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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
123/125

第115話 太陽に咲く(1)

 テレビの中のヒーローが大好きだった。


 きっかけは幼稚園の頃、父が録画した特撮番組を、兄が盗み見ていた時だ。

 自分なんてどうでもいい。誰かを助けたい一心に、自分さえも犠牲にするヒーロー。アタシはそんなヒーローに胸を焼かれてしまった。


『山田先生、事務作業してるとこ悪いけど、陽咲乃ちゃんまたひとりでいるみたいだから一緒に遊んであげて』

『えっ、あっ、はい』


 アタシもいつかヒーローに。子供らしく、将来に目を輝かせていたのは遠い思い出だ。遠い遠い、儚さすら狂おしい。夢のような刹那だった。


『陽咲乃ちゃん、みんなと遊ばないの?先生とおえかきしよっか?』

『……っ』

 

 4歳の誕生日、それは突然現れた。


『陽咲乃ちゃん?』


 先生の心臓に渦巻く、まるで別世界から現れたような、黒くて醜悪な塊。


『ぐっ、へへ!!!!!!』

『ちょっ、陽咲乃ちゃッ!?救急車!!誰か救急車を!!!』


 その相貌はまるで生ごみ、いや、人間の死骸が山積みになった地獄の針山。

 思わず目をうつすと、アタシの目に映る人間すべてにそれが覆いかぶさっていた。アタシ齢4歳にして初めて、引きこもった。

 

『陽咲乃ちゃん?今日も日向ちゃん来てるよ?一緒に遊びたいって』


『いゃ……ぁだ……』


『……陽咲乃ちゃん?』


 怖かった。部屋の窓から外界を覗くと、道ゆく人はみんなまっくろで、トゲトゲで。お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんもみんな怪物になっちゃったようで。みんなアニメに出てくる悪者みたいで、いつか襲われるんじゃないかと戦慄しっぱなしだった。


 それでも1ヶ月もすれば気持ち悪さにも慣れた。

 ようやく復帰できたある日。仲良くしてくれた保育園の先生に向けて、無邪気にこう告げた。


『先生はお仕事楽しい?』


『た、楽しいよ?なんでそんなこと聞くの?』

『だって楽しそうじゃないもん。アタシたちのこと嫌いなの?』

『ど、どういう意味かな〜?』


 当時は悪意なんて無い。

 なんとなく、黒い渦のせいで楽しそうに見えなかった。それくらいの理由だったと思う。



『先生、アタシたちみんないなくなってほしいって思ってる?』


 アタシたちと接しているとき、終始笑顔でいてくれた先生。その瞬間だけ、笑顔が歪んでいるように見えた。

 楽しくないのかな。そう先生を傍観していると、黒い渦がぼちゃぼちゃと膨張し始めた。


『そんなわけないじゃない』


 先生はそう答えると、足早に去っていった。


 先生の身に起きた黒い渦の変化。なんとなく興味を持ったアタシは、話しかけてきた先生に同じような言葉をかけ続けた。


『望まないことして楽しい?』


『なんで楽しくないのにアタシと遊ぼうとするの?』


『楽しいことしたくないの?』



 数日後、その先生はアタシの頬を殴って周りの先生たちに取り押さえられ、そのまま逮捕された。


 


 今思えば、この時に覚えた優越感は、アタシの運命を描画するにあたって大きく影

響したと思う。


 ──先生の中に眠る何かを暴いた


 先生が本性を隠しながら子供達に笑顔を振り撒いていた理由は、当時のアタシにはよくわからなかった。代わりに思考を重ねた結果、アタシはこう解釈した。


 人の笑顔の裏には、まっくろがある。黒い渦とは、その人がまっくろを有している証だろう。

 優しかった先生も、追い詰めればまっくろを表に放出した……それなら……

 

 

 もっとたくさんのまっくろを暴きたい。アタシはいろんな先生のまっくろを推察し、それを告げた。


 逮捕された先生ほどではないが、笑顔をほんの少しだけ崩す先生だったり、不自然に話を逸らす先生。まっくろを詮索されたくない故の回避の仕方はバラエティに富んでいて、当時のアタシは聞いていながら吹き出しそうだった。


  

 大人だけでは飽き足らず、アタシは当時のクラスメイトも標的にした。


 例えば、時と場をわきまえずにことあるごとに友達の感情を的中させてみたり。当時流行っていた戦隊ヒーロー物や魔法少女アニメのキャラクターのキャストを調べ、不祥事があったらそれを告げてまっくろの放出を伺ったこともある。


 次第にクラスメイトはアタシに近づかなくなり、いつしかアタシは“異物”扱いされるようになった。大して寂しさを感じることはなかったのだが。


『もう陽咲乃ちゃんなんて知らない!』

『……』


 知ってしまったのだから。


『……日向』

『陽咲乃ちゃん、そろそろやめたら?』

『なんで?みんな悪者なんだからいいじゃん』

『陽咲乃ちゃん、なんか変だよ……』

『……っ』


 まっくろを持つ者は等しく、ヒーローに敵対する()()だと。




 誰かのため、それがヒーローの生きる指針。しかし、あの先生はアタシに暴行した。アタシのために笑っていなかった。まっくろな人間は等しくそう在るのだろう。そんなのヒーローの対偶、まさしく悪者と呼ぶに相応しい。

 

 それなら、まっくろ人間をみんな倒せば、アタシはヒーローになれる?





 まっくろ人間は、アタシの家族も例外ではない。



 アタシは、ちょっと特殊な家庭に生を受けた。父は警察官、母は市議会議員で上には年の離れた兄の秋桜あきお、姉の天真乃。

 特殊というのは家族の特性だ。“誰かのため”に、誰かを幸せにするために日々行動している、字面を見るだけならまさしくヒーローと同義。アタシがヒーローに憧れるのも必然だろう。

 お兄ちゃんとお姉ちゃんも父や母に憧れて、“誰かのため”に行動できる人を目指している。もちろん、最初はわずかばかりの誇りすら抱いていた。



 それなのにみんなの心臓には黒い渦があった。それが発覚した時は裏切られた気分だったし、にわかには信じられなかった。

 それでもまっくろな現実は変わらないので、慣れるまでには軽度の人間不信を拗らせた。


『選手の所信表明です』

『応援してくださる皆さまために……日本を背負い、命張ってきます!』


『新内閣総理大臣の所信表明演説が行われようとしています』


『この国の未来のために、死力を尽くす所存です!』



『この剣の輝きは、村の人たちの魂の叫びだ。託してくれた人たちのため、俺は何度でも立ち上がり、お前に刃を突き立てる!』

『おのれ……!』


『ダモクレスぅ、かっこいいよ……』

『……』

『ちょっとー、陽咲乃も興奮してよ。なんかわたしが馬鹿みたいじゃん!』


『嘘ばっか』


『はぁ!?』 


 そうか、この街にヒーローは存在しない。いるのはまっくろ人間、悪者だらけ。

 一刻も早くヒーローにならなきゃ、救われるべき人が悪者に殺されてしまう。

 それどころか、このまま家族と一緒に暮らせばアタシは悪者になって……


 私はヒーローになるために、反抗を決意した。



 はじめは小学校をサボって、近所の不良たちとつるむだけの日々を過ごした。まっくろ人間は悪者、それなら悪者と対立する者たちの側に身を寄せれば安泰なのでは?そう考えただけの単純な理由だ。


 やがては誘惑のまま、この世界の裏側に染まっていった。


 最初は麻薬の受け子だったり闇バイトの下っ端を転々としていった。

 捕まっても刑が軽い小学生を武器にして、とにかく傭兵というか、何でも屋として裏社会を練り歩いた。


 自分で言うのもなんだけど、アタシには屈強な警察官に追われようが容易に逃走できる怪物じみたフィジカルがある。万が一ヘマして捕まっても、小1のガキなら罰も少量。組織としては使いやすかっただろう。


 そのうち地元の少年犯罪グループにスカウトされて、窃盗、ひったくり、強盗、下っ端として散々こき使われたのは記憶に新しい。

 相手はまっくろ人間たち。刃物で切り裂こうがぶん殴ろうが、罪悪感は感じなかった。覚悟を決めたら、押し潰せた。

 そうして積み上がった功績は、世間から除去された人間たちにたいそう喜ばれた。

 

 ──この人たちの元でなら、アタシはヒーローになれるかも

 

『陽咲乃。その怪我、誰かに殴られたの?』

『今日の案件が割とめんどくてさー、疲れたから近所のコンビニのメロンパン盗んだら、しくって補導されちゃった。そんで軽く揶揄ったらムキになってんの。アタシは隙をついて逃走。聞いた話だとその警官、懲戒処分だって。ざまぁみろってか』


『そ、そっか』


 警察のお世話になった夜。家に帰ると、お父さんとお母さんが喧嘩しているところを目撃した。喧嘩というか、お母さんが小心者のお父さんに一方的に鬱憤を晴らしていただけにも見えたが。

 内容はどこで教育を間違えてしまったの、あなたがしっかりしないからでしょっとか。

 ハリボテの正義を掲げ、デキる親を演じる。けどふたを開けてみれば、自分の肩書が愛くるしくて捨てられない悪者だと、まっくろが包み隠さず教えてくれる。

 悪者の策略をひとつ、握り拳で押しつぶしたのにはゾクゾクした。


 反抗は日に日に過激化していく。悪者を貶めたり、家出も頻繁にして警察の厄介になることも増えた。

 家出先が半グレ集団のアジトで、喫煙や飲酒に手を出しかけたことも多々ある。その時は偶然巡回中だったお父さんが駆けつけ、引き止めたんだけど。

 学校でも自分の意にそぐわない悪者には問答無用で陰で悪口を言ったり、グループの輪から省いたりしてた。そんなのまだかわいいほうだ。

 気に入らない悪者にはドッチボール少し強く投げて怪我させたり、気の弱い悪者を脅して給食のプリンを横取りしたり、週に二、三回は問題行動を起こし先生に叱られていた。先生たちも手に負えなかっただろうね。



 反抗を始めてから4年ほど経ち、アタシは10歳になった。ヒーローになれた気は、ちっともちっともしなかった。


『これ、日向には黙ってたことなんだけどさ。アタシ、相手の本心を見抜くことができるんだ』

『えぇ!?』

『感受性が強いからかもしれないけど、表情、仕草、かな?よくわからないけど、心臓のあたりにまっくろが見えるの』

『わたしに使わないでねその力!?』

『制御できるもんじゃないからねぇ。あんたの隠し事も暴いちゃうかも♪』

『やめて……!』

『ふむふむ、昨日も学校さぼって家でゲームし……』


『……いいじゃん別に』


 一体どれだけ反抗すれば、ヒーローになれるのだろう?


 きっとこの世界に、ヒーローは存在しないのかもしれない。代わりに跋扈するのはヒーローの皮を被った悪者ばかり。

 ヒーローがいないのなら、アタシもヒーローにはなれないのだろうか。


 そんなある日のこと。アタシが深夜まで不良仲間と路上で屯っていたところを補導されて、迎えに来たお父さんにこう質問したことがある。


『アンタは護ると誓った人間が目の前で死んだとき、どう責任取る?』


『な、なんだ急に』


『教えてよ、ヒーローなら』


 守ると誓った女の子が目の前で死んだとき、心から号泣できる人間なんてこの世にはいない。だいたいは責任逃れ、俺は悪くない、殺したヤツが悪い、運が悪かった、言い訳なんてその時がくれば五万と思いつく。


『護れるきれるよ。パパはそう信じたい』


 お父さんは家でもダメダメで、しょっちゅうお母さんに怒られていた。

 普段はダメなくせにここぞというときは父親ぶるお父さん。アタシたちはそんなお父さんを間近で見てきたから、自然とお父さんを下に見るようになっていた。


 まっくろなのに、他人を救おうとする。悪者なのに、正義の味方で在ろうとする。アタシにはそれがよくわからなかった。

 何度も真意を突き止めようとしたけど、今に至るまでお父さんの本性は暴けずにいる。


『それでなんて言ったと思う』

『なに?』

  

『だから僕はなったんだ、理不尽を滅する──正義の盾に』


 あの夜の出来事は細胞レベルまで焼きついていたので、一言一句を模写するのは余裕だった。


『お、おう……』


『だっせェェェェェェェェェ!!!!!!』

『わ、笑わないであげなぁ』

『30にもなってまだ厨二拗らせてんの、つぅか厨二にしてもワードチョイス下手くそすぎ。理不尽を滅する正義の盾って口にするだけでつっかえるし鳥肌立つ。もっと他にあるだろ!!!!!』

『爆笑やめたげてよぅ』


 ケタケタ笑い転げた。笑いすぎて心臓が止まるかと思った。真っ先に倒されそうな悪者が一丁前にヒーローを気取るなんて、滑稽にも程がある。


『ふぅ……あんなのがヒーローって。所詮この世には悪者しかいないよな』


『うーん』

『なに?』


『それでも、なりたいって気持ちは変わらないんでしょ?』


『……今の馬鹿笑いでどうしてそうなるよ』

『だって今日の陽咲乃、いつもより生き生きしてるもん』



 特別身体が強いわけでも無くて、ヘタレで、おまけにまっくろで、誰かを護るのは怖いくせに。


 それなのに、あの時だけはそんなお父さんの目が、透き通っていて。声が、分厚くて、重くて。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。悪者じゃなくて、ヒーローに見えてしまった。


『親と子は似るんだねぇ』

『待ってあんなのと一緒にしないで。アタシもっとセンスいいから』

『じゃあ考えてみ』

『り、理不尽を滅多打ちにする、正義に祝福されしヒーロ……』

『情報多すぎて意味わかんない』

『うるさ!』


『わたしはまだ十二だし、ヒーローの資格とかよくわかんないけど。決めつけるのはまだ早いんじゃない?』

『……っ』


『踏み出してみなよ』


 そんなお父さんは、アタシが小学校に上がった頃に死んだ。半グレ集団が銃を手に入れるために深夜交番を襲撃し、勤務中だったお父さんは乱闘になった挙句、銃を奪った一人がお父さんの脳天を直撃。即死だったらしい。


 半グレ集団は、かつてお父さんが彼らを粛清した報復とばかりにお父さんを狙っていたらしい。

 ついでに言うと、アタシも、襲撃に力を貸していた。ピンチヒッターとして、現場を物陰からのぞいていた程度だけど。嫌な予感はしていたが、そこがお父さんの職場だとは事が起きるまで知らなかった。

 その後、そいつらはお縄にかかった。アタシたちの心にはぽっかり穴が開いた。


 お母さんはあの日から、あれだけ愛していた肩書を手放すくらい気を病み、寝込んでしまった。残されたアタシたち三兄妹も、立ち直れるはずがなかった。だって、みんなの憧れだったんだもん。


 それでも数週間後。お兄ちゃんとお姉ちゃんは悲しみから立ち直った。お父さんの成し遂げたかった“正義”を受け継ぐと決めたのらしい。


 ちょうどその頃、お兄ちゃんは大学を卒業したばかりだった。高校生から東京に上京していたお兄ちゃんは、国の中心からお父さんの正義を浸透させたいと、あえてお母さんの選挙区ではなく、東京の某所で区議会議員に出馬。その清廉潔白な人柄と、腐りきっていた議会を立て直すと大衆に訴えたお兄ちゃんは多くの支持を集め、見事に当選した。お姉ちゃんも中学受験で進学校に入学。生徒会に入って会長、副会長といった要職を歴任した。二人は秀才だし、人望も厚かった。


 アタシはお父さんが死んだ後も、ヒーローを目指す気は起きなかった。


 ひきづっていたのはアタシだけ。その事実に心が締め付けられて、何度も吐いた。どれだけ吐き出しても、お父さんを失った痛みは癒えなかった。

 そんなアタシに、ずっと寄り添ってくれた女の子がいた。


『日向って憧れとかいるの?』


『は?なんで』


『なんでも』


『ねぇ、陽咲乃はどうしてわたしの友達でいてくれるの?』


『質問に質問で返さないでよ』


『いいじゃんいいじゃん』


 名は鴫野(しぎの)日向(ひなた)ちゃん。

 幼稚園の頃から引っ込み思案で、名前が似ているから程度の理由で仲良くなった関係。超が千兆ついても物足りないくらいのぐうたら。悪者たちからは名前にそぐわぬ日陰ちゃんと馬鹿にされていた。


『だって……まっしろだから。一緒に居ても息苦しくない、それだけ』


『なるほどね』


 悪者にさんざん人格を破壊されたせいで人間不信なくせに、なぜかアタシにだけは異様に懐いてくる。

 一応、アタシと日向ちゃんは幼馴染ではあるけど、今考えるとそれだけの理由でアタシに付き添い続けるとは思えない。当時のアタシは、お父さんの話を聞いてから日向ちゃんの真意に勘づいた。


『で、誰なの?』


『……これ、本人の前で言うの恥ずかしいや』


『え?』


『あたしがもってないものすべてもってる、文字通り太陽みたいな人』


『太陽じゃないから、すべて持ってるとは限らないよ』


『それでも、わたしには持ってないものを持ってる』


『あと、わたしはまっしろじゃない』


『え?』


『まっくろになれないだけ』


 周りの人間はみんなまっくろ。しかし、日向ちゃんのこころはまっしろだった。

 アタシは貴重なまっしろ人間を悪者に潰されるのが歯がゆくて、日向ちゃんと友達をやっていた。


『ふーん』


 日向ちゃんは、逃げ続ける私の胸倉を掴んだ。


『なにすんっ』


『言ったよね、一歩踏み出してみなよって。ヒーローは大切な人が千兆回死んでも立ち上がるもんなの。陽咲乃はそんなヤツになりたいんじゃないの?』


『そんなヤツ……この世にいないって』


『うっさい!成ってくれなきゃわたしが困る。陽咲乃はわたしの唯一……なんだからな』


 まっくろは悪者で、お父さんは特別。


 じゃあアタシは?


 ヒーローに必要なもの、それはお父さんが教えてくれた。どんな人間でも、自分の正義を背負う覚悟と、誰かを護りたいという意思だ。

 お父さんはまっくろだったけど、憧れてくれる誰かのために死に際まで戦い続けた特別な存在。

 それがあれば、アタシもヒーローになれる?


 日向ちゃんのおかげで、お父さんを失った傷を埋めることができた。

 だけど兄弟が揃ってお父さんの意思を継ぐって歩み出したから、そのムードに押されてなんとなヒーローを目指すために踏み出し始めた。


 アタシは中学受験で都内の進学校に入学した。偶然だか、日向ちゃんも同じ学校に入学してくれた。アタシは自分で言うのもなんだけど、成績も優秀だし運動も得意だったから、自然とクラスの中心に立てるような存在になった。クラスはアタシを中心に輪が形成されていった。


 そんなある時、日向が同級生にいじめを受けている場面に遭遇した。


『京子の彼氏奪ったってほんと?』

『そんなのしらない』


 主犯格の女の子は、弁解に走ろうとする日向ちゃんの胸倉をぐしゃっと掴んだ。 


『ほんとに知らないの!好きなゲームが一緒でちょっと話しかけられただ……うっ』

『ゲームの話しただけでこんなイイカンジの雰囲気なる?』


 取り巻きが見せつけたスマホの画像は、日向ちゃんと彼氏とされる男の子が仲睦まじくスマホゲームをプレイする写真だった。根っからのゲーマーな日向ちゃんなら、異性とはいえ表情が解れるのは珍しくない。それでも、彼女たちの“正義”の前には、断罪されるべき罪だったらしい。


『ほんっと、顔がイイだけで調子乗ってるよね日陰のくせに』

『おまけにクラスの中心(アイツ)(クソ)やってれば安泰だと思ってそう。アタシらは黙ってないから』

『よしっ、先輩の下連れてくぞ』

『やだっ、やめて!!!!!!!!』


 数時間後、日向ちゃんの姿は校舎から外れた体育倉庫裏にあった。その顔は、人間以外の異形か宇宙人みたいに、ボコボコと腫れ上がっていた。


『醜い顔』

『陽咲乃……』


 中1の夏頃、厳かな雰囲気の中、取り仕切られたいじめ防止教室。教える側もまっくろだった。これでは、たとえ熱心に聞いていたとて、真に心に響くことはなかっただろう。そうクスクスと嘲笑っていたら、先生にこっぴどく注意された。


『柔道部の主将とかいう先輩。妙にあんたをいじめてたヤツらに好かれてたけど、裏でいじめっ子集団の統領やってるって噂、本当だったんだ』

『なんで止めてくれなかったの?』

『原因はわかりきってんじゃん。運命を呪うんだね』

『そんなの、理不尽じゃない』

『いやなら抗えばいいのに。あぁ、あんたにそんな試練できっこないか』

『先生も、体裁を気にして“和解”を強制してくる。対処療法じゃ意味ないって絶対わかってるはずなのに』


 ~We are Heroes~ 人を助け、笑い合うクラス


 前からわかっていたことだが、先生は見かけ上のアットホームを演出したいだけの、ヒーローを装った悪者だ。そんなヤツだからみんなヒーローになれると豪語できるし、女子生徒を平気で贔屓するし、笑っていたアタシだけに目をつけるのだろう。

 実際はお父さんのような特別な存在が、幾重もの苦労を経たことで初めて称号が与えられるのに。 

 そんなヤツに期待を寄せていても、結果はこの様だ。


『ふーん、アイツも悪者か』


──その人が笑って暮らせる世界を創れたなら、覚悟の血肉になれる


『……いいよ』

『え?』

『アタシが代わりに抗ってあげる』


 ぶっきらぼうに、てきとうに。アタシは、日向ちゃんに手を差し伸べた。


『ヒーローって、そういうもんでしょ?』


手始めに、アタシは本性を現した悪者たちの制裁を行った。

柔道部の先輩は“型”にはまったことしかできない無能だったので攻略は簡単だった。人の道を外れた方法で、人間のいで立ちを失うくらいは先輩の顔を殴りつけ、日向ちゃんへの仕打ちよりも立ち直れない怪我を負わせた。当時は限度というものを知らなかったので、停学処分を喰らったときはいまいち納得いかなかったな。


 殴りつける間、先輩が命乞いとばかりに吐露した日向ちゃんへの仕打ちは、携帯していたボイスレコーダーにしっかりと録音してある。

 日向ちゃんはそれを手にするや否や職員室の先生に押しかけ録音を流した。しかし、それで日向ちゃんへのいじめが明るみに出ることはなかった。


 警察沙汰を危惧した悪者たちが、2の事件を闇の中へ葬ったのだ。


 話は変わるが、お兄ちゃんは同時期、東京某所の区長選挙に立候補していた。その最中に事件が明るみになれば、お兄ちゃんの選挙に少なからず影響してしまう。

 お母さんは事を穏便に済ませるためにアタシに頭を下げさせ、先輩への暴行を揉み消したのだ。


 ついでに日向ちゃんへのいじめも隠蔽され、ヒーローへの近道は跡形もなく消えてしまった。

 アタシを称賛してくれたのは日向ちゃんただ一人。それも憑き物が落ちたように狂喜乱舞していた。


『アイツら、陽咲乃を怖がってあたしに絡んでこなくなった!』

『先生にチクってたときはあんなイキがってたのに』


『クラスのみんなも内心アイツら嫌がってたし、陽咲乃みんなのヒーローじゃん!』

 この世界には、真に誰かの幸福を願って行動できる人間はいない。それはお父さんの影を追い続けてわかった。

 まっしろに成ろうとしない。お父さん以外のまっくろ人間は悪者。日向ちゃんみたいな人間をふたたび苦しめるだろう。

 情けを掛ける必要なんてない。アタシはこの道に進んで正解だったんだ。


 この一件で、アタシはまっくろな人間は悪者だと確信を持った。


『ふーん』

『へへっ、ざまぁみろざまぁみろざまぁみろ』


 これで終わりにはさせない。アタシは手始めに、先生を攻略することにした。アタシはボイスレコーダーを使って“現場”を録音。保身に走る先生には、日向ちゃんがスキャンダルを粘り強く調べ上げた。その末に不倫相手と通話する現場に居合わせた日向ちゃんは会話を録音。アタシは先生の弱みを握っていじめの告発を促した。


 その裏でクラスでちょっと気性の荒い子とか、ちょっと校則を破った子を輪の外へ追い出した。


 通称、正義の鉄槌。


 名前は厨二臭いけどね。内容は悪者をトイレに監禁したり、靴を没収したり、苦手な虫を食べさせたりと身体的な罰に加え、でっち上げの悪い噂を流し込み、悪者をクラスの輪の中から排除した。とにかく、罪を吐露させるためには何でもした。

 正義の鉄槌を受けた悪者は孤立し、中には不登校になる者まで。暴力沙汰で気味悪がられていたアタシは、悪者がことごとく姿を消したことで日向ちゃんのような子たちに英雄視された。


 同時に、だんだんとアタシを良く思わない子たちもちらほらと現れたけど、あの時は、そんな小さな変化にも気づけなかったな。


『陽咲乃!咲子ちゃん、感謝してたよ!』

『咲子……だれ?』

『ほら!おさげで図書委員の!それに真島くんだって!陽咲乃が鉄槌下したやつに殴られたりして一時期学校休んでたじゃん!ほんとヒーロー!クラスの英雄』


 正直あの時は浮かれていたし、自分にはその素質があると自負すらしていた。


 二年生になった。アタシは初めて、生徒会選挙に立候補した。


『わたしも手伝うよ』

『無理しなくていいよ、あんた向いてないでしょ』


『ま、待って』

『陽咲乃に、これ以上いやな思いしてほしくないから』

『……正気?』


 日向ちゃんは、アタシの問いかけにこくりと頷いた。

 正直、当時は強がってるだけかと思ったけど、今だからこそわかる。


 日向ちゃんの瞳は、あの時のお父さんのように澄んでいた。


『な、成川陽咲乃をよろしくお願いします!』

『えっ、急になに?』

『あっ、えと、成川陽咲乃は、弱いわたしたちの味方になってくれて……その』

『……失礼じゃない、それ?』 

『あっ、ちが、そう言う意味じゃ……行かないで!!』


 学校内でさほど目立たない生徒を片っ端からとっつ構えては宗教勧誘ばりに公約やら経歴やらを演説していた。

 クラスの一部に目の敵にされている女を応援するなんて、日向に恨みつらみが飛び火する可能性もあった。いや、実際に選挙活動を始めた日向にアタシを目の敵にする女子から嫌がらせがあったことも覚えている。


 それでも日向ちゃんは諦めなかった。時にはライバルに頭を下げ、辞退してくれと懇願したりしたらしい。今思えば、日向ちゃんは目に見えた運命から必死に反抗していたに違いない。


 選挙の一日前。ほかの候補者があたりざわりのない公約で人気を集めていく中、アタシの評判は散々だった。


 だから、日向ちゃんは一歩踏み出した。


『はい、これ』


『え、なに?』


『このキツネはねー、絶対逃げきれる怪物をモデルにしてるんだよー。陽咲乃の勝利祈願に!』


『えぇ、気持ち悪。勝利祈願に渡すもんじゃないでしょ』


『はぁぁ!?せっかく家から一歩も出たくもない放課後に駅近の雑貨屋行って選んだのに!?』


『だいたい学校にピアスつけていけないでしょ。あんたバカなの?』


『あっ、そうだった……てへへ』


『うーん、あたしの趣味でもないし、あんたが使って』


『えーダメだよ。陽咲乃専用だもん』


『なんでよ』


『いいから受け取って』


『……』




『絶対、陽咲乃を勝たせるから』


『あんたがねぇ……ふふっ』


『……だから』


『ん?』


『この先もずっと、わたしたちの唯一でいてくれる?』

 

 これはその夜の出来事。

 

 日向ちゃんは警備の隙を突いて校舎に忍び込み、集計前の投票用紙をあらかじめ用意しておいたアタシの票に差し替えようとした。 

 だけど所詮は中学生。そんなフィクションに出てくるスパイみたいな芸当、できるはずはない。

 日向ちゃんは投票箱が集められた教室の目の前で巡回中の警備員に見つかり、その翌日、日向ちゃんの罪は明るみになった。

 

 結局アタシは生徒会長にもなれず、ヒーローの称号は“手下を使って不正を働いた悪者”と挿げ替えられた。 

 

 アタシは、日向ちゃんを糾弾した。


『ごめん、ごめん』


『なんでまっしろなんだよ!!!!!まっくろじゃねえかよ!!!!!!』

『えっ……?』


『裏切り者!!!』

『ご、ごめ』

『全部嘘だったのかよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


『あっ』

『っ?』


 その時、確かに見えたものがある。

 日向ちゃんの心臓の部分に、産毛のようにうねうねと生えていたまっくろ。


『なんで、気づかなかったんだろ』


──これは現役からのアドバイスだ陽咲乃


『あんた、ちゃんと黒いじゃん』


──ヒーローになりたいなら、まずはお前を憧れてくれる人を思い浮かべるんだ


『この世は……黒いヤツだらけ』


──その人が笑って暮らせる世界を創れたなら、覚悟の血肉になれる


『真に守るべき人間なんて、いない』


『陽咲乃……』


『きっ!』

『っ!?』


 アタシは、日向ちゃんの顔を気が済むまで殴り続け、


『許さない!!!!!!!!』


 正義の鉄槌を、実行した。


 実は、日向ちゃんには彼氏がいた。選挙期間中、ひたむきにアタシを応援する姿に心を奪われたらしい。まぁ、本心は顔だろうけど。


 アタシは手始めに、不正によって張りつけられた日向ちゃんの悪評を盛り立てて、彼を奪ってやった。


 そして、あることないこと噂を吹き込みまくって、学校から日向ちゃんの居場所をどんどん消していった。そのころには、アタシの評判は地に落ちていた。


 数週間が過ぎて、日向ちゃんは学校に来なくなった。


『よぉ、久しぶりじゃん。非道は飽きたんじゃなかった?』

『ちょっと罰したい奴がいるの』

『へぇ』


『アジトに引きこもったくらいで、罪から逃れられると思うなよ』


 アタシは両親の不在を狙い、毎日のように不良仲間の取り巻きを引き連れ、日向ちゃんの家に乗り込んだ。はじめはポストにカエルの死骸を投函するくらいだったのが、玄関先から大声で恨みつらみの数々を唱えたり、日向ちゃんの部屋の窓に石を投げつけたり、日を追うごとにどんどん過激になった。 

 アタシは裏切られた恨みを叫声として投げつけ、日向ちゃんの心をズキズキ、ズキズキと外側から叩き潰きした。時には白昼堂々と、まるで一種のデモみたいに騒ぎ立てるものだから、警察のお世話になるときもあった。それでもアタシは止まらなかった。


 悪者はとことん追い詰める、それが正義の鉄槌。アタシを欺いた悪者には、欺かれた分の罰を。

 必死だった。周りが見えなくなるほど誰かを罰したいと思ったことは、今まで一度もなかった。



 一か月。



 日向ちゃんは、自室で首を吊って死んだ。

次回からは隔週更新となります。ご了承ください。

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