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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
80/125

第73話 予感

「それは……本当に真実なのですか……?」

「えぇ」

「その……意味は……あなたはその意味を理解しているのですか!?」

「理解するしないか、そんな問答を繰り広げている猶予はありません……我らとしても非常に痛手、由々しき事態です」


 村長の命により、駆けつけた村人で密集するカズラノの中央広場。その一角、村長が暮らすログハウスのような渋茶の家の前で、村長である無精髭を携えた老齢の男は、老婆の無情な言葉に目を揺さぶりながら膝から崩れ落ちた。


「カズラノへ向かっていた勇者隊は、道中のたまたま居合わせた村で魔獣の急襲に遭った。そして勇者隊の中では転送系統の魔法を得意とする者は誰一人いない。最悪の展開としか言いようがございません」


 絶望に打ちひしがれる男にも、老婆は突き放した真実たる言葉を繰り返す。


「襲撃予定時間内に到着できるかは不透明。しかしこれが本来、この世界で、この残酷な世で生きる我らの宿命なのです」


 老婆は口調こそ冷淡ではあるが、この世界の現実を確かな証左として訴えた。この世界で生き続ける限り、平穏無事はあり得ない。希望は簡単に絶望へと流転する。それはカズラノの村人であるロウの父親が命を削って証明したはずだった。

 それでも男は、一握りの希望に縋りたいようだ。男は必死に老婆のスーツの裾を握って懇願する。


「学園から勇者は呼べないのですか!?いや、近くの村でもいい!!誰か、誰か一人だけでも!!!」


 老婆は二回だけ首を横に振ると、掴んでいた男の手をそっと離す。


「学園近辺は魔獣の巣窟。駐在中の勇者をむやみに此方へ寄越すことはできません。長年魔獣が一度(ひとたび)も訪れなかった此処とは訳が違うのです。ご容赦を」

「で、では……!!」

「近くの村……それはなおさら荒唐無稽な要望でしょう。あなたならお分かりですよね?」


 老婆の問いかけに、男はなお打開策を練ろうとも思索するが、敢え無く引き下がった。カズラノ村を中心とする周囲の村々、いやその地域一帯には、これまでその境界線に巨大な障壁が築造されていたかのように、何故か魔獣が一匹たりとも寄り付かなかった。それにより討伐に勇者が訪れることはなく、勇者も村の存在を把握できず、村人でさえ勇者を知らない者もいた。男ですら、今回の襲撃がはたして本当なのかと半信半疑になるくらいであるが、村人はそんな疑いも持つことすらできないのだ。


「しかしながら、皆無というわけではございません。半月ほど前、付近の一つの村に、初めて襲撃が確認されました。その際はたまたま居合わせた我が学園の生徒により食いとめられたのですが」


 老婆はその言葉で話を結ぶと、男に視線を突き刺した。


「一つ、あなた方に苦言を呈しましょうか」


 膝立ちの男は、ビクッと肩が震えた。


「その村は、“魔獣”という単語だけでも村人中に浸透していましたし、地下に避難所も備わっておりました。“有事”を知らない村人のために、この世界の現実を知っている村の長老たちが事前に行動していたのです。それに引き換え、あなた方は……」


 言い返す言葉もない。男は口を噤んで冷や汗を垂らした。

 それを見て、老婆は更なる追い打ちをかける。


「一体いつまで、“平和”という夢物語に陶酔しているおつもりで?」


「それは……その……」


 ロウの父親の一件は老婆を通じて男の耳にも入っている。しかし、現実を知っている男なら、父親とロウを村を出発する寸前に、二人を食い止めることができたはずだ。けれども事実として父親は死んだ。男は現実を知っていながら、村人たちにそれをまともに伝えようとしなかった。老婆には男の態度でそう読みとれたのだ。ブルブルと震えあがった男を見ると、老婆は一息ついて言った。


「まぁいいでしょう……私はあなたを叱責にやって来たわけではありませんから。本分はあくまでも守護、ですので」

「学園の生徒は、呼べないのですか?」


 と、男は思索していたような顎に手を当てる所作からいきなり立ち上がると、老婆に向かって強く言い放った。


「誰でもいい!戦力になれるものなら誰でも!!どうか!!!」


 おおよそ、たまたま居合わせた我が学園の生徒という老婆の言葉を引きづっていたのだろう。男の懇願に、老婆は。


「一部を除いて、大切な卵を羽化前で失おうだなんて、今は毛頭考えておりません。ですので先行調査に参った我ら二名で討伐することになります」


 わずかな希望も断たれ、男は焦燥した。


「そんな……ふ、二人で迎え撃つなんて……もう一人は」

「彼女です」


 言いかけ様に、老婆は村人たちのいる一点を指さす。そこにいるのは、村でお馴染みの子供たちの集団。その数歩後ろに、見かけない淡い金髪の少女があわあわとしながら彼らを眺めている。その少女に男は察したのか、老婆に食い気味に掴みかかる。


「我らを見殺しにするつもりですか!?」

 

 牙を剥いた男にも臆せずに、老婆は冷淡に語りかける。


「そのようなことは決してございません。我らの役目は、この世界の人々を魔王軍という脅威から救うこと。その任は絶対です」

「な、ならば二人なんて──!!た、確かに夢物語に浸っているのは現実だ。それは村長である私の責任でもある。しかしあなた方は、我らが新参者だからと命を軽んじているのではないか!?」

「そうですね……突拍子もない事態と存じておりますが、私も夢物語を語ったわけではございません」


 息を呑み、男は老婆から一歩引くと、老婆は紡ぐ。


「私は先刻、一部を除いてと言いました」

「ではその一部に該当する者たちが此処へ駆けつけるとでも!?」


 その言葉に、老婆は口を綻ばせて。


「彼女は、この世界を魔王軍の手から解放する。いわば希望なのです」


 男は老婆の言葉の真意を掴めずに、口をポカンと開けた。


「な、何を仰っているのか理解できませぬ!!」

「少女だと鼻で嗤うのはお止めください。彼女は器は幼稚ながらも、その身に宿りし力はこの世に蔓延る勇者を軽く凌駕する。彼女はこの世界で“一騎当千”と謳われる最強の勇者たち、《《生徒会》》の一員です」 

「せ、生徒会……だが……」


 生徒会。この世界の現実を知る村で唯一の男は、生徒会という言葉も知識の内のようだ。それでも半信半疑なのは否めない。


「今回の村に迫っているのは獣級の魔獣だと推測します。獣級は魔獣の階級で言えば最下位。彼女おひとりでも、十分に」


 男の胸中を予期してか、老婆は男の肩に手を掛けつつ、少女という希望に証拠を添える。

 男はなおも信用に足る証拠を欲しているのかぐぬぬと唸るが、老婆の真っすぐな視線に突き動かされ、老婆に問う。


「我らは、我らの命全員をあなた方に預けています。その言葉の重みは、心得ていますね」

「承知しております。彼女は必ず、この世界を救います」

 

 *


 人々の流れは、村の中心にある円形広場に向かっていた。

 勇香とロウがそこにたどり着くなり、ロウに声がかかった。


「ロウおせーぞ!」

「なにしてんのー早く来なよ!」


 見ると、数人の子供の集団がロウに手を振っている。

 ロウが駆け足でその集団に寄ると、後頭部に手を組んだオレンジ髪の少年が応えた。


「ご、ごめん遅れた。何かあるの?」

「なんか村長から話があるらしいぞ」

「話……」


 少年の話を耳に入れ、ロウは沈黙する。村人の招集はやはり魔獣の襲撃を村長が直々に伝えるためだろう、とロウは予感する。肝心の村長の姿が見えないが、自宅で老婆と共に作戦会議でも立てているつもりなのか。ロウはふと、オレンジ髪の少年に尋ねようとした。


「ねぇ、ここに勇者たちは……」


「えっ、後ろ、誰?」


 が、当の少年はロウの背後でどぎまぎしている勇香の姿を指さし、珍妙な顔をして言い放つ。


「ひぐっ」


 いきなり指刺されたので、勇香はびくっと肩を竦ませ喉奥から変な声を出した。

 けれど少年は愚か、そこにいる子供全員が興味津々と目線を送っている。その視線に狼狽し頬が紅潮したかと思えば、子供たちから目を背けるためにありとあらゆる方向に視線を飛ばす勇香。その挙動不審な姿が不審者を際立たせ、子供らはの目はなんだこいつと言いた気に鋭くなり、ロウは溜息を一つ漏らす。思えばこうなることを見越してロウとは一定の距離を保っていたのではあるが、流石は未開の小村である。村人全員とは顔見知りなのだろう。


「え、えっと……その」

「あ、この人は……」


 勇香はいつものようにおどおどと返答に躊躇していると、オレンジ髪の少年の隣にいた青髪の少女が何かを思い出したかのように顔を上げて言った。


「その人がロウを助けたっていう勇者さん?」


 少女がそう言うと、そこにいた子供たちが何故かゲラゲラと笑い始めた。


「え、本当に!?まだチビじゃん!勇者ってみんなちっちゃいの?」

「そんなわけないだろ!さっき来たヤツはめちゃくちゃデカかったじゃん。勇者がこんなに小さいワケねえ!」

「おねーさん?それともお名前で呼んだ方がいい?でもお名前知らないや」


(子供はみんな正直だ。アリスさんみたい)


 今日一日で数年分くらいの子供いじりを受けたので、子供たちの無垢なる煽りも笑顔で見守る勇香。いや、子供の前で涙は出さまいとやけになって瞼を強張らせているだけだった。


「なんか、みんながごめん」


 後ろで気まずそうにしているロウの肩に、勇香は無言で手を置いた。


 その後、子供たちの悪口合戦は終わりを見せるどころかエスカレートしていき、彼らが飽きて嘲笑を収める頃には勇香は半泣きで背を向けていた。


「大丈夫?」

「う、うん平気」


 ロウが駆け寄ると、勇香は流れ出た涙を自然に拭き取り、何食わぬ顔で振り向く。今日何度目かの瞼が腫れぼったくなった勇香には、ロウが何かを言及することはなかった。


 その時ふと、オレンジ髪の少年が勇香を呼んだ。


「ねぇ、小さな勇者さん」

「な、なんで……しょう」



 子供たちの悪口を半泣きで受け流していた勇香には、自分が勇者だと判明したその瞬間には、その疑問が投げ込まれるのは必然だと予知できなかったであろう。

 


「なんでロウのとーちゃん助けられなかったの?」


 少年は純粋無垢に刃を投げつけた。


「……っ」


 やはり、全員が顔見知りの村だ。加えて一つの広場に人が密集していれば、ロウの父親の訃報は一斉に村人中へと行き渡るだろう。

 勇香は返答に喉を詰まらせた。答えが見つからなかったからだ。大人しく打ち明ける。勇者としての尊厳を守るために言い訳する。額を土に付けて謝罪する。どう返そうが起こった事実は変わらない。全ては自分の油断が奪った命だ。


「お、おいヤマト!」


 ただならぬ雰囲気を感じたのか、近くの子供たちが少年を制止する。しかし少年の威勢は止まらなかった。


「だって本当の話じゃん!ロウもロウのとーちゃんもどうかしてるよな。外は危険だって村長に教えられてたろ」


(……っ!やっぱり、そうだったんだ……)


「なのに出たんだぜ。お前らは決まり事も守れないのかよ」


  少年は、ロウが居ようがおかまいなしに非難を浴びせる。


「ち、ちょっと……」

勇者(アンタ)は悪くないぜ。だってたまたまそこにいなかったらロウも死んでたってことだろ!なら、父ちゃんが死んじまったのも自業自得……」


「ヤマトいい加減にしなさい!」


 会話を聞いていたのか、痺れを切らした母親らしき女性が少年に駆け寄り、頬をひっぱたいた。


「い、痛って!何すんだよ!」


「ご、ごめんなさい、ロウくん。お父さんは悪くないわ。もちろんあなたも」


 母親は少年に目を合わせてそう言い、オレンジ髪の少年を連れて去っていった。一部始終を見ていた勇香に、ロウは真実を話す。


「村の外は危険だから、狩猟に出かける男たち以外は外には出るなって、前から教えられてた。村長はこの世界のこと、知ってたんだと思う。勇者のことも、学園も、村長から教わったし」

「やっぱり、そうだったんですね」

「やっぱり?」

「えっと、いや……なんとなく……そんな気がしていたので……」


 周囲から隔絶されたような村や居住区での住民が門外不出という展開は、漫画やアニメでは鉄則。なので、この村でそのような禁忌があろうともいたって驚くことはない。何気に初めて、アニメのように見えたこの現実で、アニメのような戒律に出会った瞬間だ。


「あっ、えっと、わ、私……ロウさんたちのこと馬鹿だなんて……」

「知ってる。さっきのユーカの言葉で元気出た。父ちゃんはおれに、世界の大きさを見て欲しかったんだ。命を落としてでも」


 少年は前を向いていた、肉親を失ったというのに。父親の遺志を受け継ぎ、新たな一歩を踏み出したのだ。

 それなのに、なぜ自分は奥手に回っていられるのだろう。自分だって踏んだじゃないか。もう後ろばっかり見たりしない。前を向くと決めたじゃないか。


「それより、ユーカはやることがあるんじゃない?」

「やることですか?」

「おれといるより、そっち行った方がいいんじゃない?」

「そっち?」


 ロウの見ている先を勇香も振り向くと、村では一際大きなログハウスの前に、老齢の男と老婆がいた。


「は、はい。私、先生のところ行ってきます」


 勇香はロウにありがとうと頭を下げて、そこへ向かう。


「約束、絶対忘れないから」



「ぇ……?」


 勇香はおもむろに、右腕の残骸を見つめた。

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