、あんな約束をした?」


 委員会という存在を、そして勇香という少女を最初から深く理解していれば、こんなことにはならなかった。あんな約束を交わすことはなかった。陽咲乃は最初から、委員会の盤上で踊る傀儡人形(マリオネット)だったのだ。もし勇香を止めれば、陽咲乃は自分から嗾けた約束を放棄することになるのだから。


「あっ、あああぁぁぁぁぁ」


 涙こそ流れなかった。けれど胸の中にひしひしと凝り固まった罪の意識に、陽咲乃は発狂する。ここでただ遠目から勇香を待っていたとしても、大切な友人を壊してしまう。だけど止めに入れば約束は放棄されるも同然。


「そんなこと……でき……ない……」


 運命を自分の手で描けばいい。陽咲乃は勇香にそう言った。しかし陽咲乃は、いつの間にか運命を委員会に預けていた。


 また、大切な友人が自分の手から消えてしまう。


「なぁ、どういうことだよ……」

「……っ!?」

「お前がアイツを委員会に渡したのか!?」


 一部始終を耳にしていた絵梨奈が、動揺して肩を掴んでくる。陽咲乃は抵抗する気力もなく、激しく揺さぶられる。


「お前、ダチじゃなかったのかよ!?」

「アタシは」

「なぁ、成川!?」

 答えは見つからなかった。どう足掻こうが暗夜に足を進めるだけの陽咲乃に、

()()()名乗る資格などないと悟ったからだ。


「お前は一体、何なんだ!?」


「アタシ、は」


 それでは今の陽咲乃は──委員会の手駒になり下がっただけの敗者。委員会によって化け物になった勇香に従事するただの下っ端。敗北した自身を表現する言葉など山ほどある。


「!?」


「アタ……シは……」


 それとも──


「アタシは、リー……」







『この世界は、理不尽に満ち溢れているんだ』


 いつか、あの人は言った。


『理不尽?』


『そう、理不尽は誰にでも降りかかり、いつ何時かと予知も無謀だ。そのくせ罪なき人間を簡単に辱め、或いは殺める。理不尽とは自然の摂理。僕たちの宿命であり、運命でもある。なくすことなんてできないんだ』


『じゃあ、どうして()()()()はみんなを護ろうとするの?』


『僕は思ったんだよ。なくすことができずとも。減らすことができるなら。この僕の手で、理不尽を肩代わりできるならって』


『……っ!』

『だから僕は成ったんだ。理不尽を滅する正義の盾にね。子供のころから、ヒーローに憧れてたってのもあるけど……もしかしてそっちがこの職業に就いた本当の理由かもな!』


 理不尽から一人でも多くの人を護りたい。この世のありとあらゆる理不尽を許さない。あの人が成し遂げたかった正義だ。


 成川陽咲乃はそれを、齢六歳で継承した。


 正義は陽咲乃の行動指針であり、希望であり、陽咲乃に巻きついた鎖。そして、陽咲乃が生徒会を目指す根源的理由だ。



「成川!?」

「アタシは……リーダー」

「……っ!」


 唐突に放たれたその言葉に、絵梨奈は息を止める。


「お姉ちゃんとお兄ちゃんみたいなリーダー。二人が振り上げた正義を、アタシも……」 


 成川陽咲乃には正義がある。あの人から受け継ぎ、正義を振る兄と姉の背中を、ずっとずっとこの目で見てきた。


「だからアタシは、正義に従って勇香を救った。友達になった」

「へ……?」

「最初は、みんなからあんなに嫌われて、惨めで、誰とも心を開こうとしなかったあの子」


 次代のリーダーとして。自らの掲げた父の正義を振りかざすリーダーとしての道。

 陽咲乃の想う、リーダーとしての像が。陽咲乃と勇香を繋ぎ止める原動力となった。


「アタシは、そんなあの子と、どうにかして友達になってやろうと思った」

「なんだよ……それ……」

「自己中だな、アタシ。結局何もかもアタシがお父さんに近づきたくて、お姉ちゃんやお兄ちゃんみなりたくて、勇香も……約束も……」


 けど、それでいい。だったらその自己中な自分で、一方的な正義感で、他人を救い、導き続ければいい。それが勇者としての、リーダーとしての、成川陽咲乃の凱旋道だ。


「ごめん、勇香」

 

 陽咲乃は詫びた。勇香を委員会から切り離すことで、約束を妨害してしまうことを詫びた。


「約束はした。だけど、自己犠牲なんてやり方で果たそうだなんて、好敵手のアタシが認めない」


「成川……」  


「アタシは勇者だ。勇者の宿命が誰かを救うことなら、アタシは勇者として、《《リーダー》》として……」


  躊躇う必要なんてもとよりなかった。正義を背負う陽咲乃の背中には。


「アタシが勇香を奪還する理由はただ一つ!リーダーだから、間違った道に進んだ友達を、アタシが放つ正義の光に連れ戻さないといけない」


 途端に絵梨奈を射止める穢れなき熱視線。陽咲乃はただそれを光とし進み続ける。


「自己中でもなんでもいい!アタシが一人でも多く誰かを救えるのなら、アタシの正義でとことん救ってやる!それが勇者だ!!リーダーだ!!!」


 己の決意を拳に込める。ぎゅっと一握りして前を向く。その視線の先には、陽咲乃の熱気にやられた絵梨奈。全身の力が抜かれたようにただ立ち尽くし、陽咲乃を眺めている。


「け、けどよぉ、お前だけで何とかなる問題じゃねぇだろ……」

「そんなの知ってる!だけど、それでもやらなきゃダメなんだ。だってアタシは勇者でもあり、リーダーだもん!」

「お前なぁ……」

「アイツらはあんたの言う通り、とんでもない標高の障壁だと思う。だけどアタシの正義は、リーダーとしての意地は、アイツらの理想なんかより遥かに先にある!エベレストよりもずっとずっと先に!」


 誰もが視認可能な正義の光。天井に着きそうなくらいに人差し指をビシッと立て、陽咲乃は宣言する。


「だからお願い。それまで、壊れないでいて」


「は、はは……お前見てると、委員会に神経潰されてる自分が馬鹿らしくなってくるぜ」

「安心して、勇香を救った後はあんたの番だよ。心を楽にして待ってなさい」

「応、ちょっとは期待しとく……リーダー」 


 絵梨奈は恐怖をも忘れたような無垢な瞳で陽咲乃を見つめた。


「……っ!アタシ、行ってくる!!!!!」

「あぁ」


 ──託された。陽咲乃はこうしちゃいられないと計画(プラン)を即決し、一足先にトイレを後にした。


 *


 陽咲乃の背中を見届けた絵梨奈。絵梨奈は段ボールを抱えながらトイレを出る。


「ちっ、待ち伏せしてるかと思ったけどいねぇのかよ」


 連絡棟の廊下は人の気配すらない。陽咲乃の熱弁を聞いてる間に時が経っていたのだと感心する。然り、刻限はとっくに過ぎているのだ。この先、委員会に何をされるかも知れない。どんな地獄を見るのかも分からない。


「救ってくれる、か」


 それなのに絵梨奈は清々としていた。陽咲乃が自分を救ってくれる。この地獄を待つ自分から救いの手を差し伸べてくれる。いつか、必ず。

 

「成川。がんばっ……」


 プツン


 首筋に、注射器の針が刺さったような微小の痛みがした。それを最後に、絵梨奈の意識は途切れた。倒れた絵梨奈の背後では、魔法具を投げた術者が悲壮気な顔を浮かべて。言った。


「ごめん絵梨奈。まだアタシは、運命を踊り狂わされるわけにはいかないの」


 ダーツの矢を模した投擲型の魔法具。その効果は催眠効果に加え、数十分程度の記憶消去という盗賊職にとっては有用な付属効果を有する。


「じゃ、行ってくる」


 術者は絵梨奈を超えて急ぐ。向かう先はエレベーターホール。



 ──



 ──



 ──



 ──私は一度、死んでいた。死んだはずだった。



 ──死ぬべきだった。


「というわけでー。今日からいよいよ魔法の極地、上級魔法を学んでいくよ!」


「……よろしくお願いします」

「おやおや~?勇香ちゃんどったの?そんな真夏のコンクリートを這うミミズみたいな返事して?死んでる?おーい聞こえますかー?アリスちゃんですよー」


「……」


 カズラノ村での一件から三日後。一時限目は数日ぶりのアリスによる魔法実習だ。

 

 

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