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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
122/125

第114話 憧憬の果て(2)

 陽咲乃は子供のように涙をこぼした。

 わんわんと泣きわめきながら、左腕の亡骸をぐしゃっと右腕で包み込む。


「陽咲乃……」

「時間が経ったから、もう腕の蘇生はできない、でしょ?」

「左腕は魔戒腕を施してくれたら復活するよ。私だってほら」


「やめてよ勇香」


 陽咲乃は勇香の手を掴み取った。 



「これ以上考えさせないで、お願い」



 泣きながら懇願しているようだ。

 陽咲乃はそのまま数分、勇香の手を握ったままだった。

 話しかけたくても、言葉に声が乗らない。

 なにを話しかけていいのか分からない。


 陽咲乃の気持ちが読めない。


「ごめん、ちょっと落ち着いた」


「私、また陽咲乃に頼っちゃった」

「頼らないなんて無理でしょ。あの時の勇香じゃ」

「私が陽咲乃だったら、今頃卒なく演習をこなして、英雄の道を……一歩ずつ踏んでいたのかな」

「そんなの、アタシにだってわからないよ」


 わからない。わからないからこそ怖い。

 未来に何が待っているのか。その選択をすることで、どんな恐怖が待ち受けているのか。考えれば考えるほど脳が消耗し続けて、もういやだって塞ぎこんでしまう。


「一歩踏み出すのは怖いよ。誰だってそう」

「陽咲乃……」

「運命を描けって口では簡単に言えるけど、実際そんなうまくいくはずない。自分の一生を、自分ひとりで描き続けるって覚悟が伴うワケだし」

「……っ!」 

「でもさ、怖いからこそ、何度も怖さ味わって、怖くならないように方法探して、それで怖い思いして、方法探して、探して、探し続けて。その繰り返しが、『運命を自分の手で』ってことなんじゃないかな?」

「自分の手で……」

「たとえそれが自分にとって、全然良好な結果に繋がらなくても。どちらにせよ探したという事実が、みんなを恐怖から護ることのできる英雄への第一歩なんじゃないかな」

「意味わかんない」

「あははごめんね。アタシまだ人生16年目だから、踏み出してる途中のヤツに人生語られてもね」


 陽咲乃ははにかみながら苦笑する。

 さっきから、どこか陽咲乃が自分と同じ人間のように思えてならない。

 不思議だ、英雄を誓ってから陽咲乃はずっと輝いていたのに。太陽のようだったのに。


「結果を出さなきゃ英雄にはなれないし、惨めなままじゃみんなを護れない」

「ストイックだねぇ」

「私は惨めだから、成長できなかった」


「……あんたはさぁ、まず英雄のために頑張ってる自分を肯定するところから始めないと」

「でも、実際頑張れてないでしょ」

「だからさぁ」


 陽咲乃を見ていると、自分の頑張りなんて月と(すっぽん)だ。

 そう形容するのもことわざの発案者に申し訳ない。

 だからこそむず痒い。今のままでとは危惧していても、改善しようと踏み出せない自分が。


「運命を自分の手で描けって、実践してみてもできなかった。私の運命は惨めになるしかない。クレヨンは握れない」

「そんなの、方法探せばいろいろとあるでしょ……」


「そう、思ってた」

「?」


「この戦いで、なんとなく私と向き合えた」


 怖さって何だろう。勇香は委員長の女の言葉で、ようやくその命題にひとつの解を導くことができた。


「変わりたいって心では想ってても、向こうの世界では私は私に甘えてた。人との関わりが怖いから、高校では部活にも所属しないで、放課後は家でゲーム漫画見てダラダラしてたし。上昇志向も乏しくて、テストで悪い点取ってもこれが私なんだって挽回しようともしなかった」


 彼氏が欲しい。


 自分の得意なものでてっぺんを取りたい。


 推しのアーティストのライブに行きたい。


 どれもクラスメイトが口々に語っていた夢だ。

 無論、勇香にもそのような想いが芽生えたことはノイズくらいにはあった。


 ノイズくらいにはだ。


 クラスメイトは、それらの夢をどんどん叶えていった。

 勇気を振り絞って話しかけたり、バイトしたり、勉強がおざなりになるほどひとつのことに身を削ったり。

 自分だって、行動を起こせば自分の手で届く夢もあった。


「できないじゃない。しなかった。惨めだから、夢は夢のままで、怖いは永遠に続くと思って、初めから思考放棄してた」


 芽生えた希望はなにもかも“自分にはできない”で一蹴した。

 自分にできる範囲で取捨選択した。次第に欲望も減っていった。


「だから方法を見つけられなかった、見つけなかったんだ。自分から未来を真っ黒に塗りつぶして、最初から描くことを諦めてた」


 思えば最初からクレヨンは握っていたのだ。道を塗りつぶして、見て見ぬふりをするためのクレヨンを手にして、決心をする前に進路を塞いでいたのだ。踏み出すことを躊躇う、“言い訳”を創るために。


「私はネガティブだし、ストイックだし、些細なことで考えすぎるし、自分の限界を勝手に決めつける。上辺だけで見れば改善できるものもあるだろうけど、私は16年間その私で生きてきた。たった16年かと言われるかもしれないけど、16年かけて、いろんなイベントから個性()が生まれた。だからそれが根底にある以上、陽咲乃に何を言われようと、今更私を変えられるはずがない」

「そっか」

「でも、それは違った」

「?」


「私はこれを免罪符にしていた。弱さに酔っていた。だから最初から甘えたままだったんだ」


 心の底で幼児のままでいたかった、そんな我儘を16年間、心の奥に溜め込んでいた。駄々をこねていたんだ。

 聖ヶ﨑勇香は、最初から成長しようとなんてしていなかった。


「人には向き不向きがあって、それって個性に依存するんだと思う」

「え?」

「これはアタシの偏見だけど、勇香みたいな“諦め”が五本指に入ってるタイプには、苦手を克服するのは向いてないかもしれない。神様は残酷だから、努力で伸ばせる能力(パロメータ)は等しく在っちゃいけないんだよ。得意な人は得意弟子、そうじゃない人は頑張っても伸ばせるのはほどほど。それじゃ、安易に『もっと頑張れ』とか言っちゃ悪いかも」

「諦め……」

「諦めるのも、一歩進むってことじゃないかな」


 陽咲乃は零すように言った。いつもみたいに輝きがないぶん、これが本心なのだろう。


「アタシにはもうそれくらいしか言えないかな。どんなに耳障りの良いアドバイスししたって、自分ができてなきゃ机上の空論になるんだから」


「……そう、だよね、そう、なんだけど」


 むず痒い。むず痒いんだ。

 自分が成長できないのは、納得しかできない。

 それでも、そう思えば思うほど、胸の奥がざわついてしかたない。


 悔しくてしかたない。一歩踏み出せない自分が、恥ずかしくてしかたない。


「変わるって怖いよね。したくないことも、しないといけないもん」

「陽咲乃」

「ん?」


「胸が……痛い……」


 ドクドクと高鳴る胸を止めるために、勇香は右手を押しるける。それでも胸の高まりが収まらない。それどころかどんどん鼓動が早まる。

 隣に太陽がいるから、輝きに照らされた胸が轟いているのだ。


「どうしよう……諦めたくないって思ったの……これが初めてだった」


 聖ヶ﨑勇香はできそこないで、物事を簡単にあきらめて。

 いざ一歩踏み出しても、ちっとも成長できなくて。


──勇香みたいな「諦め」が五本指に入ってるタイプには、苦手を克服するのは向いてないかもしれない。


──この世界で勇者で在ろうとするなら、間引くだけだ。


 そうなんだ。その通り、その通りなんだ。

 聖ヶ﨑勇香は、間引かれるべき側の人間なんだ。

 なのに、それなのに……


「陽咲乃に、憧れちゃった」


「……っ!!!!!!!!!」


「誰かを救いたいって……英雄になりたいって……考えるほど胸の奥から熱いものがこみ上げてきて」


「そ、そっか」


「『悔しい』って、思い始めて」



──自分を卑下するのはおやめください!!


──大丈夫。アリスちゃんが保証する。


──だから勇香も諦めなければいい。みんなに慕われる生徒会役員、そうなれる運命の地図を、自分の手で描けばいい。


──そなたは、最高の勇者になれる。


 不向きだってわかっているのに、自他ともに認める、事実なのに。

 きっと踏み出したところで、諦めるにきまってるのに。


 苦しくて、苦しくて、想いが、消えてくれない。


「私も、英雄になりたい」




「よかったね」

「え?」

「変えられたじゃん、自分(あんた)


 陽咲乃はニコッと微笑みながら、勇香の頭にポンと右手を置いた。


「羨ましいな。アタシとは大違い」

「なにそれ……矛盾してる」

「だから机上の空論なんだよ」


 陽咲乃はそう言うと、ベンチを立って勇香に背を向けた。


「あのさ」

「ん?」

「陽咲乃は、どうして私の英雄になってくれるの?」

「またそれ?」

「だ、だって、私ってどうしようもないでしょ?助ける価値あるのかなって」

「そうだな。たとえ助ける側に価値なんてなくとも、アタシは誰かを助けるよ」

「なんで?」

「ヒーローを目指してるから。以上!」


 なぜだか納得いかない。


「あー、もっと論理的にってか」


 陽咲乃はバツが悪そうに頭を掻いた。


「陽咲乃、何か隠してない?」

「え?」

「私、時々、陽咲乃が怖いなって思うときがある」

「ふーん」

「自分の正義に愚直で、真っすぐすぎて、立ち止まることを知らなくて、私のために命すり減らしてくれる姿見て、人ではない何かを感じる時がある」

「憧れてたんじゃねーのかよ」

「でも、人だと感じる瞬間もある、さっきだってそう。だから“人じゃない”ふりをするのは理由があるんでしょ?」

 

 陽咲乃は、勇香ではない虚空を見つめるみたいに、感情が抜けた笑みで、勇香を振り返った。


「面白いこと言うね」

「約束、したよね」

「……っ」

「陽咲乃?」


 陽咲乃ははっと何かを思い起こすと、首を振った。


「ううん、なんでもない」

「この約束は、まだ有効だよね」

「もちろん」

「それとも、私がこんなだからなくなっちゃうの?」


 陽咲乃は突然ぐらっとふらつくと、頭を抱えて膝をついた。


「陽咲乃?」

「あははっ、効いたわ」

「?」


「綺麗事を掲げてると、こんなに肩が重くなるんだ」


 陽咲乃は右手で顔をパンと叩くと、大きく息を吸い込んだ。


「勇香」


「なに?」

「もしこれを聞いてここから逃げ出したくなったら、遠慮なく逃げればいい。その衝動はただの本能だし、アタシに追いかける資格はない」

「え?」


──成川はな、お前が思ってるよりずっと、善良の世界に居る人間じゃねぇ。まっ、物事は早めが大事だぜ。捨てるなら急げよ。


「じゃあ、話すよ」


「うん」


「えっと、あの……」


「陽咲乃?」


「信じられないかもだけど、アタシね」


「アタシね……」


「あた、アタシ……」


 陽咲乃の様子がおかしい。


 顔が青ざめているし、身体がブルブルと震えてくる。

 まるで学園に転入した当時の自分を見ているみたい。

 あたし、あたしと繰り返したまま、その先の言葉がのどに詰まってしまう。


 勇香は震える陽咲乃の腰に手をまわし、抱きしめる。


「いいよ。受け止める」

「勇香……」


 チャリチャリチャリ


 陽咲乃が飾りつけてくれたキツネに耳飾りは、風に揺れるとチャリチャリと音を鳴らす。その音色は、どうにも心を落ち着かせてくれる。ちょっぴりだけど、一歩踏み出す勇気を与えてくれる。


「あ、アタシ、アタシ、は……」


「うん」


 そよ風が吹いて陽咲乃の灰色の髪が揺れる。

 街灯に照らされ、その髪が輝くから直視できない。


 太陽みたいな、まぎれもない勇香の英雄だ。


「い、いち、一番のしん友を」




「ころしたことがある」



「んえ?」

今年一年、ありがとうございました。

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