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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
76/125

第70話 なるから

「これって……私のせいだよね……」


 取り返しのつかない罪を犯した。そう自覚したのは、亡骸と少年の叫びを聞いてからだった。

 

「そう……だよね」


「あなた様」 


「私があの時、背後の魔獣に気付いてさえいれば、先生もお父さんを護れた……よね」


「落ち着いてください!」


 老婆は胸元で泣く少年を無理に引き剥がし、勇香に駆け寄った。


「お父さん、助かったよね」

「あなた様はまだ成長過程!!敵に背後を取られるのも仕方ないのです!!!心配することはありません!!!!これからです!!!!!」


 老婆は中腰で勇香の両肩を掴むと、少年の声を掻き消すような声量で勇香を慰める。

 成長過程──それはひとえに、勇香の才能を謳った張本人が、才能を否定しているようなもの。才能があれば、少年の父が魔獣に殺されることもなかった。

 背後の魔獣に気付いていさえすれば、魔獣の気配を見抜いていたら、


 昨日までの演習は、何の意味があったんだろう。


「人が死んだのに……仕方なかったなんて言い訳、通じないよね」

「お目覚めください!!あなた様にはまだ役目が残っています!!!」

「そうだ……私の、せい……じゃあ、お父さんを殺したのは……私?」

「自分を卑下するのはおやめください!!あなた様はその才能で多くの人々をお救いになるのです!!」


 自らの一言で才能を否定したとは露知れず、老婆は未だに勇香の才能を誇示してくる。だがそんなの今更だ。

 才能云々の前に、実践でただ魔獣に翻弄された挙句、護るはずのこの世界の人を殺してしまった。それほどまでに惨めな現実はないだろう。これが、英雄の真の姿。


 ガクガクと瞳孔を震わせながら、勇香は顔を上げて()()()の姿を目に留める。

 暫くすると、血眼で勇香を鎮静化させようとする老婆を押しのけ、導かれるままにぽつりぽつりと足を進めた。


「あなた様!!!」


 その先に待っていたのは、勇香よりも少し小柄な赤髪の少年。

 少年の顔に、表情という表情は残っていなかった。

 瞼は腫れぼったく、現実から目を背けるような虚ろな瞳で、少年はやってきた勇香を見つめている。


「……ごめん」


 勇香は、ボソリと呟く。謝って許される問題なはずがないのは自覚していた。

 なのに、何故か口から次々と放り出てくる。


「ごめんね」


 きっと非難して欲しいのだ。許されざる罪を犯した自分を。

 断罪し、少年が心ゆくまで地獄を見てもいい。死んだっていい、その時は本当の地獄へ落ちるのだ。少年にはその権利がある。


「ごめんね……」


「……」


 だけど、少年はそこに立っているだけ。それはそうだ。大切な人を失った時は、勇香だって同様の反応をしていた。

 現実逃避をしたかった。夢を見ていると思いたかった。でもそれは、逃げているだけだ。


「ごめんね……こんな惨めな私でごめんね……」


 勇香は、一言も喋らない少年をそっと抱きしめた。


「ごめん……ごめんね……」


 言葉を発するごとに、その語勢は弱まっていく。掠れていき、ボタボタと涙が落ちてくる。


「あなた様」




「私、強くなるから」


 今にも消え入りそうな声音で、勇香は言った。


「こんな惨めな私、だけど……強くなるから、なって、みんなを護るから」


 口に出た言葉は馬鹿らしいくらい語彙力も乏しく、単純な宣言。


「だから……お願い……それまで、死なないで……」

「うっ、うぁぁ」


 もう逃げない。もう惨めだからと、運命を諦めたりしない。

 与えられた力があるならば、待っていてくれる人がいるならば、どんなに弱くても、どんなに惨めでも、


 勇香の紡いだ言葉で、枯れていた涙が少年の瞳に貯まる。それは刹那で決壊し、滝のように零れ落ちていく。それに釣られるように、勇香も大粒の涙を流した。


「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 森に響く二人の号泣を、老婆は沈黙で見届けた。


 その後、老婆と勇香は少年を挟んで少年を護衛しつつカズラノを目指した。

 四時間もの過酷な道のり故、途中何度も何度も休憩しながら徒歩で移動。また、魔獣の襲撃にも遭遇したが、それには老婆単騎で向かった。

 勇香も一人見ているだけは嫌だと、少年の傍を離れなかった。

 カズラノに近づけば近づくほど、襲撃する魔獣の数は減っていった。

 

 そして──


「はぁ……はぁ……はぁ……あぷっ」


「ふむ、事前の情報通り、対魔獣シェルターが存在しないようですね。なんでも、ここ一帯の村々は数年前まで魔獣による被害がゼロと言っていいほどなかったのだとか……」


 森を抜けた崖の下には、木板を並べただけの古典的な造りの家々が小さな街を形成していた。カズラノ村だ。


「はっ……ここが……カズラノ……なんですね」

「人為的に思えるほど特徴的な地形ですね。三方を崖の麓に位置し、残り一方も目の前には大河川。村人の多くは老人のようですし、この急な崖を登るのも一苦労。もとより村人の危機意識の低さも伺えます。一度この世界の洗礼を受ければ全滅は免れません。そうですね?」


 老婆は事前知識の解説を入れながら、村の住人である少年に真偽を確かめる。


「う、うん……多分」


 と、四時間も歩いた疲労凄まじく、四つん這いの状態で老婆の説明を聞いていた勇香は、息を吐きまくりながら老婆に思いかけたことを尋ねた。


「あ、あの……この村に向かってきてる魔獣って今どこ……」


 が、少年の存在を察知し、慌てて左手で自分の口を閉ざした勇香。

 それももう遅かった。


「向かってる?」


 少年は、呆然と勇香の言葉を繰り返しながら二人を見つめた。


「あっ」

「そっか、だからアンタたち遥々此処に来たのか……勇者なんて一度も来たことなかったのに」


 少年は眼下の村を仰ぎ見ながらボソリと呟く。

 老婆も隠す素振すら止め、堂々と勇香に告げる。


「魔獣群はカズラノから北北西の位置をゆっくりとしたスピードで通過しております。予想到達時刻は五時間後でしょうか」

「あ、あの……勇者隊の方々は?」


 これから、勇香と共に魔獣を迎え撃つ勇者たち。

 委員会のことだから、どうせ勇香を才能の塊や英雄などと過大評価して伝えているのだろう。

 右手を切断され、魔法もまともに使えない醜悪な姿を見られて、失望されたりはしないだろうか。できれば、直前まで対面したくない。


「時間的にもう到着している頃かと思われます。私は、長に挨拶をして参りますのであなた様は襲撃に備え、カズラノの全域を把握するとよろしいでしょう」


 そう言いつつ、老婆は少年に目配せした。


「彼に、案内して頂ければ」


 名指しされた少年は、無言で村を見渡していた。

 それでも話は聞いていたのは、数秒のタイムラグの後、勇香を振り向いて。 


「先、家帰っていい?」

「は、はい。でも……ちょっとだけ……休ませてください」

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