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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
77/125

第71話 帰宅

 勇香たちは少年に案内され、崖をくり抜いてできた階段からカズラノの村に降り立った。

 崖の上からも見ても分かる通り、降りてみれば非常に小規模な村だ。

 村の景観は、モダンな建築物も多々ある勇者養成学園と比べても、かなりの歴史の差が伺える。


 村長に用があるという老婆と別れ、勇香は少年に連れられて少年の実家にやってきた。その途中、少年とは一言の会話も交わすことはなかった。

 少年の実家は、村の家造りと同じような木版が雑に組まれただけの平屋。思えば、少年たちの服装も一枚の布でできた簡単な代物である。歴史はもちろん、勇者養成学園とは文明レベルまでもその差は歴然だ。


 古びた焦げ茶色の玄関扉を少年がこじ開けると、そこには少年と同じ赤髪の女性が待ち受けていた。窓越しから家に帰ってくる少年の姿を知っていたのか。

 母親は少年に、「お父さんは?」と問いかけた。

 少年は応えるわけでもなく、手に抱いていた大ぶりのスカーフに包まれた父の遺骸を見せた。母親もそれで察したのだろう。泣き崩れながら、玄関で少年と抱き合っていた。

 一部始終を遠くから眺めていた勇香も、涙が漏れそうになったところを背後を向いて堪えた。

 その後、母親は少年と父を無事にここまで送ってくれたと勇香に感謝し、お茶でもと誘った。しかし、勇香はやるべきことがあると、謝罪をして断った。少年もそれを知っていたので、感傷に浸ることもなく用があるから出かけると伝えた。


「兄ちゃんは?」

「正門にいると思うわ。もし会ったら挨拶してあげて」

「うん」

 

 父の遺骸を渡し、一人去る少年に母は手を振る。

 少年も小さく手を振り返すと、通りの真ん中で待っていた勇香の元に急いだ。


「じゃ、今から案内する」

「はっ、はい。よろしくお願いします!」


 勇香は拙いながらもほぼ直角の礼を敢行する。


「はぁ……なんで敬語なの?さっきまでため口だったじゃんか」

「いや、さっきはちょっと気が動転しちゃっただけで……私、基本的に敬語でないと他人と会話できなくて、その……変ですよね……自己肯定感を上げなきゃって……思ってるんですけど……」

「なにそれ。まぁ、いいけどさ」


 石畳も敷かれていない通りを二人は並んで歩く。

 住宅街なのかそこらには洗濯物を干していたり、部屋の軒先にある植木鉢に花を植えていたり、古臭さを除けばごくごく普通の家並みだ。

 通りを行き交う村人はしきりに少年に声をかける。少年もその都度挨拶を返すのは、こんな小さな村ならではの光景なのだろう。身なりも雰囲気も部外者な勇香に好奇な目線が向けられるのもしばしば。その度に視線を感じるとビクッと肩を竦めてしまう。


「アンタらが言ってる魔獣?ってやつを討伐するのって、アンタとあのおばさんの二人?」

「い、いえ……もう、他の勇者も到着してると、思います」

「良かった。アンタらだけだと、心細かったから」


 少年からの思わぬ、しかしよく考えれば当然すぎる一言に、勇香は立ち止まってしまう。

 そんな勇香を見て少年も足を止め、勇香を振り返ると、


「な、な、なんで泣くの!?当然のこと言っただけじゃんか!!」 

「ち、違います……あなたは悪くなくて……ちょっと心にきちゃっただけで……」


 気にしないでと涙を拭うものの、咄嗟に出した右手の切断面を見てしまったために、ぽたぽたと落ちていた雫が滝のようになってしまった。

 学園に来てから涙を流したのはこれで何度目だろう。

 相変わらず自分の異様な程の情弱メンタルには反吐が出てくる。そんなことを考えてしまったために、涙の量がどんどん増していく勇香。

 周囲にいたの村人もいきなり泣き出してしまった勇香を見て、アンタ大丈夫かい?などと声をかけてきた。

 勇香は制服の袖でごしごしと強引に涙を拭い、赤く腫れた瞼のまま微笑んだ。


「でも……逆にもっと強くならなきゃって思えました、ありがとうございます」

「なんで礼言うんだよ!?」


 よく分かんねぇと後頭部を掻く少年。

 そのまま黙り込んでしまったために、二人の間に静寂が訪れた。

 時間に換算して約一分ほど。とうとう沈黙の時間に耐えられなくなった……いや、話そうにも人見知りを発揮してなかなか話しかけられなかった勇香が意を決して声を出そうとしたその時、少年の方が小声で口を開いた。


「おれ、ロウっていうんだ。年は、多分、十」

「ロウ……さん。私、聖……えっと、勇香です。十六歳です、よろしくお願いします」


 そう言ってロウにぺこりと頭を下げる勇香。一方のロウは、そんな勇香の顔を凝視してまた沈黙してしまった。


「わ、私の顔に何か付いてますか……?」

「ユーカって、おれよりねーちゃんなのか?」


 その言葉に、勇香はうぐっと胸を押さえた。


「……は、はい。勇者養成学園の、一年です」

「同い年かちょっと上くらいだと思ってた」

「へへっ……(主にアリスに)よく言われます。子供っぽいですよね私」

「見た目っていうか、さっきおれと一緒に泣いてたじゃん。今も、泣いてたし……泣きすぎ、だし。子供じゃないんだから」


 どうやらロウは、勇香の内心も幼稚だと言いたげらしい。


「な、なななな中身も子供っぽいって言いたいんですか!?」

「え、だって、また泣きそうになってるし」

「こ、これは、ち、違うもん……ます……」


 慌てて左腕で両目を隠す勇香に、少年は呆れたように目を逸らして。


「ていうか年上なら余計に敬語使う必要ないじゃんか」


「あ、あはは……」

(年下にため口も使えない惨めな私って……)


 勇香は左腕で隠しつつ流れてきた涙を袖で拭きとった。


「あの学校のせいと……?ってことは、勇者じゃないの?」

「えっと、そう……ですね。勇者の卵っていう感じです」

「な、なにそれ。そんなんでおれたち守ってくれんの?」


 ロウの一言に、今度は勇香が口を噤んでしまう。返答に迷ったからだ。

 ロウは真っ当であった。向う側に優遇されているだけのただの学園の生徒が、いきなり人の命を護ることができるのか。ましてや右手を喰われ、それが原因でロイの父親が魔獣に喰い荒らされるという隙すら作ってしまった勇香に。勇香は少し考えてから、ロウに応えた。


「はい、護ります。絶対に」


 根拠はと尋ねるように首を傾げる少年。

 勇香はふと空を見上る。雲はあるものの、少しずつオレンジ色に染まって来た空はほぼに快晴に近い。

 勇香はその青空にここにはいない人々を映し出しながら綴る。


「私、ある人たちと約束してるんです。そのためには強くならなきゃいけない。護れるようにならなきゃいけないんです」


 “惨め”と嘆いていた後ろ向きの自分はもう要らない。前に進まないといけない。いろんな人と約束を結んでしまったからには、もう進み続けるしか選択肢はない。


「あなたとも、約束してます。この世界の人たちみんなみんな、私が護ってみせます!」

「し、した覚えないんだけど、そんな単純な……」

「だから私は、ロウさんを死なせません。もちろん、この村の人々も」


 勇香の決意は固かった。ロウの父親という挫折が、もう二度と同じ哀しみを繰り返さないという信念。


「一流の勇者っていうのは、それを日常的に熟せる人を言うんだと、私は思います。そんな勇者に、ロウさんも憧れたん、ですよね?」

「え、おれは、ちょっと気になっただけで、それで父ちゃんに連れて行って欲しいって駄々をこねて。でも、でも……」


 ロウは平然を装っていたのだろう。それでも、父を思い出してしまったのか、声が縮れてくる。

 勇香は悲しませないと、泣き出しそうになっていたロウの頬に左手を当てて、 


「大丈夫です。きっとお父さんも、知って欲しかったんだと思いますよ。この世界というロウさんを狙う脅威から、勇者が護ってくれるって。勇者と馴染みがないこの村だからこそ」


 ロウは勇香の手を剥がすと、振り返ることなく勇香の前を歩き続けた。しかし、身体が小刻みに震えている。


「私は、お父さんの期待を裏切りたくないです」


「……着いた」


 前を歩いていたロウがいきなり止まった。どうやらそこで道が途切れているようだ。ロウが指さした先は、小さな教会のような建物がひっそりと佇んでいた。



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