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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
72/125

幕間 その番記者は標準語を話さない

今回は幕間ですが本編に大きく関わりがあります。

 学園のグラウンドの西側にある部室棟。その日、藤堂梨花は部室棟の一室の扉の前にいた。

 グラウンドからは、授業中と思われる上級生の血気盛んな叫びが聞こえてくる。そんな声も耳に入らず、梨花は部室の扉を無心で眺めていた。


 扉の周りにはまるで街中の落書きのように、これでもかとコピー用紙が貼り付けられている。そこには「依頼料:魔力三分の二」、「毎月十八日発売」、「スキャンダル随時募集」といった内容の文言が極太で殴り書きされていた。接着は魔法なのか、強風が吹いてもなお用紙が揺れる様子すらない。扉の上には、木版に「週刊“海豚の轍”編集部」という部名か何かがノミのような工具で雑に彫られている。


 他の部室が軒を連ねる中、一際異質さを放った扉。やがて梨花は何の躊躇いもなくそのノブを捻る。


 扉を開けた先、そこは異空間だった。壁紙は海中のようなデザインだが、いろんな海洋生物が壁の中を優雅に()()()()()。その天井にはタコを模った照明が吊り下げられており、狭い室内を淡く照している。部屋の家具も岩や改装を模ったものに統一されていて、狭い部室内はまるで海の中のよう。部屋の中央に一つの家具も置かれていないのは不思議だが。

 また、部屋のスピーカーからは絶えず南国を彷彿とさせるヒーリングミュージックが流れている。校庭に響いていた生徒たちの叫び声も、今はぴしゃりと止んでいた。


 それだけではなく、壁の中の魚や生物は、いつの間にかぶわっと部屋の中に漏れ出し、梨花を歓迎しているかのように周囲をチロチロと泳ぐ。魔法なのは一目瞭然だが、それでもどのような絡繰りなのかはいまいち理解できない。

 一般人ならそれだけで軽微な頭痛を起こしてしまいそうではあるが、慣れてしまった梨花には関係ないようだ。梨花は靴を脱いで部屋に上がると、その足で部屋の奥にある水色のスツールの上に鎮座した紫色の不気味な塊に進んだ。

 

「相変わらず情報量のゲロ多い部屋と住人だな。何とかの森かよ」


「いちいち他人(ひと)の趣味に突っ込まん方がええで」


 紫色の塊──夢中でパソコン作業をしていた猫背の住人は、梨花の声を聞くなりスツールをぐるっと回転させて梨花に姿を見せた。


 スツールに全身を丸めるようにちょこんと座る少女。

 毒のような色の魔女の帽子をかぶり、同じく毒のように禍々しい模様の外套を羽織ったスカーレットの髪の少女。顔立ちは平均的だが、猫のようなアーモンドアイの下には大きな隈がある。水族館のような内装とは異なり、少女は魔女っ子という印象で、あまりにも部屋の雰囲気とはかけ離れすぎていた。


「調子は?」

「もうとっくにできとるわ。アンタが来るの遅いだけ」

「しゃーねぇだろ。訳あって一つの場所に留まることができないんだ」

「……なんやねんそれ」


 少女は素知らぬ顔で言う梨花に呆れつつ、外套の中からゴソゴソとそれを取り出す。その後、梨花に渡したのは深緑色の巾着袋。


「あとこれ、返すわ」


 受け取った梨花が中を見ると、明るい色の髪の毛が一本入っている。


「要らねえよこんなの」

「アンタが持ってきたんよ。自分(オノレ)の所有物や」


 少女の正論に、梨花はしゃあねぇなと制服のポケットに突っ込む。

 と、少女は梨花の顔を見て嘆息を吐くと、不貞腐れ気味に言った。


「別に報酬貰ってるから断る理由なんてないけどなぁ、なんでそんなに他人の隠しもんを知りたいん?」

「……」

「知りすぎても自分を壊すだけやで」

「うるせぇ、番記者なら深入りせずにさっさと教えろ」

「うぅ……こっわ。こっちは先輩なんけど」


 少女は硬派な梨花に身を震わせるも、重い腰を上げてスツールの上に立ち、そこから飛び降りるようにスタッと床に着地した。スツールは反動で動く様子もない。


「もっかい言うけど、途轍もないもんは見せられないで、ウチはばっくり倒れたかないからなぁ」

「先輩のくせにビビりだな」

「クソ後輩。少しは超絶多忙なくせに後輩にとんでも依頼押し付けられるウチを労ったらどうや」

「その多忙にアタシの依頼も入ってんだろ」

「ぐちぐち突っ込まんでええねん、始めるで」


 梨花の棘のある言葉に小さく嫌味を吐いた少女は、部屋の隅にある冷蔵庫を開け、その中からラップに包まれたカロリーバーのような棒状の菓子を取り出した。

 それをぱきっと齧るなり、部屋の中央に両手を伸ばし、ぶつぶつと何かを唱え始めた。

 しばらくすると、その空間に白い霧のような靄が漂い始める。その後、部屋の中央にぶわっと小規模の渦が発生し、梨花の髪が靡いた。しかし、梨花よりも渦の近距離にいる少女の帽子はぴくりとも動かず、少女の小さな頭に収まったまま。

 部屋に入ってから一切顔の表情を変えずにいた梨花も、この摩訶不思議な現象の前には瞠目してしまう。


「お前の魔法……ほんと凄いな。番記者なんて異名より刑事の方がいいんじゃねえの?」

「刑事ドラマの見過ぎや。後魔法やない、途轍もないもんは無理っていうたやん」

「やってることは探偵か刑事と一緒だろ、パチモン関西弁刑事(デカ)

「うちは番記……パチ悪かったなぁ!いいから見とき!」


 少女にそう言われ、梨花は大人しく少女の隣に移動する。その後数分も経たずして、靄は三つの球体に分裂した。


「で、どれを見るん」

「番記者の許す限りぶっとんだの」

「……まあ対象が対象やからなぁ、うちにも利有りってことで」


 球体はそれぞれ色も違えば、その光度も異なる。一番大きなものは太陽の光のような眩しさを放っており、視認することさえ困難。逆に極小のものは摘まめば消えてしまう程儚げな光だ。

 少女はその中の一つ、白色で三つの中では中程度の光の球体を選択すると、それはぶくぶくと増殖し一つのスクリーンとなった。スクリーンからは、何者かの視点で映像が流れている。


「まぁ……これに関しては、な……」


 しばらく眺めていた映像に絶句する少女。その脇で、梨花は黙然とそれを凝視していた。と、映像が終わる前に梨花は靄に自らを突っ込んだ。すると、靄は跡形もなく消え去ってしまった。


「あっ、あぁ!え3所やのに!!」

「もういいだろ」

「ええんか?てかどこ行くん?」

「アタシがいるとお前は記事に集中できないだろ。アタシはもう行く」


「……アンタ、一体何しでかしたん?」


 少女は玄関で靴を履く梨花に尋ねるが、梨花は少女に背を向けたまま小さな声で応える。


「別に」

「最近いろんな意味で話題になっとる一年の嬢ちゃんとも関係あるん?あんた、前回持ってきたやんな?」


 何気なく投げられた少女の質問に、梨花は小声のまま返す。


「アタシは……他人の掌に簡単に乗っちまうクソは嫌いなんだ」


 それを最後に、梨花は颯爽と部室を出て行った。



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