第72-1話 営み(1)
変更
第62話「なるから」の下記の文章を一部変更いたしました。
変更前
「獣神様……アンタらが言ってる魔獣?ってやつを討伐するのって、アンタとあのおばさんの二人?」
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変更後
「アンタらが言ってる魔獣?ってやつを討伐するのって、アンタとあのおばさんの二人?」
「教会?」
「中に魔獣の生首が封印されてるらしい」
「な、生首……」
見た目はどこにでもありそうな古典的な西洋の教会だったが、中に人の気配はしない。
「封印?」
「そう、魔獣なんて滅多にやってこなかったから、ずっと昔……たしか、何百年も前に村を襲ってきたヤツをここに封印したらしい。その封印を解くと、災いが起こるって昔から言われてる。だから村の子供も誰一人近づかない。おれはそんな前の死体なんて腐ってんだろって老人たちにいつも言ってるんだけど、そいつらは魂が悪さをするって聞かないんだ」
「封印……なんだかかっこい……っ!?」
少年の説明を聞きながら教会を見ていた勇香は、なぜか頬を紅潮させたまま固まってしまった。
「どうしたの?」
「そ、そそそそそそそその封印を解く手段ってこの教会の中にある歴史的遺物にアイテムを填めたッ!!!……上で、この村の地下にある隠し通路で沢山の村人たちに挨拶するとかですか?」
「何言ってるかよく分かんない」
「す、すみません、ちょっと繋がりあるかもって……ってそんなことはないですよね。ここは腐っても現実なので……はい」
「こういうの見て興奮したりするんだね」
ロウの静かなる一撃が、勇香の心を傷つけた。
(また泣きそうになってる……)
「他にもこの村には時折やってきた魔獣の一部が封印されてる場所がいくつかある」
「へぇー。ちょっと、行ってみたいかも、です」
「えっ……や、やだよ。怖いし」
「少しは信じてるんですね」
ロウの案内で、勇香はカズラノ村のあちこちを巡る。
「えっと、次はここ」
「魚屋さんですね」
次にやって来たのは、日本らしい古風な鮮魚店。店頭に陳列されている魚たちは、学園都市街のスーパーやマルシェに売られているものとは種類も異なれば新鮮味も格別。もっとも、マルシェの雰囲気が遺伝子レベルで苦手な勇香は、アリスに案内された一度きりしか訪れたことがないが。
「はっ……おれ村の案内とかしたことないから、魔獣を封印しちゃってる場所以外いつも行ってる場所にしか案内できない……」
「い、いいですよ別に……」
そうは言うものの、防衛に活用できる設備や地形はないかと周囲を見回す勇香。
カズラノは崖を除けば平坦な土地に建っているらしい。途中までの道のりはかなり急峻な地形も多かったためか少し不思議に思えるが、遥か昔にこの場所にやって来た人々が、人が住める土地を開拓したためならば納得できる。
また、背後に巨大な崖が聳え立つカズラノ村の前には大きな河川が流れており、村人はその川の水を飲料水を始めとした様々な用途に利用しているらしい。一応、村側の川岸には村を守護する防護壁が続いており、川向うからの魔獣の襲撃を阻止できる。何より急流な大河川の存在が二重の防壁と化しており非常に友好的である。
ただ、魔獣は崖側から攻めてくる可能性もあるので、油断は禁物だ。
(先生には魔獣が進撃する方角を教えてもらったけど、あの頭脳のことだからどこから襲撃を仕掛けてくるか分からない。全方位を警戒しておこう)
「崖の上から村の前にでっかい川があるの見えただろ。そこで採れた川魚とか売ってる。意外とうまい」
「カズラノは魚介が有名なんですか?」
「分かんない、他の村は行ったことないから。でもみんなうまいもんは好きだろ」
陳列された魚を見てとろんと目を綻ばせるロウ。そんな目をされると味わってみたくはなるが、村を観光しに来ているわけではないので我慢する。
「つーか村が戦場になってもいいようにいろいろ案内してるんだよな。美味しい店とか紹介してる場合じゃないか」
「え、あ、はい」
「お嬢ちゃん見慣れない顔だね?旅人かい?」
「へ?」
勇香の前には、いつの間にか鼻息荒い店主らしきスキンヘッドの男が見たこともない虹色の大魚を勇香に見せびらかしていた。
「これ今日採れた上物。滅多に取れない希少種だよ!脂身たっぷり!!別嬪さんにはお安くしとくよ?」
「いや、私……お金ないし」
「まぁまぁ、これも縁だしさ。まずはこれ、食べてみなよ!」
「えっいや、こんな立派なもの貰うわけには」
「あらあら、お嬢さぁん。ぼったくりクソ女たらしよりウチの店の方がお嬢さんが好きそうなもんいっぱいあるわよぅ!」
「なんだとババァ!?」
「え、ちょ!?」
勇香は知らぬ間に宇宙を模したような独特な服装の女に手を引っ張られ、別の店に連行されていた。
その店のショーケースのような木台には、形も色も様々な石が小綺麗に展示されている。
「こ、これは……石……?」
「一つ持つだけで、幸運になぁる魔力結晶石。希望であれば首飾りにも加工できるわぁ!あなた、こういうのとか似合うじゃなぁい?」
「あっ、えっと、そういうのは私はちょっと……」
「い・い・か・ら!一つ持ってみなさぁい」
そう女から差し出されたのは、どう見てもそこらへんで転がっていそうな薄灰色の石ころ。
「魔力、感じるでしょぅ?」
「いえ、特には」
「村の近くに獣神様の眠る洞窟があってねぇ、この村の石にもそこから放たれた獣神様の魔力が宿ってるって言われてるのぅ」
「えっいや、どう見てもただの石……」
「そう言わずにぃ、お一ついかがぁ?」
親切にされたら断れず。思わず受け取りそうになってしまった勇香だが、一番大事なことを思い出して、
「わわわ私お金ないんでぇー!!!!!!!」
一目散に逃げた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「おっ、嬢ちゃん俺の店に来てくれたんだ。嬉しいねぇ」
「いや私、そんなつもりじゃ……」
「そんなこと言わずに、見てってよ」
息を切らした勇香が偶然辿り着いた店。
そこに置いてあったのは──
「おおおお酒なんて飲めません!!!」
小さめの店内には、移動するスペースすら見当たらぬほど所狭しと酒樽が積まれていた。
「そうかい?じゃあ親御さんにあげるんだよ。いつもありがとうって。親孝行すれば獣神様がお喜びになるよ?」
「親御さんいません!!!」
「い、いない?」
「えっいや、あの」
「何か事情があんのかい?まぁまぁ、お世話になった人にあげてくれよ」
「へぁ!?ぜ、絶対高いですよね!?」
「気にすんなって、これも何かの縁だよ」
男はさらりと言いながら酒樽の一つを担ぐが、勇香は隙を突いてまた逃げた。
「ま、マルシェより押しがキツイ……」
「大丈夫?」
走りまくって虫の息状態の勇香に、後ろからのうのうと歩いてきたロウが声をかける。
「これ、さっきの店主のおばさんから」
ロウが渡してきたのは、群青色に輝く美しい石の首飾り。その神秘的な模様は数秒見つめているだけで魅入ってしまいそうだ。
「ネックレス?私、お金……」
「幸運の力を試して欲しいからって。最後良い常連さんになってくれるわって呟いてた」
「初回無料ってやつ?」
「なにそれ?」
勇香は捨てるのも悪いからと、ロウから首飾りを受け取った。
「とりあえず、ポケットに入れとこ」
「えっ、せっかくだから掛ければいいのに」
「に、似合わないです……私には」
「魔獣の討伐、それと約束、果たせるようにってさ。ユーカは信じてないと思うけど」
ロウに諭され、勇香は嫌々ながらも首飾りを掛ける。
「走ってお腹空いたでしょ。ご飯でも食べに行く?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「え、なんで?五時間も歩いた上に、今あんなに走ったんだよ?」
勇香は制服のポケットから財布を取り出し、すっからかんの中身をロウに見せようとしたが、そもそも財布すら所持していなかった。
学園都市街の恩恵で必要なくなってしまった財布と表日本の通貨は、居住区の家のクローゼットの中で母から貰った化粧ポーチと共に眠っている。
「シンプルにお金がありません」
「とりあえず案内する」
「お、お金ないって……」
いつになく積極的なロウに呑まれてしまう勇香だが、渋々とロウに案内された先は、村一番の食堂だという飲食店だった。
外観は煉瓦造りの西洋風の平屋だが、暖簾をくぐり中に入れば表日本の古き良き食堂の雰囲気が漂ってくる。
勇香は女将に席を案内されると、店内の壁に掲げられているメニューを眺めた。
ちなみに、先ほど貰った川魚は持ち帰ることもできないので、調理してくれると言う女将に預けてしまった。
「何頼むの?」
「ど、どれにしましょう……(お金ないし)。ロウさんは?」
「オオヤツザキの素揚げ。ここの名物だよ」
「オオヤツザキとは!?」
その奇抜な名称に仰天してしまう勇香。ロウは説明を試みるも、悩んでしまったのか考えあぐねた末。
「き、来てみりゃわかる」
「珍味……とか?」
とは言っても、この村の通貨をびた一文も所持していない勇香。
何も頼むことはできないので、とりあえず水でも貰おうと思索し……
「お前さん、見慣れない顔だねぇ」
「ひっ、ぐひぃ!?」
「ありゃ、本当だ。旅人かいな」
近くのテーブルに座っていた農夫二人が勇香の顔をじっと見ていた。
「小さな旅人さんだぁ。此処まで道のり辛かったろう?」
「ほらこれ、よければ食べなさい」
一人の農夫が、ナチュラルにテーブルにあった焼き魚の皿をこちらに渡してくる。
「えっそ、それはお爺さんが頼んだものじゃ!?」
「いいんだいいんだ。おいぼれのワシらより、成長真っ盛りのキミが食べなさい。身長伸ばしたいだろ?」
何気ない農夫の気遣いが、勇香の心を抉った。