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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
120/125

第112話 空隙回游(2)

「自らの手で運命を掴み獲るのなら、幻想なぞに現を抜かすな!!!!!!!!」


 氷が張りついていた顔つきは一変し、女の顔は業火のように燃え上がった。 怒髪衝天を衝いた怒号の槍は、陽咲乃の心臓に突き刺さりバクバクと高鳴らせる。


(ちっ、お見通しかよ)


 ピリピリと麻痺した表情筋を揉みほぐし、


 陽咲乃は空から滑り落ちるように着地し、床に足が触れたと同時に神託を発動。

 魔杖を掲げながら唇を震わす勇香を超え、女の間近で逆手に持ち替えた短剣を空気に滑らせる。

 女の喉笛を捉えた剣閃は、皮膚を抉ることもなく不可視の障壁によって行く手を阻まれた。

 鈍い音を上げて停止した短剣。力を振り絞った分の振動が手指に流れる。


「へぇ、やっぱアンタ魔術師なんだ。その瞬発力は本職だね」


 女は手を広げ、その鋭利な眼光は串刺しにするように陽咲乃を貫く。

 陽咲乃が神託を使用する間もなく、女は小声で魔法を唱え始めた。


(ッ!)


 足元でパキパキと何かが盛り上がる。

 陽咲乃は反射的に視線を落とすと、床から生えてきた氷が両足に絡みつき、身動きを封じられようとしていた。


「ちっ!うぁぁぁぁぁ!!!!!」


 雄叫びとともに左足を力いっぱいに振り上げ、そのままの勢いで女に上段蹴りを放つ。女は後方に倒れるように足蹴りを避けたが、その隙に陽咲乃は右足に力を込めて氷を破壊。


 その瞬間、背後から刃が空気を裂く。

 

「──っ!?」


 涙でしわくちゃになった顔の勇香が、陽咲乃の背中に長剣を振り下ろした。


「さすがに、運動神経はドーピングできないよねぇ」


 陽咲乃の制服を掠めた瞬間、黒渦がブクブクと湧き上がり陽咲乃を覆い隠す。

 黒渦は床に吸い込まれたころに、残された空間を長剣は縦断した。


 出現した陽咲乃は勇香の後頭部に人差し指を押し当て、魔法を唱える。

 

 命じる(コマンドセット)──睡光(ドリームライト)


 勇香は眼光を失い、まるで深い眠りの渦に飲み込まれたように倒れこんだ。


「もう大丈夫、ちょっと休んでて」


「陽咲乃……」


 脱力した勇香を抱え、ゆっくりと床に降ろした陽咲乃は、女に振り向くなり鋭い視線を飛ばす。


「思い上がるなよ理不尽。アタシがやってるのは、正義と悪の一騎打ち(タイマン)だ」


「戯言をッ」


「ハッピーエンドに導くために、この戦いは誰にも邪魔させねぇぞ!!!」


「そんな幻想(茶番)、この世でなぞ成立しない!!!!!!!」


「あぁそうだよ、お前らの茶番はなァ!!」


「っ!?」


 黒渦が陽咲乃を包み込む。同時に出現した五体の分身が女に突撃。


「お前らがそれを証明するには、アタシを殺すしかねぇってことだよ!!!」


「っ!?」


 分身に気を取られている女の背後に研ぎ澄まされた刃が迫る。短剣が一閃し、女は反射的に防御魔法を展開するが、一秒早く刃がスーツをかすめた。


(効き手じゃないから、いつも通りは出せないけど)


 魔杖が向けられたと同時に陽咲乃は素早く後退。


(身体が軽い……さっきまでのくたばり様がどこ吹く風レベル)


 短剣を構え直すと、まるで矢のように一直線に突進した。


「速ッ!」


 女は防御魔法で剣を弾くが、次々に繰り出される剣戟が盾を揺さぶる。


(やべぇ、血液も、今すぐバッタリ倒れてもおかしくないくらい吐き出したのに、もうワケワカンネェ)


 突如、陽咲乃の立つ床から伸びだした鋭利な氷山。

 身体を貫かれた陽咲乃は()()


 女が見上げると、女の上空を取り囲むように五体の陽咲乃が飛翔していた。


(この超集中状態ガンギマリモードでなら、できるかもしれない──)


「っ!?」


 機能付加【共鳴(オプティマルスワーム)


 機能付加【侵略者(ジェネレーター)


 五体の陽咲乃は四方八方から女に迫り、それぞれが似て非なる所作で剣を振りかざした。


 初撃、右から斬りかかりった陽咲乃は刃を女に振り下ろす。女は瞬時に反応し、魔杖も使わず左手で魔法縄を発射させ陽咲乃を拘束……消失させる。

 間髪入れずに後ろから陽咲乃が飛びかかり、女の背中に短剣を突く。女は床に魔杖を突きつけすと、女を取り囲むように氷山がものの数秒で伸び上がる。氷山は切りかかってきた陽咲乃を縦貫し……消失。


 女は魔杖を一振りし、女の身長をも優に超えた氷山を爆散させる。 


 パラパラと粉雪が舞い落ちる神秘的な景色も、目で追いきれないほど驚異的なスピードで懐に潜り込んだ陽咲乃によって現実に引き戻される。

 低姿勢から女の顎を狙った鋭い突きを繰り出す陽咲乃。

 女はすかさず魔杖を上空に掲げると、壁や天井から伸びてきた複数の氷柱が陽咲乃を串刺しに……消失させる。


 女は呼吸を整え周りを見渡すと、女の周囲には十体を超える陽咲乃が、


 女は「見極め」を放棄し、魔杖を掲げる。魔杖の先端に冷気が舞うと、舞台中央の床から渦を巻くように巨大な氷の青薔薇が花開いた。

 

 他も同様だ。壁、客席、天井。冷気が通り過ぎたあらゆるところから小規模の薔薇が形作られる。


 薔薇はどんどん肥大化し、伸長していく鋭利な荊棘が陽咲乃を次々と消失させる。



 が、一部の陽咲乃は跳躍。床に咲いた薔薇から飛び出してきた荊棘を身体をうねらせて回避し、女に特攻する。


(絡繰りは知らんけど。勇香の行動は、すべてアンタの目がコントロールしてんだろ)


 陽咲乃たちの身体が、ボコボコと泡を吹いた黒渦に呑みこまれる。


(なら、アタシとの相性最悪なんだよ)

 

 女が目で捉える間もなく、女の背後に一体の陽咲乃が出現。


「っ!?」


 飛来した荊棘が陽咲乃の身体を貫き……陽咲乃は消失。


「……がはっ!!!」


 刹那──女の背中から鮮血が飛散する。


 振り向くと、陽咲乃が女に剣を振り下ろしていた。


(分身は神託の効果を隠蔽するためのただの茶番だ。仮に気づかれたとしても、絡繰まで突き止められることはまずあり得ない。あの女がアタシの活躍を傍観していたなら、猶更気づくはずもない)


「ぐっ!」


 荊棘で陽咲乃を消失させる。が、今度は首筋の皮膚がぱっくりと割け、そこから鮮血が飛び散る。


 女は振り返ると、眼前で短剣を構える陽咲乃に魔杖を向けた。 


(なにせアタシは、この神託をずっと、“瞬間移動”として使ってきたんだから)


 神託「空隙回游(カオスダイブ)


空隙(カオス)」と呼ばれる空間に出入りできる。

 仮に裏日本や表日本を“世界”とすると、空隙は世界のレイヤーであり、高さや幅、奥行き、構造物等は世界の模倣にすぎない。

 例えば、兵庫県明石市、明石駅の目の前にある明石城の太鼓門跡。そこから140メートルほど離れた兜日時計へは直進二分ほどでたどり着くが、神託の使用者が太鼓門跡で神託を使用し、二分間直進。空隙から脱出すると、使用者は兜日時計の前に佇んでいることとなる。

 これだけ聞くと意味のないようにも思えるが、橘草資の超威圧(スーパーフォース)が人知を超えた破壊力を拳に宿せるように、空隙回游は自らの手で“時間”を創り出すことができる。


 例えば、新大阪駅から兵庫県明石市の西新町駅までの距離約64キロメートルを1秒で移動したいのなら、空隙を経由して適当な方角に64キロメートル歩けば望み通り1秒で……具体的には空隙に侵入して脱出した時には、世界は侵入した時から1秒経っているのだ。 

 このように空隙内の滞在時間はいくらであっても空隙侵入時の()()()()()に世界に出現できる。陽咲乃はこれらの性質を利用し、さも瞬間移動のように使用していた。


 そして、神託で世界と空隙を行き来できるのは、所有者であって必ずしも()()()()()()

 空隙から世界での分身と女の位置を割り出し、短剣を振り上げたと同時に腕のみを空隙から脱出させる。


 女からは無からの理不尽極まりない一閃と感じられるだろう。直後、分身に追撃のモーションとらせることで思考もバグらせているため、そんな考えにも至らないかもしれない。


(理に憑かれたお前の固定観念、アタシが奪ってやる)


 肩慣らしはこれくらいでちょうどよいだろう。女に神託を探られる前に、女の喉を噛み砕く。


(これで、とどめだッ!!!)


 ガハッ


「……っ!?」


 短剣を振り上げた途端、喉奥から鮮血が逆流する。口腔だけでなく、全身から封を切ったように鮮血が漏れた。


(身体が……震えてる……これでも……ダメか)


 陽咲乃は空隙内を跳躍。空隙を脱出し、出現したと同時に女の脳天に短剣の切っ先を突き立てる。


 女は防御魔法で食い止め、陽咲乃は一回転して女の前方に着地した。

 

「どうやら、神託で何処かに潜伏できる時間にも限度があるようですね」


 首筋に染みた鮮血を拭いながら、女はあっけらかんと言い放つ。


(初撃も追撃も皮膚を掠めるだけで終わった。おまけに今だって、出現場所にピンポイントで……)


神託(チート)をお使いになられるのであれば、中身ぐらい理解しておきなさい」


(コイツ……“視えて”いたのか!?)


「あぁ、あなたは神託にいくら身体を蝕まれようが構わない御方でしたね。その証拠に」


 ドクン


「──っ!?」


 心臓がぎゅっと引き締まる。まるで誰かに握られたような息苦しさに、陽咲乃は息を切らした。


「不思議ですね。あれだけの絶望を体験しながら、あなたは未だ正義を騙りますか」


「アンタらの白湯みてえな絶望で成長するほど、アタシはまともじゃねェってことだよ」


「ほぅ」


 女は眠りにつく勇香を仰ぎ見ると、一息置いて口にする。


「わたしはこの夜宮で、彼女が本物の英雄であると確信しました」

「あっ?」


「貴方が変化を拒むのであれば」

「っ」


「経過観察は、必要ないな?」 

「しまっ!?」


 瞬間、陽咲乃の足に黒渦が絡みつく。


(反射的に神託を──っ!?)


 全身を呑み、次に見えた景色は──


(なんだ、これ)


 視界に映る景色が目まぐるしく変わっていく。

 地面が揺れ動く感覚が足元から伝わってきた。

 その変化は、自分の立ち位置さえ曖昧に感じてしまう。


「ガハッ!?」


 女の前に出現したと思いきや、女が手にした氷の荊棘が陽咲乃の脇腹を貫いた。


(違う、これは、アタシのだけど、アタシじゃない!!!)


『あぁ、あなたは神託に身体を蝕まれようが構わない御方でしたね』


 思えば身体操作は、あの時から始まっていた。神託であの場から事務室へ移動するのは、空隙内を自身の身体で歩くしかないのだ。


(もっと早く気づくべきだった。アイツの神託は身体操作なんかじゃない)


 委員会の事務室に飛ばされる前のわずかな記憶に、女は確かにそれを使っていた。

 黒渦がまとわりついたのがその証拠だ。


「がっ」


 しかし女が「空隙回游」を、ましてや神託を複数所持しているなど。


(いや違う。そんなものよりもっと広義で、頂点の座に相応しい、もっと大きな!!!)


 女の神託、それは。


(神託の──強制操作!!!!!!)


「蛆虫の駆除に手を汚したくはありませんでしたが、羽化したなら仕方ありません」


「がふっ!!!」


 出現した陽咲乃のこめかみに女は拳の一撃を放つ。女は緩んだ陽咲乃の指をひとつひとつ引きはがし、短剣の柄を握った。


「やめろ」


 移り行く景色の中、女に目を追っていくと、短剣を掲げる光景がタイムラプスのように見えた。


「やめてくれ……」


 次には短剣を上空一点に投擲した。


「その剣は……これ以上、穢しちゃ……っ」


 その弾道に、陽咲乃は放り投げられた。空中で腹を容赦なく貫く。


「ガハッ!!!!!!!!」


「少々時間を浪費しましたね。これで終幕といたしましょう」


 人形のように床に落ちた陽咲乃を、女は一瞥する。

 勇香を肩に担ぎ上げ、舞台袖に歩き出した。



 不思議と痛みはなかった。血液はとうに出尽くしたはずなのに。


 満身創痍なのに立ち上がるのも容易い。身体から短剣を引き抜いても鮮血が飛び散るだけで痛みはない。身体中から痛点が消え失せたようだ。


「……お前さ……怖いん……だろ?」


 女が立ち止まる。こちらを見てはいないが、すこしは心の断片を抉り取ったのだろうか。


「頂に居座ってながら、太陽までは手を伸ばせないんだな」


 間違いなくリミッターが外れている。このまま無限に走り続けられそうになる。


「アタシもだよ」


「っ!?」


 陽咲乃は大きく息を吸い込み、その人物の名を叫んだ。


「学園長ッッッッッ!!!助太刀すんならここだろ!!!!」



「っ!?!?!?!?!?!?」


 目の前の女によってその正義を辱しめられた、来るはずもないその人物の名を。


(ブラフか!?)


 女が陽咲乃から目をそらした刹那で陽咲乃は詠唱した。

 魔法縄(スペル・バンド)が宙を切り裂くように飛翔する。


「《命じる》──打ち砕け(スペル・ブレイク)!!!!!」


 女は咄嗟に魔杖を向けると、魔法縄はバラバラに飛散する。


 その時にはすでに、陽咲乃の姿は女の後方にあった。

 床を蹴りつけ、陽咲乃は女の首をめがけ短剣を振りかざした。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!」


 そうだ、それでいい。

 カッコ悪いけど、これでいい。

 いずれヒーローになるなら、ヒーローじゃない今の自分は、



 ただ、運命を自らの手で、創りあげるのみ。


 女は振り向きざまに、魔杖を床に向けた。

 瞬間、氷壁が音を立てて湧き上がり、その先端が空を突き刺すように伸びていく。


 それは短剣が女に届く前に、女を覆い隠し──


(やばっ、間に合わ……)


 バタッ


「……っ!?」

「っ!?」


 講堂の奥にある重厚な扉が軋む音を立てながら、ゆっくりと開かれた。


 差し込んできた光の中から、その人影が姿を現す。


 吹きつける風に揺れる水色の長髪。

 鮮血のような紅の瞳。

 柄の部分が十字架にあしらわれた白銀の長剣。


 その少女は、瞬きをした次には女に肉薄し──


「ガハッ!!!!!!!!!!!!!」


 十字の剣を、女の首筋に突き刺した。


 ドサッ


「妃樺……」


 女から流れた鮮血を踏みしめ、任務を終えた少女は陽咲乃を一瞥する。

 

(あれ、身体が……)


 世界の色彩が徐々に抽象的になる。思考が纏まらない。


(限界……超過……?)


 それっきり、記憶は途切れた。

 

 

 *


「羽虫を潰していたら先を越されてしまったか」


 魔力探知がぴくりとも作動しなかった。

 おそらく魔力探知結界を掌握したのだろう。


「彼女は大層ご乱心のようだ」


 憎たらしいほどの煌びやかな軍服を着用した金髪の女は、あろうことから手を添えてくる。


「お前は相変わらず見る眼がない。そんな体たらくだから貴様が視界にも留めていなかった少女に刺されるのだ」


 身体が沸騰するようにじわじわと熱くなっていく。

 同時にありとあらゆる痛みが希薄され、意識が戻っていく。


「やめろ……わたしを癒すな……」


「お前はわたしの部下だろう」


「……どの面で」



「さて、ここからはふたりきりだ」

「……っ!」


「じっくりと、上司の愚痴を聞こうじゃないか」

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