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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
81/125

第74話 期待

「先生」


 村長の男との話を終えた老婆は、村人に現実を告げるという男と別れ、一人ログハウスの前で広場の様子を傍観していた。そこに小走りで勇香が来ると、老婆は手招きして広場から少し離れた路地に連れて行った。


「あ、あの」

「カズラノの案内は終わりましたか?」

「は、はい」

「そうですか。フィールドにおける地形や障害、建造物を事前に把握することは、戦闘において少しでもこちら側を有利に進めるため、とても重要な下準備なのです。これからもお続けください」

「あ、ありがとうございます」

「ですが予期せぬ事象(イレギュラー)、例えばたまたま居合わせた村で突発的に戦闘が発生してしまった場合、そのような把握がままならない時もございます。予期せぬ事象でも柔軟に対応できるよう、瞬時の状況判断力をお高めください」


「あの、先に来たという勇者さんたちは?」


 老婆は少し間を置いた後、ニッコリと微笑んで応えた。


「彼女らも村の全容を把握したのち、村周辺で警備の任を仰せつかっております。勇者は常に防衛優先。現地人と戯れている時間はございません」

「そ、そうですか……」

(よかった……)


「お会いになりますか?」

「えっ、いや、あの……それは……」


 勇者の卵として、現役の勇者に同行するのは非常に勉強になるだろうが、こんな姿見られたくないという想いが先行し、引け目になってしまう。


「腕が気になりますか?」

「あっ、はい。利き腕じゃないので……ちゃんと魔法を撃てるかなって……」


 老婆を心配させまいと、勇香は建前としての弱音を吐く。


「あなた様は紛れもなく我らの英雄です」

「へ?」

「どうか、自身を悲観的に見るのはおやめください」


 が、老婆には見抜かれていたようだ。


「でも、私は……」

「自分の力を矮小に評価するのは成長の妨げとなります。事態を肯定的にお受け止めください」

「どう、肯定的に受け止めろと……?」

「左腕はまだ残っている。これだけでも大きなアドバンテージです。両腕を、四肢を、時には命を失うのだって特別ではない。戦とはそういうものです」

「先生は、片腕だけの私をまだ才能の塊と信じているんですか?」

「えぇ、もちろん」


 老婆は、屈託のない笑みで頷く。


「そんなこと……そんなこと、って……」


 向う側は、勇香が真の英雄になるための最高の教育を施してくれている。今回だってその一つ。それを右腕を失ったとて続行するのには、負傷したとて向う側が期待してくれているという事だ。何故、期待なんてできるのだろうか。


「今回の演習が終了し、学園に戻った暁には、最高位の治癒魔術師の手で右腕を復活させます」


 塞ぎこむ勇香に、老婆はきっぱりと告げた。


「え?」

「しかしそれは今ではない。どうか今は、あなた様が選んだ道を信じて、そして我らが差し伸べた道を信じて進んでください。あなた様にはその資格がある」


 老婆はそのまま、路地を出て広場に向けて突き進んだ。勇香も複雑な気持ちのまま付いていくと、そこにいた村人の視線が一斉に勇香へと傾いた。


「いたいた、あの子が勇者?」

「ねぇ、勇者ってあんな小さい子なの……?」

「あんな子に私らの村が……」

「でも村長が言うには、“生徒会”っていうこの世界でいっちばん強い勇者の集団なんでしょ?」


 どうやら、今回の襲撃がようやく村人に伝わったみたいだ。片や、華奢すぎる勇者を心配する人々。片や勇者という未知なる存在に目を輝かせる人々。これから起こる災厄に震える者は誰一人としていない。


「魔獣が近くに迫っているというのになんという活気さ。他の村にはない、ある種表日本のような平和が此処にはございますね。それゆえに危機意識が著しく欠如している。この世界で生き抜いていくにはさぞ不向き」


 夕暮れで空が赤く染まる。その下で談笑に耽る村人の姿を、老婆は諦観する。


「生徒会の一員かぁ、どんな力持ってるんだろうねぇ」

「村の男たちよりも強いのかね」

「そりゃ強いじゃろ。あの魔獣を倒せるもんなんだろ?」


 勇香に次々と突き刺さる淡い眼差し。勇者という存在を、魔獣という存在を知らない彼らの期待。それゆえに、勇香はいくつもの最悪の未来を想像してしまう。


「アツヤの仇、討ってもらわないとね」

「えぇ、勇者様なら必ず」


 勇香からそう距離もない広場の一角。ロウの母と、その隣にいるのは祖母らしき杖をついた高齢の女性。彼女らとって、魔獣はおろか勇者も未知数だ。それでも、勇者の勝利を確信している。

 

 沸き上がる重圧(プレッシャー)


「あ、あの……」

「なんでしょう?」

「村の方々を他の村へ避難させることはできませんか?それか私たちの手で地下に巨大シェルターを作るとか」


 今回の襲撃。それを迎え撃つ者たちの中には勇者隊もいれば、あの双顎蛇狼を魔法で一掃した老婆もいる。仮に勇香が左腕で魔法を使いこなせず、皆の足手まといになった場合でも、彼らがいれば村人の被害は抑えられるはず。

 しかし、彼女らの中にも油断は内在するもの。それは今日一日で痛いほど身に染みた。では、その油断を加味してまで、村人を確実に護り抜くにはどのような下準備が必要なのか。


 そう、“保険”だ。


「そのような暇はございません。カズラノと一番近い学園でも四時間の距離があります。護衛しながら村人全員を学園へ誘導するには、勇者隊と合流したとて当然無理があるでしょう。それよりはこの広場の一点に村人を集め守護する、後は討伐に徹すれば此方が自由に動けます。今回の魔獣は獣級ですので、それで十分でしょう」


 勇香からの提案を老婆は淡々と分析する。


「ねぇお母さん!勇者さんが私たちを護ってくれるの?」

「え、えぇ……そうよ!心配しなくても大丈夫よ。勇者様が私たちを護ってくれるわ」

「やったぁ!」


 油断は時に絶望へと流転する。勇香の場合、この片腕の姿こそ絶望に等しい。だからこそ、これ以上の油断は許されない。


(……変わらないといけないんだ、私。この絶望的な身体で村の人たちを守ることこそ、向こう側は強くなるための好機だと言いたいんだ)

 

 勇香はこれまで何度も、絶望を味わって来た。決闘に敗北を喫し、魔獣戦には何度も死を味わった。そして今回も……それら全てが絶望だ。


(いや、絶望なんかじゃない。決闘する前までの私なら、間違えなく今の状況は絶望だった。でも私は経験(ちから)を得た。たくさん痛みを味わって、自分の弱さを嘆いて、強くなろうと足掻いた。この状況は絶望なんかじゃない)


 たくさんの絶望を味わって来たからこそ、これからは希望へ進む。絶望はもう必要ない。


(応えなくちゃ。ロウさんとの、お父さんとの約束、果たさなきゃ)


 勇魔獣の侵攻目前だというのに、村は喝采に溢れていた。村人がこんなにも期待してくれている。こんなこと初めてだ。羨望ではなく、こんなに大勢の人々が期待の眼差し勇香を見ている。こんなの……初めて。

 

 これ以上、じっと見ているわけにはいかない。


(後ろ向きな私なりに、何か今できることは……)


 今更だが、地下に巨大シェルターを掘る魔法なんて到底思いつかない。なので、勇香は今の実力でなんとか他の勇者と共に村の住民を護り抜く必要がある。やはり保険が必要だ。


「あの、村の一番偉い方はどちらですか?」

「あそこにいる無精髭を蓄えた老紳士です」

「あ、ありがとうございます」


 勇香は老婆から村長の男の居場所を聞くと、老婆が指を刺した男に駆け足で向かう。


「な、なぁ……」


 途中、ロウが勇香に声をかけるが、勇香に聞こえることはなかった。


 勇香はくいくいと男のシャツの裾を引っ張って声をかけた。


「あ、あの……」

「何でしょう?勇者様」

「村の方々を……一つの場所に集めてくれませんか?」



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