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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
33/125

第30話 反抗(1)

 今日というこの日ほど、学校へ向かう事が楽しいと思える日はなかった。

 両端に聖奈と麻里亜、そして中央に陽咲乃と勇香が横並びになり、四人は談笑に浸りながらヤングストリートを闊歩する。

 表日本では迷惑極まりないこの行為も、一般人など誰もいない学園都市街であれば堂々と行える。

 時刻は午前八時。学園最上部に設置された黄金の鐘は定刻になると、長い一日の開始を告げる鐘の音を学園都市街中に響き渡らせる。

 その音とほぼ同時に、四人は勇者養成学園のエントランスに辿り着いた。


「じゃ、ボクはこれで」


「「また後で」」

「銀先輩朝食あざしたー」


 唯一学年の異なる麻里亜と別れ、勇香、聖奈、陽咲乃の三人は一学年の教室が立ち並ぶ学園の2階へと続く中央階段を上がった。


 しかし階段の先にはあの廊下がある。

 それを意識すると、楽しかった気持ちも階段を上がるうちにみるみると冷めていく。

 代わりに現れたのは。


 勇香は階段の最上段で、思わず立ち止まってしまった。

 勇香に釣られて、陽咲乃と聖奈も足を止める。

 二人は勇香の顔を覗いた。と。


 勇香は顔面蒼白にガタガタと震えている。


「勇香……」

「ごめん。先に行ってて……私まだ、行けそうにないや」


 その廊下で、勇香は何遍もの罵詈雑言をこの身に受けたのだろうか。

 さっきまでの楽しさはすっかりとどこかへ消え失せ、勇香は目に見えない脅威に腕を組んで身震いした。すぐ隣に陽咲乃がいても変わりない。


 本能的に恐怖を覚えるようになってしまったようだ。トラウマと言っても差し支えない。

 廊下の先を直視しただけで、生まれたばかりの小鹿のようにカタカタと脚が震えてしまう。


 今朝の楽しさで、学校に着いても大丈夫だと確信していた。

 そのせいで、勇香は感じ取れてはいなかったのだ。

 自分の精神的苦痛は、とっくに限界を迎えていた、と。


 聖奈は自責の念に駆られ、衝動的に勇香の肩を摩った。

 気付けなかった。こうなることを予知していれば、何か対策を講じていたはずなのに。

 勇香を救うと誓ったにも拘らず、結局は、また……


「ほら、頑張って」


 ポンっと陽咲乃の右手が勇香の背中を押す。


「大丈夫、アタシがついてる」


 勇香は蒼ざめた顔で陽咲乃を見やる。


「陽咲、乃」

「あんたに罵声の一つでも突き刺さったら、その時点でアタシがそいつに倍返ししてやるから」


 瞳を光らせ固唾を飲んだ顔色で、ただただ眼前の廊下を凝視する陽咲乃。

 その目はこの道の先。勇香を脅かす者たちに全てに、この上ない敵意を向けているようだった。


「さっ、行こっか」


 陽咲乃の表情に感化され、自らも剣幕と顔色を変えた聖奈も勇香を促す。


 堅牢たる双璧によって、勇香は護られていると。

 例え攻撃を浴びようとも、反撃の矢じりが襲撃者に降りかかると。

 その安心感が勇香の緊迫感を徐々に削いでいった。


「はい」


 勇香は聖奈に応え、未だ震える足取りのままその廊下へと足を踏み入れた。 

 廊下には、朝の会話に耽る生徒たちが点々としていた。

 彼女たちは突如君臨した三人を目視すると、一斉に視線を注いだ。

 突き刺さった視線に気迫され、勇香は目を瞑ってしまう。

 だが陽咲乃と聖奈に付き添われて何とか脚を動かした。


 ひそひそと耳打ちが耳に入ってくる。

 それらは昨日までのそれとは違い、小声で何を言っているのか聞き取れない。

 

 と、同時に此方へと迫る足音が聞こえた。


 勇香は肩を叩かれ、咄嗟に瞼を開く。

 数舜の間視界がぼやける。やがて鮮明になってくると、目の前には二人の女子生徒が立っていた。


 名前は知らない。けれど、勇香はよく頭にこびりついている。

 同じ学園の生徒だとも。そして、素性を決定的にする嫌がらせを行っていたことも。


 確か、いつかに勇香の靴の踵を踏みつけ、立ち上がった拍子に罵声を浴びせた生徒たちだと、勇香は記憶している。


 そんな二人が、怪訝な顔つきで勇香の目の前に立っている。

 何が起きるのだろうか。分からない。

 そう困惑していた時、左にいた生徒が突然頭を下げ、こう言った。


「ごめん」


 えっ、と呟くことしかできなかった。


「アンタに酷いことして、ごめん」


 もう片方の生徒も、涙を垂らして謝罪に首を垂れる。


「私達、アンタが生徒会に入ったことにムカついて、平気で陰口を言い続けてた」

「けど、昨日陽咲乃に言われて気づいた。アンタが傷ついてたことを、私たちは全然知らなかった」

「みんなに合わせて、私たちはあんたを苦しめ続けてた。でもようやくわかったの。私達がやってることはれっきとした“虐め”だって」


 虐め。少女たちは、自らの行いをそう認めた。


「そう、アンタたちがやってきたことは“虐め”。陰口で済んでたらまだよかったものを、わざわざ勇香を苦しめるためだけに過激な嫌がらせに発展してったんだから」


 敵意を込めた目線で、陽咲乃は二人を叱咤する。


「ごめん……本当にごめん」

「さんざんあんたを虐めてきた私たちが許しを請うのは生意気だと思うけど……ごめんとは、言わせて」

 

 二人はひたすらに言葉を繰り返す。

 ごめん。ごめん。ごめんと。

 今まで勇香を言葉で、身体で、傷つけてきた者たちが。

 誠心誠意に、謝罪している。

 勇香はそっと口を開けた。二人を赦すような、優しい声音で、


「ありがとうございます。謝ってくれて」

「「え?」」


 見上げた二人の少女が捉えた勇香の顔は、睥睨に眉を寄せていた。


「それだけで私は満足です」

「あっ!ちょ……」


 そう言って、勇香と陽咲乃は頭を下げる少女たちから離れるように歩き出す。

 ぽつんと立ち竦んでいた聖奈だが、はっと気づいて勇香と陽咲乃を追った。


「えっと、解決したってことでいいのかな?」

「あの人たちにとってみれば、それでいいんじゃないかと思います」

「勇香ちゃんは、なんとなく不服そうだね」


 怪訝な形相で聖奈は前を歩く勇香に歩み寄る。


「私、捻くれた考えしかできないので、あの人たちの謝罪は陽咲乃さんと寄りを戻そう風にしか見えませんでした」

「え?」


「うん。それもあながち間違いじゃないよ」


 勇香を挟んだ反対を歩いていた陽咲乃も、勇香に同調する。


「二人の視線、ずっとアタシに向いてたもん」

「……っ」


 陽咲乃の言葉に聖奈は胸が痛んだ。

 

「でも陽咲乃が悪者になるよりはましだから、私はあの二人を許しました」

「そ、それに、謝罪してくれたってのは大きな一歩じゃないかな?」

「はい。そう思ってさっきの出来事はあんまり心には響きませんでした」


 素知らぬ顔で話す勇香のか細い足を、陽咲乃は真剣に眺めていた。


(震えてる)


 やがてロッカーに着いた。

 三人は各々のロッカーに荷物を預け、授業のための必要品を取り出す。

 陽咲乃も沢山の教科書や物が詰め込めらたロッカーの中から数本の教科書と大きめの巾着袋を出す。そして横にいる勇香と聖奈に尋ねかけた。


「一時限目はみんな何?」


「私は、霧谷先生の魔法実習」

「そっか。勇香って耀孤先生とマンツーマン授業させてもらってるんだよね」

「ご、ごめん」

「謝る必要ないって、勇香は一切悪くないんだからさ」


 陽咲乃はにやけ面を作りながら、ロッカーの扉をバタンと閉めた。


「アタシはこのあと職業別実習だから、着替えもって更衣室いかなきゃ」

「陽咲乃の職業って何?」

「ん?アタシは盗賊だよ」

「以外……麻里亜さんと同じだ」

「ふふん!アタシ、自分で言うのもなんだけど結構運動神経良くてすばしっこいから向いてると思ってね。ちなみに銀先輩はアタシの師匠的ポジ!」

「そ、そうなんだ……」

「一回も教えを乞うたことはないけどね、あくまで自称だから。でも盗賊としてのポテンシャルは凄いことは知ってる。アタシの憧れなの」


 そう早口で語り終えると、何故か両手で拝みながら目をキラキラさせる陽咲乃。

 麻里亜の生態を知っている勇香には、ポテンシャルとやらは全くもってピンとこなかった。


「聖奈は?」

「私は園芸実習」


「そ、そんな科目があるんですか?」

「う、うん。私たちは息抜き講義って呼んでる。園芸を取ってるのは趣味で、ね」

「知らなかったです」


 と、予鈴のチャイムが鳴り響いた。


「おっといかなきゃ。勇香」

「なに?」

「もしアタシがいない間に何か嫌な事をされたら、絶対に報告すること」

「……っ!」

「口封じされても絶対。顔と名前は覚えておいてね」

「わ、分かった」

「じゃ、聖奈もまたー」


 駆け足のまま手を振って、陽咲乃は二人の元を後にした。

 聖奈も分厚い教科書の束をロッカーから出し終えると、勇香に告げる。


「じゃ、じゃあ勇香ちゃんまたね。空いてる時があったらいつでも生徒会室に来ても大丈夫だからね。生徒会のメンバーだし」

「分かりました」


 離れていく聖奈に手を振った後、勇香は教科書を手にもってロッカーの鍵をきっちりと閉めた。


 *


 陽咲乃と聖奈と別れ、勇香は孤独に地下へと続く階段を降りていた。

 不思議と学園を練り歩くのが少々身軽になったことを身に感じながら。


 陰口はなくなったわけではなかった。

 階段を降りるまでの間に、些かには勇香を蔑む趣旨の籠った囁きは聞こえてきた。

 だがそれも、以前までのような覇気は感じ取れなくなっていた。


 陽咲乃が勇香の味方に着いたことが知れたのか、一年生の間で勇香を陥れようという風潮は廃れてきたのだろう。

 けれど不正疑惑が晴れたわけじゃない。

 未だに勇香を疑う者は少なからず存在する。

 陽咲乃が策を練ってくれるまでは、警戒をするに越したことはないだろう。


 そう、思索している──時だった。


「きゃっ!!」


 階段から地下の廊下に足を落とした瞬間に、首元を誰かの腕にガッシリと掴まれた。

 

「ちょっとこっち来い」


 振り向く間もなくその者に操られるかのように、首を締められたまま廊下を早足で歩かされた。

 その()()の正体は、拘束されている間に分かった。

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