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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
序章 始まり編
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第2話 勇者の素質

 勇香は目の前の光景に唖然として口をあんぐり開けることしかできなかった。

 それもそのはずである。まるでファンタジー世界の住人のような真っ白い髪をした少女が、勇香を轢いているはずだった車を片手で停止させているのだから。


「やっと、見つけた」


 少女がそう呟くと、勇香が道路の脇にいることを確認し車から手を放す。

 すると、車は何事もなかったように去って行った。

 相変わらず呆然と眺めている勇香に、少女はスキップのような足取りで近づく。


「やっほー君が聖ヶ崎勇香ちゃんだよね?」

「え?は、はい」


 勇香は、見知らぬ少女の口からいきなり自分の名前が出てきたことに動揺する。

 しかし、一連の流れが既に()()なので、深堀せずにやりすごしてしまう。


「私はアリス・マキナ。よろしくね!」


 少女は一回転し、謎のポーズを決めながら自己紹介する。

 その動作で、勇香の脳内には?マークが大量生産されていた。

 だが、少女の非常に整った顔立ちとスタイルのせいで、違和感を感じることなく場を流してしまった。


「あの、私に何か用ですか?」


 それよりもまず質問すべき事はあるはずなのに、勇香は後回しにしてしまう。


「だって迎えに来たんだよ?勇者養成学園の新入生さん!」

「勇者養成学園!?」


 その言葉に、勇香のわだかまりがさらに増していく。

 自分を異世界へと誘った元凶ともいえる言葉。

 そうなると、このアリスという少女は勇者養成学園の関係者なのだろうか。

 いや恐らくそうだろう。勇者養成学園という現実離れした名称も、素手で車を受け止めるというアリスの驚異的な身体能力も、そうだとすれば全て合致する。

 そんな考えに至った勇香に、次に沸き上がってきた感情。それはアリスに対する憎悪。

 なぜ自分は、こんな思いをしなければならなかったのか。

 なぜ自分は、勇者養成学園に転校しなければならないのか。

 もしかして()()()がいなくなったのも、勇者養成学園が関係しているのではないだろうか。


「おーいどうしたのーそんな仏頂面になっちゃって」


 勇香の感情も知る余地のないアリスが、勇香の顔が急に強張ったことを見兼ねて顔を近づけてくる。しかし、それは余計なお世話というものだ。


「なんで私なんかが、勇者養成学園に入らなければならないんですか?」


 勇香はあふれ出る負の感情を制御しながらアリスに尋ねる。


「それは、君が選ばれたからだよ」


 選ばれた?私なんかが?

 別段、学力が特筆しているわけでもない。運動能力が人よりも長けているわけでもない。

 何か才能があるわけでもない自分が、なぜ選ばれたのだろうか。

 勇香の自虐とも捉えられる考えはさらに深まっていく。


「その顔、なんで私が選ばれるのって顔だね?いいよ!アリスちゃんが特別に教えてしんぜよう!」

 

 図星を突かれた勇香は目を丸くする。

 それと同時に、アリスの独特な言い回しが勇香を更に不機嫌にさせる。


「まず勇者養成学園がどんな学校か教えてあげるよ!ですが、ラッキーなことに名前を見るだけで一目瞭然!勇者を育てる学校だよ!」

「勇者……?」


 何がラッキーなのか分からないが──いやそれよりも、勇者という言葉について、勇香は色々な思考を巡らせた。

 そうして出てきた答えは……


「ドルクエとか、キヨヒコみたいな……ですか……?」

「正解!勇香ちゃん見かけによらず詳しいね!」


 アリスの煽りの混じった賞賛に勇香の顔はさらに深刻になっていく。


「勇者、それは魔王と戦い、人々を守るヒーローのような存在!」

「でも……この世界に魔王なんて……」


 当たり前である。魔王どころか、この世界には魔法すらも存在しない。

 そんなもの、人間があらゆる想像を膨らませて創作した作品にすぎない。

 勇香はファンタジー作品を好む少女だが、同時に現実主義でもある。


「おっとアリスちゃんのことを痛い人だと勘違いしてない?でも残念!実はね……いるんだよ!」

「はぁ……」


 そんな、いるんだよって言われても……という表情で、勇香はアリスを見つめている。


「まだ信じてないって顔だねーまあ、正確にはこの世界の裏……だけどね?」

「裏?」

「この世界の外側にはね、瓜二つの姿形を持った裏の世界が存在するんだよ!その名も裏日本!さあ繰り返して!裏日本!」

「う、裏日本」


 突然の指図を受けた勇香は戸惑いながらも言葉を繰り返す。

 しかし、だんだんとアリスの弾丸列車のようなペースに追いつけなくなっていた。


「よくできました!さあ次行くよ!」

「は、はい」


 返事はしながらも、勇香の内心はヘロヘロになっていた。


「裏日本は表日本(こちら)と同じように人間が住んでいて。君たちと同じような生命活動を営む。しかしその実態は全く異なる!」

「そ、それは……?」

「裏日本ではね、魔法が使えるんだよ!」

「魔法!?」


 アリスから放たれた言葉に、勇香の限界に達していた心の疲労が若干緩和される。

 魔法が使える世界。そんな世界が本当にあるのかは分からないが、あるのなら少し行ってみたい気がする。

 勇香はさっきとは違う興味深げな表情でアリスを見つめた。


「魔法については、勇香ちゃんも知ってるよね?そして裏日本には、あの恐ろしい魔王がいる!さあまた繰り返す!魔王!」

「魔王……」


 この反復作業になんの意味があるのか──勇香は疑問を投げたい気持ちを抑えながら話を聞く。


「魔王は裏日本を支配しようと企んでいる。そして魔獣という恐ろしい怪物を操って人々を襲うんだ!そしてここからが重要!」

「はぁ……」

「裏日本で人が魔獣に襲われると、どういうわけかこちらにも被害が出る」


 アリスの顔が急に重たくなったと思えば、直後とんでもない言葉が放たれた。


「え?」

「勇香ちゃんも不思議に思ったことないかな?この世界で起きる原因の分からない不可解な事件の真相」


 思わないわけがない。それどころか、心当たりがありすぎる。  

 今朝のニュースで見たあの原因不明の崩落事故。

 そして、最近身の回りで起こり続ける謎の出来事。


 それが全て、裏日本で人が魔獣に襲われたからなのだったら──


 勇香は背筋が冷え切ったように身震いする。


「そんな魔王から魔法を駆使して人々を守るのが勇者の役目!」


 アリスが再びハイテンションに戻り話しを続ける。


「その勇者を育てる学校こそ!勇者養成学園の正体だよ!」


 これで、全貌が明らかになった。

 勇者養成学園とは、文字通り勇者を育てる学校。

 勇者は魔王から人々を守る。


「わ、私魔法なんか使ったことないし……魔王と戦うなんて……」

「大丈夫大丈夫!はじめは()()()そうだから!」


 みんな?どういうこと?

 勇香はアリスの言葉を理解できず小首を傾ける。


「み、みんな……?」

「勇者はこの世界から来た人たちがほとんどだからね!しかも、才能のある女の子にしかなれない特権だよ!」


 この男女平等を謳う現代社会でそれはどうなのかと突っ込みたくなるが、それよりも才能という言葉に勇香は引っかかった。


「才能って……?」

「つまり君には、凄まじい魔法の才能があるということだよ」

「は?え?」


 驚いた。自分には何も才能がないと思っていたのに、まさか魔法の才能があったなんて……などと納得できるはずがないのは当然だろう。

 大方、勇者養成学園へ入れさせたいだけの売り文句なのか。

 アリスの一言で完全に興ざめしてしまった勇香は一言。


「あの、私そろそろ帰ってもいいですか?」

「待って待って!まだ話は終わってないよ?」


 帰ろうとする勇香を、引き留めようとするアリス。

 しかし、勇香の顔は完全に汚物を見るような表情をしていた。


「あの、おだてるのは止めてください。流石の私でも怒ります」

「おぉー怖ーい。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」


 ピリッ。その一言で、勇香に一筋の雷が落ちる。

 勇香は両親や親せきからよく童顔や子供っぽいなどと言われていた。

 はじめは身内の言う事だと気にしなかったのだが、中学、高校と年齢を積み重ねて、いつしかそれがコンプレックスに変わった。

 成長しない自分の見た目。それを指摘されることが、勇香にとって最大にして最悪の侮辱だったのだ。

 そんな禁句を、あまつさえ初めて会った知らない少女に言われてしまった。

 

 その後の勇香は、それはもう凄まじかった。


「ちょっと!無言で立ち去ろうとしないでよー!」

「どれだけ私を弄べば気が済むんですか?もう聞きたくありません!」


 無言でその場を立ち去る勇香を、アリスがちょっと待ってと制止させようとする。

 しかし、勇香はそんな声など聴く耳を持たず家路を急ぐ。


「弄ぶ?アリスちゃんは()()のことしか言ってないよ?」

「それが嫌なんですよ!もう帰りますから!」


 そうして、勇香は懇願するアリスの声も聞かず、ズンズンと帰宅していった。


「あーあ、行っちゃった。まあいいや、言いたいことは伝えられたし!あとは、勇香ちゃん次第だよね」


 *


 両親が共働きの勇香にとって、帰宅してからの数時間はまさに至福のひと時だ。 

 帰宅部の勇香は、放課後になると自宅に直行し漫画やらゲームやらの娯楽に精を出す。

 たまに一人で映画館に足を運ぶことも。

 しかし、それは昨日までの話。

 アリスの勢いに耐えられなくなり、帰ってきてしまったが、勇香の気分は今も億劫なまま。

 靴を脱ぎ、手を洗い、階段をドタドタと音を立てながら登る。

 自分の部屋に戻ってきた勇香はリュックサックを下すと一目散にベットに横たわり、ぼうっと天井を見つめていた。


 近くにあるゲーム機に手を付けることも、本棚に置いてある漫画を取りに行くこともない。

 早く夢から醒めたいと願っていた勇香も、ようやくこの世界が現実なのだと自覚した。

 この理解不能な現実から逃げたい。どうせなら夢の世界へと迷い込みたい。

 勇香は自分の目を腕で覆い隠し、無心のまま深い眠りに落ちようとする。

 だが、少しばかりの現実逃避も、時間というものは許さない。


 ピロンと、頭の横に置いていたスマホが鳴る。

 なんだろうとスマホを眺めると、トークアプリの通知が着ていた。

 メッセージの主は真琴だ。


『勇香ちゃん元気?カラオケ来てくれるなら、一六時三十分に清ノ崎駅前に集合だよ!』


 そうだ、と勇香は今更カラオケに誘われていたことを思い出す。

 清ノ崎駅は勇香の家の最寄り駅だ。

 確か、真琴は勇香と反対方向のモノレールに乗り、そこからさらに電車に乗り継いで通っていると言っていた気がする。

 つまり、真琴は勇香と一緒に行くために、わざわざ勇香の家の最寄り駅まで来てくれるという事だ。

 カラオケに参加する気が完全に失せていた勇香も、それを察して断りづらくなってしまう。

 メッセージには一言。


『分かった』


 これで、今回のカラオケに勇香が行くことが確定してしまった。

 スマホの時間を見ると、時刻は一六時八分。

 勇香の最寄り駅は歩いて十分ほどなので、遅くとも後十二分後には出発していないといけない。


(何やってるんだろ……私……)


 勇香はこの不可解な現実よりも、自分の情けなさに呆れてしまう。

 

 勇香はスマホのアラームをセットして、少しの間浅い眠りについた…… 


 ピーピーとスマホのアラームが鳴る音がする。

 勇香はうぅと唸り声を上げて目を覚ます。


 スマホを見ると、時刻は十六時二十五分。


「うわ!」


 なんと、数分だけのつもりが十分以上も寝てしまったらしい。

 真琴のとの待ち合わせ時間まであと五分を指しかかっていた。

 勇香は遅刻するとの旨のメッセージを入れつつ、制服のままポケットに財布を入れて階段を駆け下りた。


  そして考える間もなくガレージに置いてある自分の自転車に飛び乗った。


 幸いなことに、清ノ崎駅には市営の駐輪場がある。多少お金がかかってしまうが、少しでも早く到着するためには犠牲を気にしてはいられない。


 今更ながら、アリスがまだあの道にいるかもしれないなどと感じ、鉢合わせしないために迂回しようかと考えるも、時間の無駄だと一蹴した。


 アリスに構ってなどいられない。もし鉢合わせしても無視しよう。

 そんなことを考えながら、勇香はひたすらに自転車を漕ぐ。

 やや錆びつきのある年代物の自転車は、漕ぐとギコギコという音がする。

 しかし、そんな音も辺りの喧騒の中に紛れ込ませ、勇香は駅へと向かった。

 

 帰り際に通った道にはアリスの姿はなく、勇香はすんなりと駅に着いた。

 駅の階段には、既に私服の真琴が壁際にもたれかかっている。

 時刻は一六時三五分。

 急いできたので、五分ほどの遅れで済んだ。

 はあはあと息を吐きながら、勇香は自転車を降りて手で引きながら真琴の元へ向かう。


「安芸さん。遅れてごめん」

「あ!勇香ちゃん!どうしたの?そんな疲れて」

「急いじゃったから。ごめん自転車を駐輪場に停めてくるね」


 分かったと真琴が告げると、勇香は高架下の駐輪場に向かう。

 駐輪場はほぼ満車で、勇香はやっとのことで空いていた隙間を見つけ、そこに自転車を止める。

 そして疲れた体を癒すために駐輪場の入り口にある自動販売機で水を買いつつ、真琴の元に戻っていった。


「停めて来たよ。じゃあ行こうか」

「うん!」


 勇香と真琴は駅の階段を登り改札口へ。

 改札口の前に付くと、勇香はおもむろにスマホを取り出す。


「安芸さん。カラオケの最寄り駅ってどこかな?」

「えっとね、新條駅だよ」


 新條駅は学校の最寄り駅よりもさらに向う。つまり、真琴が電車を乗り換える駅までの途中駅だ。

 やはり、真琴は勇香と待ち合わせをするためにわざわざ清ノ崎駅にまで足を運んでいたのだ。


「安芸さん。ありがとう」

「え?急にどうしたの?」


 勇香は真琴に感謝の言葉を呟きつつ、スマホの地図アプリでモノレールの時刻を調べる。

スマホなど見ずとも、勇香たちがいる改札口の電光掲示板を見れば一目瞭然なのだが、勇香は生粋の現代っ子なのだ。

 

「カラオケの待ち合わせの時間は何時頃かな?」

「えっと確か……一七時だよ」


 勇香は地図アプリに到着時刻を設定して調べる。

 そうして、余裕を見て五分後のモノレールに乗ろうと真琴に話し、二人は改札口を抜けていった。

 

 *


 裏東京。山々に囲まれた小村。

 太陽が沈みかかり、人々は一日の仕事を終えて村に戻る。

 村には男が住んでいた。

 男は牛飼いだった。

 この日は牛の一頭を森の中で放牧させ、空がオレンジ色に染まってきたのを見て、男は牛を連れて村に帰ろうとした。

 夜になると魔獣が出てくる。魔獣に出会うと襲われる。

 この言い伝えを信じ、村の者たちは夜になるとみな家に籠った。

 男も、日が沈む前には村についているはずだった。

 しかし日が沈んでも、男は戻ってこなかった。

 男には妻がいた。妻は、男を探すために家を出た。

 危険と言われつつも村を出て、男の名を叫びながらその周辺を探し回った。

 だがある時、妻の叫び声がばったりと止んだ。

 おかしいと外に出てきた村人が聞いたのは──グルルルという唸り声だった。


 

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