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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
82/125

第75話 保険

 勇香の懇願通りに、村長の男は村人全員を広場の中央に集めさせた。それもただ集結させるだけではなく、彼らをぎゅうぎゅうと中心に押し込むように。それも唐突に命令されたので混乱する村人たちを他所に、勇香はそんな彼らに輪を作らせ中心に立つ。


「これから、何を?」

「ちょっと高いですが、我慢していてください」


 一部始終を困惑して見ていた男に、勇香は残された左手を地面に付けながら応えた。そして目を瞑り、身体の中の魔力の胎動を直感で感じ取る。


(集中……)


 心配性と馬鹿にされるかもしれないが、今回の襲撃、はっきり言って現役の勇者や老婆がいたとて、村人を全員を確実に護り切れるとは言い切れない。相手がいくら獣級の汎用魔獣であれども、それは変わらない。確実を遂行するためには、相応の手段が必要なのだ。


 左手に流入した魔力を確認すると、次に勇香は、閑話すら掻き消すほどの大声で唱えた。


 「命じる(コマンドセット)──アイスウォール&機能付加(エンチャント:ロール)拡張(エクステンション)】!!!」


 その瞬間、勇香を中心とした村人たちの立つ地面が急激に盛り上がったかと思えば、そこから円形広場の半径をも覆い尽くすような氷塔が伸び始めた。ぐんぐんとそれは伸び続け数秒後、そこには崖すらも超越するほどの巨大な孤塔が完成した。


「これは……」

「どうか、死なないでください」


 いきなり景色が一変したことで、驚嘆にざわつく村人たちを一瞥すると、勇香は颯爽と飛び降りる。


 ロウの案内で得たカズラノの概要。この村は、わずか数センチの高低差もない平坦な立地に位置している。そんな地形の中でシェルターや防空壕的な施設もないとなると、彼らの避難先は必然的に背後の崖の上か屋内に限定される。しかし、崖の上に村人を避難させたとて、崖側から魔獣の襲撃を受けたら意味がないし、屋内の場合であれこの村の住居は皆掘っ立て小屋のように非常に古典的な設計のため、とてもじゃないが立てこもるには不向きだ。唯一頑丈そうな村長宅も、村人全員を収容できる広さはない。なので勇香はこの氷塔こそ、使い慣れており最も確実な手段だと見込んだ。


命じる(コマンドセット)──ワールウィンド・ストライク!!!」


 地面につく寸前、勇香は中級の風魔法で大地に底の深い大穴をぶち空け、そこに水魔法を噴射。さらに我武者羅に風魔法を放ち、風力を使ってゆっくりと降下すると、水の中に飛び込む。


 ぷはぁと水面から顔を出す。びしょぬれになりながらも、一連のスムーズな流れをやってのけたことに、勇香は。


(あ、案外右手と同じ要領でいける!)


「突飛な発想ですが、あなたらしい防衛策です」

「あ、ありがとうございます」


 そこへ、炎を携えた小枝を持った老婆が駆けつけた。老婆は魔法で炎の威力を上げると、冷え切った勇香の身体に近づけて暖める。


「少し時間が早いですが、そろそろ勇者隊が帰還する時刻でしょう。あなた様は正門へ向かい、彼女らと合流なさい。彼女らには話をつけてあります。きっとあなた様を歓迎してくれるでしょう」

「先生は?」

「私は村人の防衛を仰せつかっております。これでも元勇者ですので、あなた様の成長をただ見ているだけとはできません。老杖ですが、あなた様がお造りになられた避難塔、必ずやお護りいたします」

「わ、わかりました。よろしくお願いします」


 暫くして身体が渇くと、勇香はぺこっと頭を下げて、正門へ向かおうと立ち上がる。その直後、

  

「あなた様」

「はい?」


 勇香は、老婆に呼ばれ振り向く。


「立派な英雄におなりください」


 老婆は、微笑みをさらに崩してそう鼓舞した。


「は、はい!」


 勇香はきりっとした顔で老婆に頷き返し、広場を駆けだした。



「……委員長、見ていてください」




 村人は村長の教えには従順らしく、人の奔流で溢れかえっていた村一番のあぜ道も、今は廃村かのように閑散としている。一応まだ残っている村人はいるかと、辺りを見回しながら勇香は一人、正面の門へと突き進む。 


(大丈夫、私は大丈夫……)


 その仕草は、緊張から逃れるためでもあった。さっきからずっと胸がざわついてしかたないのだ。


(うまくやれるはず、左手だけでも……)


 時折勇香は、残された左腕を一瞥して己に言い聞かせる。逆に右腕を見たら恐怖心を抑え込めなくなりそうなので、制服の袖に隠しており、視界からも随時外している。


 現役の勇者と共闘することへの恐怖。そして確実性のある保険は造ったとはいえ、拭いきれない最悪の仮想未来。その時には間違いなく、老婆や村人たちの期待を裏切ることとなるだろう。


(行かなきゃ、この村の未来のために、私の未来のために)


  勇香は駆けた。周りの音すら聞こえない程に、無心で門へと続くあぜ道を駆けた。劣等感も、後悔もいらない。必要なのは決意だけ。


 護ると誓ったのなら、約束を果たすと決めたのなら。今はただ、駆けるだけだ。


 後悔しないために、自分の中の卑屈を露出させないために。

 勇者と合流した後でも、左手を失っていても、誇れる英雄で在れるように。


 *


 放課後、学園のエントランスに人が増え始める中、白柱にもたれかかり、二人の少女が会話している。顔見知りの一年生だ。


「最近あの子見ないね」

「あの子って?」

「ほら、転校して数日で生徒会入りしちゃった」

「あぁ……ムカついたから、記憶から消してたわ」


 冷めたような声は、関心が薄れてきたことを示しているのか。


「せめてアイツの持つ才能ーを見せてくればいいのに」

「ねぇー。そうすればあの二人みたいに納得できたかもだしー」

「見せないってことはやっぱりなんか事情があったとか?」

「梨花の言ってた親からの圧力って、案外本当だったのかも」


 噂話を会話の肴に、嗤い合う二人の少女。


(そんなわけ……ないでしょ)


 でっち上げたような内容に多少の目くじらを立てながら、陽咲乃はすっとその少女たちの横を通り抜ける。


「陽咲乃もあんな顔するんだ」

「変わったよね陽咲乃。なんかここ数週間で」

「アイツと関わっちゃったから?」

 

 帰り際の生徒たちとは対極に、俯きながら階段を登る陽咲乃。脳裏には、あの日の勇香の言葉がひっきりなしに再生されていた。

 

『お願いだから、邪魔しないで』


 自分の行いは《《正義》》だと信じていた。それは今も変わりない。しかしその正義が、結果として勇香との軋轢を生んでしまったのは事実。


 あれから勇香と三日も顔を合わせていない。意図的ではなく、学園内のどこを捜そうが、勇香の姿が見当たらないのだ。代表委員会の仕事があるというのに、毎朝勇香の家に駆けこんで扉を叩いたりもした。それなのに、家の中が蛻の殻かのように反応がない。


 勇香側が意図的に避けている?いいや、その理由は火を見るよりも明らかだ。


(学園統括委員会が、勇香を何処かへ隔離している)


 ついに、強硬手段に出たということなのか。しかしなぜいきなり。


(冷静に考えろ。勇香をアタシたちから隔離したのは間違いなく不干渉と独占。委員会とは相反する思想を持つ人間から勇香を切り離すため)


 悔しくも、梨花の言葉と未来が重なろうとしている。だがそうなると、一つの矛盾が生じてくる。


(じゃあ、委員会は何故勇香を生徒会に……)


 勇香を生徒会の一員とした目的は、生徒会総出で勇香を最強の勇者へと育て上げるためのはずだ。確証はないが、それは陽咲乃にも推測できること。しかし直近の勇香を見ている限り、勇香を教育しているのは生徒会ではなく紛れもなく委員会。


(それに……)


 数日前の昼食時に、勇香は自身の今の生徒会の状態についてこう語った。


『私は、特例で免除されてるから』


 言い換えれば、勇香はここしばらく生徒会室には足を運んでいない。


(生徒会は委員会とは違う……聖奈も麻里亜先輩も間違いなく委員会の“やり方”には賛同しない相反する側……もちろん会長も……ということは、生徒会は使い物にならないって方針変換したってこと……?冗談じゃない!どれだけアタシたちを馬鹿にして!!)


 勇香への扱いを通り越して、学園を我が物のように支配する委員会の手口に激昂しかけるが、階段の手すりをぎゅるっと掴んで昂ぶりを霧散させる。


(違う、あの委員長がそんな至極単純な理由で方針を変えるはずがない。代表委員でほんの少しだけど傍目に見る機会が多いアタシには分かる)


 こればっかりは、委員長に直談判して真相を聞くしかない。だけど生徒会にすら所属していない陽咲乃が、あの委員長と軽々接触できるはずがないだろう。

 

(……一体……なんの、ために)


 *


 正門へやってきた時には、太陽は地平線に沈みかけていた。


(ついた、正門)


 人の姿はほとんどいないが、物見櫓には衛兵の姿が伺える。


(衛兵はまだここにいる。魔獣が来たらすぐにあの人たちも退避させないと)


 そう思いつつ、正門から外に出てみる。そこには、これから魔獣がやってくるとは到底信じられないくらいの静けさがあった。人の声も聞こえず、耳に入るのは目の前を流れる大河川の激流だけ。それが夕暮れのこの時間と絶妙に相まっている。この緊張がなければ景色に黄昏てしまいそうだ。


(勇者は、戻ってきてないみたい)


 勇香はキョロキョロと辺りを見渡すと、緊張を取りほぐすために大きく息を吸う。山の中の澄んだ空気は、この緊張もすぐに取り解してくれる。


「ふぅ……よし」


 おもむろに、左手を突き出す。時間はまだたっぷりとあるのだ。勇者隊と合流するまで、左手の正確性も確実なものにしよう。


(私は……)


 精神統一。目を瞑り、左手に流れる魔力の胎動だけに注視する。

 その時──


(地響き?)


 地面が小刻みに揺れている。どうやら勇者隊が戻ってきたようだ。この振動だと馬車に乗っているのだろう。


(勇者隊が戻ってきたみたい……)


 訓練をする暇はないようだ。後でひっそりと行うしかない。


(大丈夫、私なら……)


 開けたくなかった。この姿を見て、唖然とする勇者の顔を直視したくなかった。

 しかし、時間は否応なしに過ぎていく。そんなままではいられない。



(私なら、いける、大丈夫……大丈夫だから……)


 勇香は意を決して──





 この世界は残酷だ。平和など、神の悪戯で簡単に崩れ落ちる。



 すなわち、景色に恍惚となる。瞼を瞑る。自己暗示に耽る。



 この世界では、それら全ての動作が、《《油断》》となり、死となる。 




 勇香が目を開くまでの刹那。




 大地の悲鳴、どよめきと轟音。


 村の大部分を落雷のような亀裂が縦断。勇香が立つ正門ごと地面が陥没、または隆起。

 

 その連続発生により、大地は瓦解。家々は軒並み原形を崩す。ついには村のほとんどが大穴に消失。それにより未登録居住区カズラノ、事実上の崩壊。



 夜の帳に包まれた数時間後、そこからニュッと、大腕が剥きだした。


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