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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
学校見学編
8/125

第6話 私立勇者養成学園

投稿遅れてすいません、、、


 バスターミナルを抜け、エレベーターを乗り継いだ先にあったのは文字通り中世の城の内装を思わせる大廊下だった。白を基調とし、両脇の壁にはステンドグラスの窓が張り巡らされている。また、天井には豪勢なシャンデリアと共にそこかしこに絵画が描かれており、それだけで勇香をヨーロッパを旅行しているような気分にさせる。


 しかし勇香はふと自分の服装を見てみると、豪華絢爛な雰囲気にあまりにも不釣り合いな格好に頬が赤くなってくるのを感じる。謎の動物がプリントされたTシャツにシンプルな薄灰色のジップアップパーカー、そして赤チェック柄のミニスカート姿の勇香は今更着てきたことを後悔し、恥ずかしさでアリスの陰に隠れてしまった。


 人がまばらな廊下を、カツカツと音を立てながらアリスと勇香は歩みを進める。

 途中、人とすれ違うたびに勇香はアリスの陰に身を潜めるが、それを面白がったアリスはるんるんと歩調を早め、慌てて勇香がそれについていく。

 しばらくそんな調子で追いかけっこをしていると、勇香はおもむろにアリスに尋ねた。


「ここが勇者養成学園なんですか?」

「うーん、勇者養成学園はね、教室や生徒が使う施設のある学院棟とそれ以外の連絡棟に区画分けされてて、ここはその連絡棟に当たる場所だよ」

「そうなんですか」

「学院棟はもう少しでつくよ。瞳の穴かっぽじって廊下の先をよーく見ていたまえ!」

「耳では?」


 瞳の穴かっぽじったらもはや出血だけでは済まないんじゃないだろうかと思いつつ、勇香は無言で歩きながら廊下の先を凝視する。

 どうやら、この先には開けた空間があるようだ。そこがアリスが言っていた学院棟と呼ばれる場所なのだろうか。

 そもそも自分は一体、これからどこへ連れていかれるのか。もしかしたら、このまま自分が所属するクラスへ連れていかれ自己紹介をさせられるかもしれない。いや制服の採寸があるはずだし、流石にそれはないと信じたいが……いやいや、制服がなく私服登校の可能性もある。もしそうだとしたら、やはりこのまま教室に連れていかれて……そう次々にポジティブとネガティブな考えを交互に募らせ一気に顔を青ざめた勇香は、ぶるぶると身震いした。そんな気配を察知したのか、前を歩くアリスが振り向きざまに勇香に尋ねる。


「そんな青魚みたいな顔してどうしたの?気持ち悪い?吐く?」

「吐かないです……あの、私が転校する日って今日なんですか?」

「え?」

「いや、このまま教室に連れていかれるのかと思ってしまって」

「なーに言ってんの。勇香ちゃんはこれから学校見学もあるし、してもらわなきゃいけない事務作業もたくさんあるんだから、正式な転校は明日だよ」


 アリスにそう言われ、勇香はほっと安堵のため息を吐く。


「事務作業って何ですか?」

「制服の採寸とか、教科書の配布とか、まあ勇香ちゃんが高校に入学した時にしたことと変わりないよ」

「教科書……」


 どんなに異世界にある学校だったとしても、やはり学校は学校のようだ。


「やっぱり制服はあるんですね」

「もちろん!アリスちゃんが着てるこれが勇者養成学園の制服だよ」

「えぇ!?」


 立ち止まって勇香を振り向いたアリスが、自身の着用した服の裾を持ち上げながら言い放つ。その言葉に勇香は驚きを隠せず、思わず奇声を上げてしまった。


「ワンピースじゃないんですか?」

「失敬な!れっきとした制服だよ!」


 アリスはきっぱりとそう口にするが、勇香は未だに信じられないという目でアリスの着る制服とやらを見つめていた。それもそのはずである、


「派手過ぎませんか?」

「え、そう?アリスちゃんは普通に気に入ってるけどなあ」


 そう言いつつも、アリスの着る制服はどうみてもワンピースにしか見えない。しかも赤をベースとしたなんという派手さ。一応左胸のあたりに勇香養成学園の校章らしき刺繍がついてはいるが、見た目の派手さは勇香の着用している服とは比べ物にならない。

 全く、学校というのは学業が本分なのだから、もっと制服は厳かにするべきでは?などと愚痴を垂れていると、アリスは勇香の脳内を察したようで、


「あー制服のタイプは自分で選べるのが勇者養成学園の特徴だからね!勇香ちゃんが思ってるようなブレザータイプもあるよ。色は同じだけど」

「私服登校じゃダメですか?」

「だーめ!制服はちゃんと着ること!ここは学校だよ?」


 既に制服が学校の域を超えエンタメに走ってしまっているので、アリスの言葉には全く説得力がなかった。


「おっとしゃべってる間に着いたみたいだよ」

「ここが学院棟ですか?」

「ザッツライト!主に勇香ちゃんが学校生活に利用する場所だよ」


 そう勇香が視線を移した先。勇香が立っている連絡棟と学院棟の境界線の先には、Y字に分岐した広い廊下が続いており、双方の白い壁には今までのステンドグラスの窓とは違い、外界の景色がよく見渡せる大きな窓が建てつけられている。さらに、左手の廊下の壁には焦げ茶色の独特な装飾がなされた扉が列を成していた。

 内装はところどころ中世の装飾が施されつつも、さながら表日本の「学校」に近い。だが、世界観が忠実に守られていることに勇香は胸をなでおろす。


「今は授業中みたいだから静かにね」

「はい……アリスさんは授業抜け出していいんですか?」

「アリスちゃんは特別だからいいのー」

「特待生とかですか?」

「まま、おっとこの教室で授業を受けてるのは勇香ちゃんと同じ一年生みたいだね。試しに教室の中覗いてみてよ?」


 アリスに言われるがまま、勇香は魔術講義室と掲げられた教室の中を覗く。まず特出したのは教室の広さだ。どこかの洋館の社交ダンス会場くらいの大きさはある。内装もさっきの廊下よろしく豪華な装飾がなされており、席は大学の講堂のような階層構造になっている。その最下層で、女性講師がこれまた大きな黒板にチョークで何かを板書しているが、熱心に黒板を見ながらノートに何かを書き込んでいる生徒はざっと見たところ七人しかいない。別段、寝ているとか授業をさぼっている生徒がいるわけではない。このどでかい教室の中に生徒がわずか七人しかいないのだ。

 しかし、アリスから放たれた言葉に勇香は驚愕の目を向ける。


「お、この授業受けてる人多いねー。よっぽど人気なのかな?」

「え、この人数でですか?」

「うん。七人もいればいいほうだよ。この学校の全校生徒は三七人しかいないから」

「えぇ!?」

「それだけ、勇香ちゃんみたいな特別な才能を持った人は少ないってことだよ」


 アリスの言葉に、改めて自分は特別なんだと優越感に浸った勇香であった。


「さて、じゃあ時間も迫ってるし、次に行こうか~」

「はぁ……」


 その後もアリスに弾丸列車のような勢いで連れていかれ、魔術実験室や、屋内競技場、中庭の運動場、食堂などを見学した勇香。総じて言えることは、どの施設も従来の学校の倍以上の広さだという事だった。

 一通りの見学を終え、誰もいない食堂にやって来た二人。疲れ果ててだだっ広い食堂の一角のベンチに座り込んだ勇香は、テーブルをはさんで向かいの席に座ったアリスに感想を述べる。


「なんというか、私立大学みたいでした」

「でしょでしょ!ここは一流の勇者を育てる教育施設だからね!何もかもが充実してるんだよ!」

「これだけの充実さなら学費相当高そうですよね」

「と思うでしょー!なんと三年間使い放題でタダだよ!」


 と、携帯電話の広告かのように言い放ったアリスに、勇香は目を丸くする。


「え?」

「言ったでしょ?ここは一流の勇者を育てる学校だって。勇者はこの世界では貴重な存在だし、魔獣と戦うちょー危険な職業でもある。それで命を落とす人だっているんだから、勇者になろうと一生懸命勉強する人にお金を取ることなんてできないよ」


 アリスの言葉に、勇香はアリスと初めて出会った時の記憶を思い出す。

 勇者は、魔王から放たれた魔獣の手からこの世界の人々を守護する存在。必然的に、勇者は狂暴な魔獣との戦いを余儀なくされる。つまり、勇者は常に死と隣り合わせということだ。そう考えると、勇香は胸の奥が締め付けられるような感覚に陥る。


「私、そんなに運動神経があるわけじゃないし、勇者になってもすぐに魔獣に殺されちゃうかも」

「大丈夫!勇香ちゃんが魔獣と戦って死ぬことのないように教育するのがこの学校なんだから。心配しないで、ちゃんと勉強していればいいよ」


 よどんだ勇香の気持ちを汲み取るように、アリスは優しい声音でそっと言葉を漏らす。


「私、立派な勇者になれますかね?」

「なれるよ。きっと」

「お世辞じゃないですよね」

「大丈夫。アリスちゃんが保証する」


 思えば最初にアリスが言っていた魔法の才能も、結局売り文句などではなかった。自分には何もないと思っていた勇香に芽生えた、ただ一つの才能。


 それが、少しでもみんなの役に立てるなら──勇者を目指してもいいかな。

 

「さぁて、まだまだ学校見学は終わってないよ!次に行こうか!」

「次?どこにですか?」

「この学校で、一番偉い人がいる場所」


 そう言って立ち上がり食堂の天井を指さしたアリスに、勇香はきょとんと首を傾げた。


 *


「さ、ここが学長室だよー!」

「うわぁ」


 食堂を後にし、学院棟から連絡棟に戻ってきた勇香とアリスは再びエレベーターに乗り、勇者養成学園の最上階に当たるという階にやってきた。

 エレベーターを降りると、白塗りの廊下のすぐ前に視界いっぱいに入り込んだのは、赤と金の一際豪華な装飾が施された大扉。 

 どうやらこの扉の先に学園のトップである学園長が君臨しているらしい。まあ、扉の装飾を一目見ればすぐに分かってしまうだろうが。そう考えると、勇香の額から一滴の汗が零れ落ちてきた。

 勇者を育てる学園のトップに謁見するのだ。はたしてどのような人物なのだろうか、勇香には想像もつかない。


「そんなに緊張しなくてもいいよ、予定もまだ詰まってるし、挨拶したら直ぐに終わるから」

「は、はい……」


 と、アリスがその固い扉をコンコンとノックすると、中から澄み切った声音で「入れ」という声が聞こえた。

 その声と同時に、アリスが取っ手を引くこともなく扉はガコンと鈍い音を立てて開いていく。

 その時、扉の中から吹き込んできた風が、勇香の髪を激しく揺らす。アリスも白髪を手で押さえながら、その中に足を踏み込んだ。

 勇香も続けざまに失礼しますと声を漏らしながら恐る恐る中へと入る。


 そこにいたのは──


「勇者養成学園にようこそ。新入生君」


 高級感あふれる焦げ茶色のデスクに両肘をつけ、自身もデスクチェアに座り込んだ金髪の美女。


 絹のような金糸の髪はデスク越しにも見て取れるほど女の足元まで伸びており、理知的な瞳は宝石を思わせるほど美しく輝いた翡翠色。軍服のような露出を控えた黒装束を着ているにもかかわらず、曲線を描いたボディーラインをくっきりと見せるように着こなしたその容姿は、妖艶という言葉一つで事足りるだろう。

 その女の姿に、勇香の背筋がピリッと凍り付くのも時間の問題だった。


「私の名はオフィーリア・テミス。僭越ながら、勇者養成学園の学長を務めている」


 自身の身分を謙遜するような微笑みで明かしたオフィーリア。

 再び閉まった扉の前で本能的に全身をビシッと引き締めた勇香は、訝しげに隣のアリスを覗くと、驚くほど平然とした表情をしていた。

 何かしゃべらなきゃと勇香は息を呑みこみ、鉄のように固く塞がっていた口を無理やり開く。


「え、えと……聖ヶ崎勇香……です」

「あまり緊張されると、こちらも変に体が強張ってしまう。自然体でいてくれて構わない」

「は……はい……」


 苦笑を浮かべてそう促すオフィーリアだが、勇香のメンタルはとてもその要求を呑み込めるほど強くはなかった。

 遂に銅像のように固まってしまった勇香を見兼ね、アリスが自身の肘で勇香の細腕をツンツンと突き小声で話しかける。


「いつも通りでいいよいつも通りで、アリスちゃんと接してる時みたいに」

「む、無理ですよ……そんなの」

「ん~じゃあ担任の先生と話してる時みたいで、学長は威厳はあるけど、生徒思いでとっても優しい人だよ」

「は、はい」


 ニコリとした笑みを浮かべたアリスにそう諭され、勇香は息を吸い込んで深呼吸。その後、ゆっくりと肩の力を抜いた。

 それを見ていたオフィーリアは、勇香とアリスをデスクの前にまで誘導し、二人が並んだところで口を開いた。


「さて、勇香君には三年間、この学校で勇者になるための教育を積んでもらうことになる。だが、突として転校を突きつけられ、高校で青春を謳歌することも叶えず、半ば無理やりにこの学校へ連れてこられた君の心情は大いに理解している。まず謝罪しよう。すまなかった」

「いいえそんな!た、確かに最初は突然でしたけど、結局は自分の判断だったので……」

「そう言ってくれるとありがたい。こちらとしては人々を恐怖に貶める魔獣から一人でも多くの人々を救い出せるよう、勇者の才能はなるべくこぼさずに摘み取りたかったのだ。理解してと言うのも烏滸がましいが、もし不服があるのなら、いつでも構わん。私が聞き入れよう」

「……!!」


 完璧。このような聖人君主、生まれてこの方、遭遇したことなど一度もないだろう。少なくとも、勇香の眼には、


「ね、言ったでしょ。生徒思いの優しい方だって」


 隣にいるアリスからも、そう言葉が漏れてくる。


「やめてくれアリス、私は理不尽な運命を突き付けられた生徒たちが、少しでも学園でよりよい生活を享受できるよう務めているだけだ」

「それを生徒思いって言うんですよー」

「そうか、ならば賞賛として受け取っておこう」


 聖人を思わせるオフィーリアに軽いノリで話しかけるアリスは一体──

 

「だが、生徒たちは何故か私を雲の上の存在と見ているようでな。私も積極的に生徒たちと交流を図ろうとしているのだが、まともに接してくれるのはアリスだけというのが現実だ」

「ですよね……」


「だってー学長とアリスちゃんは長い長い付き合いじゃないですかー」

「長い長い付き合い……?」


 意味深なアリスの発言に、勇香は思わず問いかけると、


「ふふん、聞いて驚け勇香ちゃん!オフィーリア学長はなんと!四百年の歳月を生きる魔女なのだ!!!」

「え?えぇぇぇぇ!?」


 勇香の絶叫が学長室中に響き渡る。勇香のつんざくような声に、アリスとオフィーリアはそろって両手で耳を塞いでしまう。


「す、すいません……」

「いやいいんだ。これを聞いた者の反応は皆同様だからな」

「ということは、アリスさんも四百年も……」

「アリスちゃんは違うよ」

「えぇ……」


 アリスと勇香の会話を微笑しながら眺めていたオフィーリアだが、話が終わるなりコホンと咳払いして妖艶な口を開いた。


「まあ結論だ。何か困りごとがあれば、いつでもここを訪れてくれて構わない。が、もし君も私に相談しづらいというなら、その時は生徒会長を頼ってくれ。彼女は生徒たちからとても慕われている。相談するには十分すぎる相手だ」

「生徒会長ですか?」


「この学校には、学長と同じく才色兼備な生徒会長がいるんだよ」

「ど、どんな人なんですか?」

「それは会ってからのお楽しみ!勇香ちゃん!学園生活は楽しみになった?」


 アリスの問いかけに、勇香は胸を押さえて鼓動を確かめる。さっきまで緊張や嫌悪感でバクバクと心臓が脈打っていたのに、今はどこか和らいでいるように思える。オフィーリアと話したからだろうか。ともあれ、落ち着きを取り戻した勇香は、アリスに小さく応える。


「嫌だと思う気持ちは、少し薄れました」

「よっし!じゃあ学長へのあいさつが終わったところで、今日の学校見学の最後に勇香ちゃんの心臓が思わずあっと爆発四散しちゃうほどわくわくする場所に案内するね!」

「言い方があんまりわくわくしません」

「では学長、また会いましょー」


「あ、あぁ」


「失礼しました」


 ぶんぶんと手を振って学長室を出ていこうとするアリスに、オフィーリアも手を振り応じる。勇香もオフィーリアに一礼し、アリスの後を追おうとするが、


「待ってくれ」

「……?」

「勇香君、少しいいか」

「はい?」


 突然オフィーリアに呼び止められ、勇香はぽかんとその場に立ち尽くす。アリスも扉の前で足を止め、オフィーリアを見つめる。

 オフィーリアはその鋭き双眸で勇香を凝視し口を開く。勇香も向けられた彼女の視線に、びくっと肩が震えた。


「君はこの学園で、何かやりたいことがあるんだろう?」

「え?」


 オフィーリアから放たれた言葉に、勇香は一瞬だけ全身が凍り付く。

 その言葉はまるで、自分がそのことを話していたと──オフィーリアには既知の事実だというように。

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