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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
85/125

第78話 暴露

 キーンコーンとエレベーターの到着を告げる陽気な鐘が鳴る。

 それと同時にエレベーターから揉み合いになりながら飛び出してきたのは、血相を変えた形相の陽咲乃。そして、陽咲乃に襟首を掴まれて慌てふためく黒髪の少女、絵梨奈だ。陽咲乃は学院棟へと続く廊下に人がいないことを見計らい、絵梨奈を引っ張り上げたまま学院棟とは反対方向のトイレに連れ込んだ。


「ちょ、離せって!!!」

「いいからこっち来い!!」


 奥の壁際に絵梨奈を叩きつけ、陽咲乃は壁に手を押し当てたまま絵梨奈を睨みつける。


「あ、あたしに何の用だよ」

「分からないの!?アンタなら想像つくでしょ!!」


 陽咲乃の威圧的な尋問にも、絵梨奈は目を逸らしながら投げ槍に(うそぶ)く。


「か、勘弁してくれよ。こちとら忙しいんだよ」

「忙しい?……あんた今何してんの?」


 陽咲乃はまず自身の昂ぶりを落ち着かせると、棒立ちで問うた。


「あ、委員会(アイツら)の下で奉仕してるんだよ。そうすれば全部チャラにしてくれるって」

「奉仕って……」


 梨花から得た情報によれば、梨花と絵梨奈は勇香に決闘を仕掛けたことが委員会に見つかり、処罰を受けたと聞いた。梨花の言動を察するに、彼女は何かしらの方法で逃げ遂せたものの、絵梨奈は委員会に残らざるを得なかったようだ。


『まっとうな人生を歩んできたあいつには耐えられなかったよ』


 そして、梨花は絵梨奈の現状についてこう残して消えた。


「ねぇ、アンタら決闘の事バレて大目玉食らったんでしょ?何かヤバめのことされたの?」

「な、なんだよいきなり……」

「奉仕って言ってたよね?勇香が受けてる委員会の教育ってヤツ、アンタ加担したりしてない?」


 どんな立場とは言え、絵梨奈は勇香の現状を知るためのキーマンとなる人物なのは間違いない。とはいえ口封じされている可能性も拭いきれないので、まずは遠回しに、


「……っ!?!?!?」


 絵梨奈の答えは、黙秘も虚言も想定に入れていた。けれど実際の反応は、想定の限り最悪なものであった。


「ちょっと大丈夫!?」


 呼吸が乱れ、トイレだというのに蹲り、発狂する。まるで精神の壊れた人間のように、その固有名詞に搔き乱され、戦慄する。まるで、かつての虐めにすすり泣く勇香のようだった。陽咲乃はそんな梨花に手を差し伸べようとすると、絵梨奈は涙に濡れた弱弱しい面持ちで陽咲乃を見上げ、苦し紛れの掠れ声で返した。


「な、なんもされてねぇよ……」

「今の反応でよくそんな嘘吐けたね」


 陽咲乃が背中を摩って呼吸を落ち着かせると、今度は先刻の取り乱しが嘘だったかのように絵梨奈は澄まし顔で言った。


「本当だ。何もされてない」


「絵梨奈」


 絵梨奈の異質な表情の変化。少なくとも、今の絵梨奈は陽咲乃が数週間前に関わっていた絵梨奈とは異なる。魔法によるものか、“ヤバめの何か”の結果か。前者なら追求はほぼ不可能だ。


(まっ、そんなことあり得ないけどね……)


 どちらにせよ委員会に何かされたと考えるのが妥当だ。その後絵梨奈は、置き捨てられた段ボール箱を抱え、陽咲乃に背を向けた。


「わ、悪いな。遅れちまう。話ならまた今度で」

「はぁ、委員会にどんなことされたんだか知りませんけどねぇ、今の状態のアンタを大人しく行かせると思った?ちょっと乱暴されたくなければ投降をお勧めするけ

ど」


 陽咲乃の忠告も、絵梨奈は無視して足を進める。だが見逃されるはずもなく、陽咲乃はその肩をガシッと掴んだ。もう逃げられない


「もう少しで講義始まる時間よね?アンタ、次の時間“魔術師基礎実習”の講義入れてなかったっけ?」

「欠席だ。奉仕のためにな。委員会の方から担当講師に連絡も行ってるはずだよ」

「開始五分前。実習の場合、だいたい補助学が実習用具を各実習場所に持ち込む時間帯。学園ではそれが時程として決められてる。そりゃ遅れたらだめだよね。規則に厳しい委員会の下でなら」


 核心を突いた陽咲乃は、さらに語気を強めて尋ねた。


「ねぇ、やっぱりなにかされたんでしょ?いい加減話しなさいよ。ここならば委員会(アイツら)の目はないんだから」

「ち、違ぇ……」

「勇香に話を聞いた時は、担当の教師がクソだったってことしか話が広がらなかったけど……あの子はよく自分の感情が顔に出るからね」


 次に陽咲乃は、絵梨奈の胸に手を当てて懇願する。絵梨奈は下を向いたまま、その場を動こうとしない。


「大丈夫、あんたが今何を言おうとも、アタシは誰にも口外しない。アタシはただ、勇香を救いたいだけなの!!」

「……」

「梨花にあらましを聞いて、なんとなくあんたがアイツらにされたことは想像できる。アタシは代表委員……いいえ、いずれ生徒会の一員として皆の前に立たなければいけない」


「……っ」


「あんたたちのことはいけ好かなかったけど、それでも同学年の、同じ時代に同じ運命を押し付けられたあんたの苦痛を知ることがアタシの責務なの。だからお願い、話しをし……」


「……怖いよ……あたし……」


 絵梨奈は嗚咽も交え、その声は声にもならないくらい透けていた。けど陽咲乃の耳にははっきり届いた。


「いつも、アイツの演習風景を間近で見るんだ……あんなの……人間の所業じゃねぇ!!あんなこと、許されてたまるか……指導してる奴らも……そいつらに平気でついて行ってるアイツも……この世界では普通なんだろうけどよぉ……でもあたしはもぅ……限界だ……」


 震えが顕著になる。絵梨奈の声はいつの間にか、つんざくようにボルテージを上げる。


「迂闊なことしたら、殺される……!?」


 突如、絵梨奈はぐるりと振り返り、陽咲乃にずんずんと近づいた。そして、ガクガクの両腕を陽咲乃の両肩に乗せ、涙ぐみながら懇願した。


「なぁ、梨花にも言っといてくれよ!!アイツには手を出さない方がいい!危険すぎる!!」

「何……そんな勇香が魔獣みたいなことを言って」

「魔獣以上なんだよ!!アイツは!!!」


 絵梨奈の言葉の真意を、陽咲乃は掴み取ることができなかった。勇香の勇者としての実力は、授業風景を一度も覗いたことのない陽咲乃には想像つかない。けれど、あの勇香が……三日前まで陽咲乃と笑顔で昼食を共にしていたあの少女が──少女の内に、魔獣を凌ぐ強大な力が眠っているなど、到底信じることはできなかった。絵梨奈は続けざまに迫った。


「成川。お前、アイツとダチだっただろ?」

「う、うん」

「なら止めてくれよ。アイツが化け物になる前にさ!!」

「ねぇちょっと。よく分からないけど、そんな大げさな……」

「大げさなんかじゃねぇんだよ!!お前は何も分かってねぇ!!今ここで断言してやる!!アイツは化け物だ!!!」


 暴言を吐いているようには見える。勇香を罵倒しているかのようにも。それでも絵梨奈の声には、《《それを》》信じ込まされているように陽咲乃には読みとれた。そう、それを教え込み……脅迫した、ひとつの集団によって。


「ねぇ、勇香がどこにいるのか知ってるの?」


 陽咲乃は優しく絵梨奈の手を離し尋ねた。


「そ、それは……」

「そこで、勇香は何をされてるの……?」

「……っ」

「教えてくれないと、アタシは勇香を……いや、勇香を化け物に仕立て上げようとするアイツらの暴走を止めることができないよ」


 絵梨奈は黙ったままだった。やはり口止めされているようだ。絵梨奈の心情を理解してか、陽咲乃は目線を絵梨奈にまで下げて、


「ここで秘匿すれば、あんたの身のためにもなるかもしれない。でも、それじゃ今を逃れられるだけだよ。勇香を止められなかった場合、アタシたちに何が起きるか分かる?」



「……っ!!!」


 陽咲乃は委員会のやり方を逆手に取り、絵梨奈に詰問した。


「分かってるなら、教えてよ」


 絵梨奈は沈黙した。自分の胸中と葛藤しているのだろう。そのまま、数分の時が流れた。陽咲乃も諦めかけた、その時。


「あたし……あたし……」

「絵梨奈……?」

「あたし……もう、何度見たか分かんねぇよ!!アイツから流れる血を!!!」


「っ!?」


 叫び散らすように暴露した絵梨奈に、陽咲乃は全身が凍りついた。


 その後は、絵梨奈の独壇場であった。陽咲乃はそれを、黙然と耳に入れる。演習のこと、草資のこと、魔獣人形のこと。話を聞く度に、身体の体温が下降する気がした。


「そんでよぉ、委員会の奴がアレを起動させるたびに、何体……?いや、何十体もの魔獣人形がアイツに襲いかかって……アイツが魔獣に喰われて瀕死の重傷を負うまで……人形は止まんなくて……もう見てらんねぇよ……」


 そして、自らの罪を自覚した。


「……っうそ」


 ──陽咲乃は、約束をした。


「あたしは……一日に何回か補助学として現場に行かないといけなくて……目を瞑ったら、罵声を浴びせられて……英雄の成長物語を、その眼で受け止めろって……」


 約束をした。


「そんなの止めな……」


 約束を、した。


「あ、アタシ……」






 成川陽咲乃は継承する。

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